第8話 一難去り……

「……」


 光が消えて煙が晴れる頃。

 佇むレグロスの視線、その先には気絶したまま倒れ伏すトウの姿があった。

 ようやく終わった。

 その実感が己の内から湧いてくるのをレグロスは確かに感じ取りつつ血を拭う。


「レグロスさん!」


「あぁティアハさん、終わりましたよ」


「終わりましたよ、じゃないですよ! 怪我してるじゃないですか!」


 怒りと悲しみ、安堵、なにより焦り。

 ティアハは色んな感情を渦巻かせながら血が流れるレグロスの頭部、その傷口に手を添える。


回復ノ輝ヒーリング・ブライト


 その添えられた手から放たれる光は瞬く間にレグロスを包み、その傷を癒していく。


「治癒系統の技法術アーツ……いつの間にこんな高度なものを?」


「ふふっ、実は前々から練習してたんですよ? まだ未熟ですから効果はちょっと低めですけど」


 治癒系統はレグロスが言ったとおり使用できる者はとても少ない。

 オマケに習得難易度まで高いと評判だ。

 適性があると言っても相当な努力を必要とするのは間違いない。


(防御面だけじゃなくてこういう才能もあったのか……)


「でも助かります、申し訳ないですけどヴァルクとジィルの治療も――」


「アレを使ったにも関わらず負けたか……想像以上に使えない男だったなぁ」


 ゾワッと身の毛がよだつ感覚。

 考える余裕は少したりともなかった。

 レグロスはただ己の感覚と本能に身を任せて背後を振り向きつつ同時に剣を横薙ぎに振るう。

 甲高い金属音が響き、一瞬の静寂がその場に流れた。


「へぇ……その歳の人族ヒュニアにしては悪くない一撃!」


「……」


(なに……この人……いえ、それ以前に……)


 突然現れたこの男は――

 ティアハは思わずそんな事を思ってしまった。

 外見は人のそれとなんら違いはない。

 だがその風貌、雰囲気から受ける何かが決定的に違う、そんな風に思えた。

 自分達、人族ヒュニアを始めとして種族にも色々いるとは言えこんな感覚は初めてだった。


「ティアハさん、すぐに下がって二人の治療を優先してください」


 気づかぬうちに固まっていたティアハへ普段と明らかに雰囲気の違うレグロスの声が届く。

 いつも通りならば一緒に戦うという訴えたかもしれない。

 だが今回ばかりはティアハも素直に指示に従った。

 それ以外に選択肢はないとどこか確信めいたものがあった。


「……二人を治したらすぐに来ますから」


「えぇ……でも焦らずお願いします」


 ティアハが離れていく。

 だが目の前の男は動かない。

 どうやら追いかけるつもりもないようだった。


(……そこまで必死になって潰す理由もなければ、そこまでする必要がある相手と見なしてもいないってわけですか)


 要は余裕の表れなのだろう。

 実際剣を振るわれたにも関わらず男は薄い笑みを浮かべながらレグロスを見ている。

 だからと言って安心できるかと言われれば否だが。


「どうしたのさ、もう諦めた?」


「……一つ聞かせてくださいよ、さっきの口ぶり……あの盗賊との関係は?」


「あぁアレ? なに、退屈しのぎに周囲の町を襲わせてたんだよ」


 なんてことないようにヘラヘラと男は言い放つ。


「背けばもう片方の命もないよって軽く脅せば素直に言う事を聞いてくれてさぁ」


「……」


「まぁでも……試しにあげたアレを使ってまで子供に負けるとは思わなかったけど!」


 その言葉に、心に罪悪感なんてものは一切感じられない。

 そして嘘もないというのはなんとなく伝わった。

 そこの男は罪悪感などなく多くの者を苦しめた。

 この事実が、レグロスの心に怒りを灯す。


「まぁ人なんて揃いも揃って所詮そんなもん――」


 男が最後まで言葉を発するその前に――その横っ面にレグロスの蹴りが叩き込まれていた。

 その並の大人より大きい図体が衝撃を受けて後ろへと吹っ飛んでいく。


「分かりきっていた事ですけど……やっぱりあなたは見過ごしちゃいけない系統だ」


「いてて……再び中々いい一撃じゃん? 前の玩具よりは楽しめそうで嬉しいよ」


 口元の血を拭って男は笑う。

 それと同時に変化は始まった。

 男の顔面、手の一部分が黒く染まりそこに赤いラインが浮き出る。

 さらには右眼だけが真っ赤に染まった。

 その姿はまるで――のようだ。


「やっぱり壊人かいじん……」


「へぇ? 俺らの事を知ってるなんて珍しいー」


「師匠が物知りでしてね……!」


 剣を構えるレグロス、拳を構える壊人。

 張り詰めた空気の中で新たな戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。

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