第1話 初めての友達
困惑しつつもティアハは自身を助けてくれた少年と共に町へ移動した。
壊獣は討伐したとはいえ近辺に他の個体がいないとは断定できない。
ともなれば一旦町に移動して落ち着いた場所で話すべきだからだ。
戻ってすぐに先ほど助けた女の子――ヤーナに泣かれたり住民達に心配されたりと色々ありはした。
だが今はとりあえず町中にある冒険者ギルドの建物の隅っこで休んでいる。
普通なら冒険者で賑わっているそうだが今は依頼をこなしてたり先ほどの壊獣の処理及び警戒に駆り出されている。
そのため非常に静かだ。
「改めまして……私の名前はティアハ・ラ・セイトネス、先ほどは危ないところを助けてくれてありがとうございます」
「あ、ご丁寧にどうも。僕はレグロス・カレジアです……なんにせよ無事でなによりでした」
とりあえず互いに軽く自己紹介をしてから状況の整理という意味も込めてこれまでの経緯を話す。
事の発端はティアハがこの町に学生任務として訪れた事だった。
「学生任務……確かユーチア学園の生徒は度々任務に赴いて実績と経験を積むんでしたっけ」
「はい、今回私が受けたのはこの町の近辺調査っていう簡単な任務でしたけど」
ユーチア学園を始めとして世界にはいくつも学園が存在する。
そんな学園に用意された制度の一つ、それが学生任務だ。
学生の実力及び人数から学園側が生徒に任務を与えて生徒はそれを実行する。
そうする事で日々の学習や鍛錬では得られない経験の蓄積に繋がる――というものである。
達成すればそれに応じての報酬も入る、基本的に任務を受けるかどうかは生徒の意思が尊重される。
ある意味で冒険者の依頼とシステム的にはあまり変わらないだろう。
生徒が将来歩む進路次第で色々変わる事もあるとはいえそういう経験は確かに無駄にはなるまい。
もちろん危険が全くないなんて事はない。
だからこそ学園側が生徒に合わせて任務を選ぶのだがそれでも危険性が0になる事はない。
年に数人、無理に学生任務を受けて大怪我を負ったり亡くなるケースもある。
ゆえに疑問となるのは――。
「どうして一人で受けたんですか? お仲間は?」
「うっ……」
その質問を受けた途端、ティアハは何とも言えない表情で顔を背けた。
今回のは珍しいパターンだろうが簡単な任務であろうとも二人ぐらいは人員を用意したほうがいいのは明白だった。
だがこの反応を見る限り――。
「まさか誘う友達がいないとか……」
「直球すぎますよぅ……確かにいませんけど」
なんか思ったよりも普通な理由であった。
しかし拍子抜けする反面、疑問も生じる。
レグロスから見てティアハという少女は出会ったばかりではあるが善人だ。
見ず知らずの子供を命をかけて守れる優しさ等は最たる例だろう。
自分と会話も普通に出来ているところから見ても友達がいないというのは違和感を感じる。
「でもしょうがないです、私は……」
ティアハはそう呟き微笑んだ。
でもその声音はどこか悲しそうであり諦めに近い感情が感じられる。
――自信がないということだろうか?
正直に言えば理由が気になるのは確かだ。
だが深いところに切り込めるほどレグロスとティアハは付き合いが長いわけでもないし仲がいいわけでもない。
人には人の事情があり抱えているものがある。
師匠のそんな言葉を思い返しつつレグロスは発想を少し変えた。
「では今日から僕が友達一号ということで今後ともよろしくお願いします!」
「そんな話の流れでしたっけ!?」
「必要によっては流れなんて無視していいでしょう」
「えぇー……」
そう、今仲良くないならこれから仲良くなってしまえばいいのだ。
我ながら天才的な発想、レグロスの内心は自画自賛の拍手が喝采だった。
ティアハの困惑は見事にスルーである。
「……レグロスさんって変人ですね」
「諸事情ありとはいえ一ヵ月も入学遅れる奴が常識人なはずないでしょうに」
「自分で言っちゃうんですか、それ」
もっとヤバい変人も星の数ほどいるが客観的に見て自身が変人でないとは言えないレグロスであった。
ちょっと悲しくなったが今はどうでもいいだろう。
「とりあえず今後とも友達として仲良くしてくれると嬉しいです」
「別にいいですけど……」
なんか勢いで流された感じはある。
だがそれを自覚しつつもティアハは若干嬉しそうでもあった。
「なんなら今後は任務も付き合いますよ?」
「レグロスさんの実力に合わせると私足手まといになりそうなんですけど……?」
「気合いでどうにか」
「それでどうにかなったら苦労しません!」
そりゃそうである。
気持ちだけでは精々スピリットの出力が強くなるぐらいで劇的な成長は早々起きない。
「まぁ気合い冗談としても……ティアハさんなら大丈夫かと」
「? どういう事ですか?」
「自覚ないかもしれませんけど……あなたの
あの時駆け付けようと走っていたレグロスが見たのは
初級ゆえに習得難度は低い範囲防御の技。
当然だがその強度はそれほど強くない。
「あなたの防御壁はあの大きさの壊獣が放つ攻撃を止めた……普通なら無理ですよ」
最終的に砕かれはしたが一発で砕かれてないだけでもティアハの実力が窺える。
正直なところレグロス本人は防御系の技法術をあまり得意とはしていない。
だがそれでもティアハの防御力の高さはすぐに分かる。
「なによりあなたは信頼がおける、そこが一番大きいです」
共に戦うにあたって最重要なもの、それは信頼だ。
時に隣に立ってもらい時に背中を預けるのだからこれもまた常識だろう。
「あなたは命をかけてあの子を逃がした」
本来レグロスはこの町に立ち寄る予定はなかった。
ただ学園に向かって走り回ってただけなのだ。
本当に偶然だった。
その道中でたまたま町に向かって走っていたヤーナと出会ったのだ。
「そしてあの子がたまたま出会った僕に助けを求めて――」
武器を持ったレグロスを見てヤーナは泣きそうな顔で必死に訴えた。
――お姉ちゃんを助けてあげて、と。
その話を聞いてからは早かった。
念のためレグロスはヤーナには町へ戻って大人へ報告してもらうよう頼み全速力で駆けた。
その結果があの壊獣討伐である。
「たしかに僕は間に合った、でも僕の力が全てじゃなかったんです」
レグロスは思う。
一助にはなれた、だが真に命を救い町を守ったのはティアハの善性、行動、そして判断あってこそであると。
「そういうわけで僕にとっては――」
そういえばさっきからティアハが喋ってない事に気づく。
ふと気になり喋りつつチラリとティアハの方へと目を向ける。
「……っ」
「えっ」
なんか泣いていた。
喋る事もなく、その青い瞳からは涙が零れ堕ちていく。
流石のレグロスもこの反応は予想外すぎて固まってしまう。
「いや、ちょ、どうしたんです!?」
「すいません……でもなんだか……認めてもらえて……なんか……」
ティアハも混乱しているのか、それとも感極まっているのか。
説明しようとしてくれてはいるがイマイチ内容が分からなかった。
ただ不愉快とかではなかったようであるので少しばかり安堵する。
ティアハはその後も暫く泣き続けた。
慰めの言葉かける状況でもなく、そんな立場でもないレグロスはただただ泣き止むのを待っていた。
そうしてやっとティアハが落ち着いた頃。
レグロスは改めて話を切り出した。
「まぁ色々予想外はありましたけど……そろそろ学園に行きましょうか、今後ともよろしくお願いします」
「……はい! 私の方こそ!」
二人はそのまま握手を交わした。
レグロスは柔らかく笑みを浮かべ、ティアハもまた今日初めての満面の笑顔を見せながら。
心強い友人を得てユーチア学園へと歩を進める二人。
レグロスの学園生活が一ヵ月遅れの始まりを告げようとしていた。
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