オッサン異世界に立つ
高戸 賢二
第1話
ドサッ。
寝返りを打ってベッドから転げ落ちたような、そんな感覚。
いやいや、俺の部屋にはベッドはない。ベッドなんて旅行先のホテルぐらいしか経験ない。・・・どこから落ちたんだ?
落ちた先は、草むらか?ちょっと違うかもしれないが、如何せん目が開かない。目どころか指先一つ動かせない。金縛りではないんだが、ひどく疲れたときの翌朝は大抵そんな感じだ。
はて・・・?昨夜って、何してたっけ?いや、そもそも俺はいつの間に寝たんだ?っていうか、ここどこだよ?
脳裏にたくさんの「?」が浮かぶ。
げしげし。
横向きで寝ている、俺の背中を叩くヤツがいる。
痛えな~。えらく固いもので叩いてきやがる。誰だよ?乱暴なヤツだ。
振り返って、叩いたヤツの顔でも拝みたいが、目が開かない。・・・いや、目は開けられるな。
恐る恐る、うっすらと目を開いてみる。顔が何かに埋もれているみたいで、よくわからん。とりあえず暗闇ではないようだ。
ブフン!
液体混じりの風が、俺の顔を襲う。臭えっ!!危機感と不快感から、俺は咄嗟にゴロゴロと寝返りを打ちながら対象から離れた。
指先一つ動かなかったのに、いざとなると動くものなん だな。
俺を叩いていたヤツの方を見る。柱が立っていた・・・って、足?!・・・動物の足・・・か?
視界をパーンアップさせると・・・うわっ!!すぐ真上に顔があった!!びっくりした。俺を叩いて、いや蹴っていたのはお前か。
暫しヤツとにらめっこ。笑うと負けよ。
至近距離でわかりにくいが、馬だな。時折鼻息を浴びせてくる。興味津々のようだが、敵意は無さそうだ。「何しに来やがった?」とでも言いたげな感じ。「何しに来た」って、俺が知りたい。ここがどこだかもわかっていないのに。
上体を起こして、辺りを見渡す。
木で作られた大きめの家。床には藁がたっぷりと敷かれている。俺を蹴っていた馬は、丸太で出来た柵の中だ。首だけ伸ばしていたんだな。
あらためて馬を観察する。きれいな金髪の鬣に栗色の馬体。鼻づらから額にかけて白く流星が入った顔。競馬用語でいう「尾花栗毛」だ。ただしサラブレッドよりも遥かに大きいが。ばんえい競馬の馬よりデカいかも。
ここはおそらく馬小屋だろう。だけど俺を蹴っていた馬1頭しかいないようだ。だだっ広い厩舎に1頭しかいないなんて、他の馬はどうしたんだ?
俺が藁の上に胡坐をかいてキョロキョロしている中、金髪の巨馬は俺をじぃっと見つめている。よせよ。照れるぞ。惚れるじゃないか。
フン!!と急に金髪馬が、そっぽを向いた。まるで「お前に惚れるバカはいないよ」とでも言うように。冗談に決まってるだろ。お前がウマ娘ならともかく。
馬はそっぽを向いたままだ。違うな。馬の耳がピンと立って、小刻みに動いている。厩舎の外を窺っているようだ。
俺も外の様子に耳をそばだててみる。何やら、とても騒がしい。
ふと気づくと馬の顔が俺の目の前に来て、俺を小突いた。俺は藁の上で、仰向けに大の字だ。さらに前脚で俺に藁をかぶせてくる。わっぷ!何しやがる!!
藁の下で俺がもがいていると、厩舎のどこかの扉が開いた。誰かが厩舎に入ってきたようだ。俺は藁の下でもがくのを止め、静かに息をひそめる。
「あいjvp@えjぁs」
大柄な中年の男が、訳の分からない言葉を発しながら入ってきた。栗色のおかっぱ頭と顔を覆うような髭、体格もプロレスラーみたいだ。戦ったら余裕で負けるな。このままじっとしていよう。
大男は馬房から金髪の馬を連れ出そうとしている。馬がちらりと俺を見た。「そのまま隠れていろ」ってか?つまり俺を匿ってくれたのか。いいヤツだったんだな。自分の状況がまるっきりわかっていない俺が、言葉も通じない人間と鉢合わせになればトラブル発生は必須。下手をすれば殺し合いになったかもしれない。まあ、死ぬのは俺の方だろうけど。
大男と巨馬は、厩舎から慌ただしく出ていった。しばらくここには誰も来ないだろう。とにかく状況整理しなければ。何事も現状把握が一番だ。
ここはどこだ?いや、そもそも俺は何していたんだっけ?直前まで、どこで何をしていたんだ?
ゆっくりと体を起こして、藁の山から抜け出る。そして近くの壁に寄りかかった。
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