レグロスの勇者道~少年は真の勇者を目指して進む~
太洋 心
第一章 学園生活開始編
プロローグ
――遥か昔。
創造の神と破壊の神が衝突し大規模な戦いが巻き起こった。
最終的に神々は相打ちに終わったもののその余波は凄まじく幾多の世界が影響を受け崩壊の危機が訪れる。
だが創造の神は最後の力を振り絞り崩壊する全ての世界を一つの世界へと統合。
世界や人々はその命を救われ新たな世界で生きていく事となる。
それが後に創壊大戦と呼ばれる戦いの全てであるとされている。
そしてその創壊大戦で創造の神とその仲間達から認められ凄まじい力を振るい活躍した人間がいたという。
それこそが――勇者。
今でもその称号は形を少々変えつつも人々の希望として残っている。
〇●
「はっ……はっ……!」
薄い茶色の長髪が乱れる事など気にする暇もなく息を切らしながら少女は走る。
鬱蒼と生い茂る木々を避けながら我武者羅に。
右手に杖を握りしめ左手で自分より幼い女の子の手を握りながら。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫……あなたの事は必ず守ってみせますから」
自分の中で膨れ上がっていく恐怖を、焦りを必死に押さえつけて少女は励ます。
はっきり言って自信はないに等しい。
それでも今にも泣きそうな顔で走る女の子の命を諦めるわけにはいかない。
(それにしても……!)
チラリと後方に視線を向けると地響きを立てながら、時に木々を薙ぎ倒しながら一直線にこちらへと迫ってくる怪物の姿が見える。
漆黒の肌、真っ赤な眼球、肉体に広がる禍々しい赤の線。
四足歩行で地を蹴る獣に近い形の化け物。
そんな存在に追われているという事実を認識するだけで恐怖に呑まれそうだ。
(なんでこんな危険な壊獣がこの森に……!?)
遥か昔にあった創壊大戦において破壊の神が使役したという怪物――
アレは長い時を経た現代においてもまだ存在しており度々人間を襲うなどの被害が報告されている。
だが並の人間よりもずっと大きい個体となると目撃情報を耳にしなかったのは少々違和感があった。
気になる事は多々ある。
だがそれも今この時を生き残らなければ何の意味も成さない。
しかし逃げるのはそろそろ限界だ。
近場の町までの距離は少女にとってはそう遠くはない。
だが今手を握ってる女の子にとっては違う。
息を大きく切らし体力は明らかに限界だ。
抱えて行ける腕力が少女にない以上このまま一緒にというのは厳しい。
なにより町に戻れたとしてもこの壊獣に抵抗出来る戦力は今の町にはないだろう。
(やるしか……ないです!)
「……ここから町までの道は分かりますね?」
「う、うん……」
女の子は息を切らしつつも不安げに頷く。
そんな顔をさせてしまう申し訳なさと無力感に心が痛むが話を続ける。
「私があの壊獣を足止めします……その間にあなたは町に戻って大人の人達に説明を」
出来れば援軍をとも思ったがそれは問題ないだろう。
大人たちにこの事が伝われば必然的に騎士団や冒険者にも話が伝わる。
問題は伝わり援軍が来るまでどれくらいかかるか、というところか。
「でもお姉ちゃんは……」
「私なら大丈夫です、これでもあのユーチア学園の生徒ですから……勝つのは厳しくても足止めくらい余裕ですよ」
虚勢だ。
それでも色んな感情を押し殺して少女は笑顔を見せながら女の子の背を軽く押した。
女の子は大粒の涙を零し心配そうに少女を見つつも走りだす。
その背を少女は安堵と共に見つめ、やがて背を向けた。
「ここから先へは意地でも行かせません、ティアハ・ラ・セイトネスの名にかけて!」
迫りくる壊獣の巨体を見据え少女――ティアハは叫んだ。
恐怖や不安なんてものを意地で押しつぶす。
そのまま意を決して杖を構える。
「
突進の勢いそのままに壊獣の鋭利な爪が振り下ろされた。
対しティアハは己が内――スピリットと呼ばれる魂の力を振り絞る。
それを全身に行きわたらせ慣れた感覚を基に解き放つ。
「
ティアハの前方に展開されるスピリット製の防御壁。
それは振り下ろされた壊獣の爪を受け止めた。
「たああああ!」
ティアハの叫びと共に防御壁は出力を上げ壊獣の巨体を後方へと弾く。
防ぐ事は出来た――が弾いた本人は悔しそうに表情を歪める。
(防ぐ事は出来ました……でもそれだけ)
あくまで防御に成功したというだけ。
壊獣へダメージが通ったわけでもなく状況はなにも良くなっていない。
攻撃を放とうにもそんな攻撃手段は持ち合わせていない。
なにより――。
(こんな時でも……私は出来ないんですね……)
手が自然と震える。
やはりこの状況を好転させるには先ほど逃がした女の子が援軍を呼んでくれるぐらいしかないだろう。
それを理解してるかはさておき、壊獣は体勢を立て直すと再びティアハへの攻撃を再開する。
「くっ……
迫りくる壊獣の攻撃を防ぐために防御壁を張り続ける。
目を凝らし腕の動きを見ながら爪が迫りくる方向へ防御壁を張り弾く。
ジワジワと自身の生命力――スピリットが削れていく感覚。
それがティアハを焦らせる。
(速い……このままだと)
壊獣の攻撃は激しく速くなり続ける。
目の前の獲物、その命を刈り取るために。
このまま続けば切り裂かれるか、スピリットが枯渇して倒れるか。
ティアハの脳裏にはその二つの未来しか浮かばない。
ますます焦りは募り、その結果作り出していた防御壁が揺らぎだす。
当の本人がそれに気づいた時には防御壁は音を立てて砕けていた。
「っ!」
咄嗟に爪を杖で防いだティアハだったが衝撃は殺せない。
その体は軽く吹き飛ばされ体勢が崩れた事で地面を転がった。
「う……っ……」
幸いにも肉体へのダメージは殆どなかったが杖は無残にもへし折れていた。
基本的に武器には技法術の力を僅かでも上げてくれる効果が付与されている。
その杖がへし折れた。
ただでさえ絶望的状況がさらに悪化していく。
その事実に嘆く暇さえ目の前の怪物は与えてくれなかった。
「あ……」
いつの間にか自分に迫ってきていた壊獣がその爪を振り下ろす。
防御壁を張ろうとしてももう間に合わない。
目前に迫った死の恐怖、襲ってくるであろう痛みと苦しみへの恐怖。
何も成せない自分という存在への呆れ、そして後悔。
――だが結果的に死も、痛みもティアハが感じる事はなかった。
「……え?」
思わず呆けた声が零れる。
代わりにティアハが感じたものは何か重たいものが地に沈んだ事による衝撃。
目の前にいた巨体――壊獣は気づけば地に伏せ、その頭部には深々と剣が刺さり紫の血を垂れ流している。
ティアハの目は捉える。
突き刺さった剣の柄を握りながら壊獣の頭の上に立つ少年の姿を。
何故か一部だけ黒いボサボサの白髪と鋭い金色の瞳を持った自分と同い年ぐらいの少年。
その少年が真剣な面持ちでこちらを見ている。
あまりの状況の変化に頭が追い付かない部分もあった。
だがそれ以上にティアハはその少年の姿に少しだけ目を奪われていた。
不思議とその姿が、その佇まいが輝きを放って見えたから。
「……すいません、僕ユーチア学園に入学するため来た新入生なんですけど学園の方角教えてくれません?」
「――えぇ……?」
だが衝撃、安堵、憧憬ありとあらゆる全ての感情が少年のその言葉を聞いた途端に困惑へと塗りつぶされた。
なんと言っていいか分からず固まるティアハと少年の間に沈黙が流れる。
なにせティアハを始めとした新入生の入学式など一ヵ月も前に終わっていたのだから。
――こうして少年と少女は何とも言えない出会い方を果たした。
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