コンビニ恋愛

羽弦トリス

第1話コンビニ

デスクの電話が鳴る。女は受話器を取り少しやり取りしてから、

「杉岡課長、内線1番にお電話です」

そう伝えると、女はキーボードを叩く。

仕事は、パチンコ台のチャッカーや、役物を製造、配達をする会社で女は納品書の作成をしている。

今年の10月から、インボイス制度がスタートして、細かに納品書の明細が替わった。

先程電話していた、杉岡課長はその女に近付いてきた。

「竹内ちゃん。今夜は君と同期の内田ちゃんと3人で飲まないかい?いつも、無理言って残業してくれてるから、お返ししたいんだ。今日は定時でアガってね」

竹内と呼ばれる女は、去年からこの総務課に就職した竹内あゆみ23歳である。

「課長、是非、お願いします。私から内田ちゃんには伝えますから」

と、竹内はニコりとした。杉岡課長は、部下に信頼されて、竹内らが残業する日は最後まで会社に残り、全員の仕事が終わったのを見届けてから、会社を出ていた。しかも、大の酒好きで、同僚や部下、そして末端の若手とも一緒に酒を飲みながら、仕事のアドバイスをしてくれる。

だから、竹内にとってこの会社は大当たりだった。


今日は課の人間は全員、定時終了した。

このノー残業日は、ありがたいと思う社員がほとんどだった。

会社のエントランスホールで、竹内と内田は杉岡課長を待っていた。

エレベーターのドアが開いた。

まるで七福神の布袋さんの様に腹が出ている男であったが、清潔感があり、ほんのりいい匂いがする。

課長は妻帯者なので、気を遣う事はないし、構える事も必要ない。

いい、相談相手なのだ。

「千代だ、千代。タクシーで行こう」

3人はタクシーに乗り、居酒屋千代に向かった。今夜は客も多く、カウンター席で3人並んで座った。右端に杉岡、真ん中に内田、左端に竹内が座った。

杉岡は生ビールを注文したが、女性陣はハイボールを注文した。

昔は「とりあえず生」が、定番だったが今は若者の酒離れ、ビール離れが進んでいる。

にぎやかな、団体客がいた。良く見るとこの街の副市長だった。

振り向いて、副市長に手を振ると向こうも杉岡に気付き手を振った。

杉岡と副市長は高校の同級生であった。


「かんぱ〜い」

3人はファーストドリンクを喉を鳴らして飲んだ。

竹内も内田もジョッキ半分の位一気飲みした。杉岡はお代わりを注文して、ツマミを選んでいた。

「課長、私達唐揚げと、揚げ出し豆腐が食べたいです」

と、内田が言うと、

「いいよ。注文する」

と、返ってきた。

しばらくして、仕事のことを3人は熱く語っていた。

そこへ、唐揚げと揚げ出し豆腐、鯉の洗いと薬味やっこが運ばれてきた。

「課長も、唐揚げ食べますか?」

「いや、もう40の半ばになると、唐揚げとかは胸焼けするんだ」


「あゆみちゃん、彼氏出来た?」 

と、内田が尋ねると、

「私には必要無い。1人が気楽、友美は早く今の彼氏と結婚すればぁ〜」

「再来年当たりかな。最低2年くらい付き合わないと、不安だから」

「オレは2年付き合って、結婚したぞ。女って、子供が出来ると人格変わるな」

若い2人は、まだ結婚した後の事まで考えていなかった。

杉岡は洗いを酢味噌たっぷりで食べた。それから、冷や酒を注文した。

女の子はずっとハイボール。

「あゆみ、元はいい顔してるんだから、その気になれば、男が放っておかないのに」 

「だから、私には必要ないの。男なんて」

「そういうヤツこそ、一番早く結婚するんだ」

「そうなんですか?課長」

「竹内ちゃん、多分、恋すると周りが見えなくなるくらいハマると思うよ」

杉岡はグラスに冷や酒を注ぎ、コクリとあおった。

それから、杉岡はタバコを吸うために店外の喫煙所に行き、また、戻ってきたかと思えば、副市長と何やら笑いながら話していた。間もなく、杉岡が戻ると解散となった。

時間は21時だった。

最寄り駅から近いので3人は電車に乗り、それぞれの駅で杉岡に挨拶してから下車した。


竹内はコンビニへ寄り、酔い醒ましにポカリスエットとハーゲンダッツを買い物かごに入れてレジに向かった。

コンビニ店員の姿を見た竹内は、ハッとした。

……か、カッコいい。

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