宇宙人と社畜

ピエンデルバルド

第1話エンカウント?

 太陽系第三惑星、通称『地球』

 科学はある程度進んではいるが、地球人というのはそうでもなさそうだ。この星について色々調べてそう思った。

 相変わらず地球人は罪に罪を重ね、それを反省するどころか気づいてすらいない。確かに僕の星でも戦争はあった。だがそれはもはや数十世紀も昔の話だ。それなのにこの星では最後の戦争からまだ百年も経っていないのだ。そして今なお紛争は続いているという。

 そして、『電車』という乗り物に乗った時に見た。そこではなんと誰一人として会話を弾ませるものなく、『スマホ』とやらを見続けているのだ。

 そして街を歩いていれば、しょっちゅうポイ捨てされたごみを見る。法律も調べたがそれは禁止されているにもかかわらずだ。

 地球人本人はと言えば、野蛮な奴が多い。ルタマ、この星では『タバコ』と呼ばれているものをなんと路上で、しかも歩きながら吸っている奴もいたし、肩がぶつかった程度で大声を出している奴もいた。

 この地球にはそういう輩が多い。

 だけどこの星にいるすべての地球人がそうであると言う訳では無い事はよく分かっている。愛情を持ち、心優しい者もいる。自分のものでもないゴミを拾ってちゃんと捨てる者、おそらく目が見えないのだろう人に対して危険の無いように付き添ってやる者、暴行を受けている人を助ける者。

 そして、食べるものがない者に対して食を恵む者。

 一応、この星に潜入するにあたって『名前』と『戸籍』というものは作ったが、『お金』は作ってこなかった。そもそも、お金の存在自体知らなかったのだ。そのため、ものも食えず、路肩で倒れていた僕に対しその人は食べるものをくれた。『ツナマヨ』というらしい。そのあまりのおいしさに僕は感動したし、その人の行いに対しても深く感謝した。その人は僕を見かけてわざわざ近くの『コンビニ』という場所で買ってきてくれたのだ。

 その時、その人は自分のことを語ってくれた。

 学校を出て、最初に入った会社が『ブラック企業』というもので、散々ひどい扱いを受け、さらに辞めたくても辞めさせてもらえないそうだ。僕が動けばその程度簡単に解決できるだろうが、あいにく地球人の前で力を使うことは禁止されている。

 せめて何かお礼をしたいと言うと、その人は笑いながら、

「じゃぁ家の片づけやってくれぇーなんてね。冗談だよ」

 そう言った。

 だから僕はそうすることにした。その人はびっくりして、慌てて立ち上がったが立ち眩みでもしたのかふらふらっとそのまま再び座り込んだ。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、あーうん。だいじょーぶ。いつものことだからー」

 その人はそう言ったが、僕は地球人に関してホントに調べまくっていた。だから、その人がいわゆる過労という状態にあることはすぐに分かった。

 そのため、すぐさま彼女を家に連れ帰り休ませなければならないと思い、その人を抱えた。ちょっとズルだけど、その人の記憶を覗いて家の場所を確認しすぐに家に向かった。その途中でその人は完全に眠ってしまっていて、本当に疲れていたのだろうと、起こしてしまわないように、慎重に家に向かった。

 そして、その人が言っていたのが冗談でも何でもないと確信した。

 もはや部屋の中はゴミだらけで足の踏み場もないのだ。おそらく、会社が忙しくて片づける暇もないままゴミが溜まっていったのだろう。

 そっとその人をベッドに寝かせ、勝手にするというのはあまりよくないとは思いつつ片づけに取り掛かる。

 と言っても、どれを捨ててもよくて捨ててはいけないのか分からないので、もう一度彼女の記憶を覗き、その記憶をもとに仕分けをしていった。

一時間程度で片づけは終わったが、まだその人は起きなかったのでついでに彼女の『スマホ』で疲労にいい料理を調べて作ることにした。

 しかし、実際どこまでやっていいのかが分からない。こうするのは僕には普通のことに感じるが地球人からすればおかしい事なのだろうか。しかし、あの人の疲労が限界まで来ていることは確かだ。記憶を見るのは地球人には認識できないため問題はないが、疲労をとるようなことは、記憶を見るようにすぐにぱっとできるものではない。それは寝ていても問題だろう。だからできることは、こうして疲労回復の食べ物を作ってあげることぐらいだろう。



 仕事が終わり、完璧に日が暮れ真っ暗になった空の下をボーっと歩いて家に帰る。時刻は二十三時。今日は少し早く帰ることができた。ちょっと長く寝れる。

 町を歩いていると、もはやこの時間ほとんど歩いている人もいない。その景色を見てもはやため息も出なくなった。これが現実だ。

 かつて、あれだけ希望に満ちていると思っていた未来は見る影もない。意気揚々と社会に出て、最初に入った会社はブラック企業。辞めたくてもやめられず何年経っただろうか。もう、自分の年齢すら覚えてない。えーと、大学は一応出たから二十は超えてるはず。

 あぁ、もう倒れそうだ。

 いっそのこと倒れてしまえば楽だろうか。

 そして、路上で倒れている人を初めて見た。

 その人は道の隅っこでうつ伏せになって倒れていた。あまりに身動きをしないので死んでいるのかと思ったが、身体が若干上下しているから生きてはいるのだろう。

 どうして倒れているのだろうと思って、ふと浮かんだのは空腹だった。いや、実際その人を見て思ったわけではなく単純に私がお腹がすいていたからそう思っただけかもしれない。

 とりあえず何か食べ物を与えてみようとコンビニでおにぎりを買ってきた。具材はツナマヨ。私の好物だ。仕事が忙しい中でもちゃっちゃと食べれてなおかつおいしいという最強アイテムなのだ。

 そして、意を決してその人に声をかけてそれをあげてみるととてもうれしそうな顔をして食べてくれた。どうやら本当に空腹だったらしい。

 なんだか、その姿を昔の自分と重ねてしまい思わず愚痴をこぼしてしまった後、その人が恩返しをしたいといった。冗談で片づけをしてくれなどと言うと、その人はなんと冗談と言う風もなく頷いた。驚いて思わず立ち上がると、突然ぐらっと視界が歪み座り込んでしまった。その人が心配してきたのに大丈夫だと言うと、その人は少し真面目な顔をするといきなり私を持ち上げた。完全にお姫様抱っこである。その人はそのまま歩き出し、私は周りに人がいなくてよかったなどとふと思った。

 そして、ふと気づいたときには、ベッドの上に寝ていた。

 見覚えのある天井。これは私の部屋だ。ゆっくりと体を起こし左を見て、すごくびっくりした。そこには私をここに運んだ張本人が座って本を読んでいた。

 ……本?にしては薄い?

「って、あああああああ!!」

 思わず大声を出してしまった。その人が読んでいたのは私の日記だった。慌てて奪い取ると、その人は少し驚いたような顔をした後、ふっと微笑んだ。

 ……その顔に一瞬ドキッとしてしまったのは秘密である。


 机の上に置かれていた本、おそらく日記を読んでいると彼女が目覚めた。直後、彼女は大声を出して僕の読んでいた日記を奪い取った。

 少し驚いたが、二時間ほどにせよ眠ったおかげだろう。少し元気になっているようで安心した。

 日記を大切そうに抱えている彼女に待っていてと伝え、台所に行った。さっき作った簡単に作れる疲労回復にいい料理を持って彼女のところに戻る。

 名前は『豚肉とキャベツの生姜炒め』というらしい。それと米。作り方は簡単だった。出来上がったのもさっきなので『レンジ』で温める必要はなかった。

 彼女にそれを差し出すととても驚いているようだったが、怖がったり、『引いたり』する様子はなかった。よかった。

 彼女はおずおずとそれを食べ始めたが、一口食べた後、突然涙を流しだしたので驚いた。そんなにまずかったのだろうか。

 しかし、彼女は泣きながらも食べ続けた。

 良く捉えれば、泣くほどおいしいということかもしれないが、そんなわけないだろう。彼女からはもっと別の感情を感じる。

 彼女が泣き終わるのを待っていると、彼女は少し鼻をすすりながらもお礼を言ってきた。

 どうやら、温かい食事を食べたのは随分と久しぶりだったようだ。

 しかし、そんな彼女を見ていて一層不安になった。この人、放っておいたら死んでしまわないか心配だ。どうすればいいのだろうと悩んでいると、ふといいことを思いついた。

「えっと、おいしかったのならよかった。ちょっとここで提案なんだけど、僕がこれから毎日ご飯を作ろうか?」

「えぇ!?」

 まぁ、驚くのも仕方がない。実際僕たちは先程会ったばかりなのだ。だからこの提案も実際は通常ではないことは理解している。

 すぐに彼女はそんなの悪いと断ったが、これは実は僕のためでもあるのだ。

「いや、その代わりに、この家に住み込みさせてほしいんだ。実は住む場所もお金もなくて」

 そう言うと、彼女は一瞬納得したような表情をしたが、すぐに顔をしかめた。これでだめだったら、まぁその時はその時だと思っていると彼女は机の上になぜか数枚のお金を置きながら頭を下げた。

「……お、お願いします……」

 置かれたお金の意味はすぐに理解しできた。俗に『給料』なるものであろう。受け取れないと返すと再び押し返してきて、しばらく攻防が続いた後結局そのお金は机の上に放置された。しかし、僕の住み込みは許可された。

 そうして、地球に来てから一週間。僕はようやく凍えることのない夜を手にした。

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