第三章 ~『顔の包帯が外れた記念日』~


 アルフレッドが王都から帰還してから一ヶ月が経過した。


 呪いの症状が弱まっているおかげで、アルフレッドの体調は悪くない。回復魔術による治療も、魔力量が増え、出力が増したことで大幅に進んでいた。


「とうとう、この日がやってきたのですね」

「楽しみね」


 アルフレッドとは別室でエリスとシャーロットが椅子に腰掛けて待機していた。二人の表情は真剣そのもので、背筋もピンと伸びている。


「一部とはいえ、息子の顔の包帯が外れる日が来るとは思わなかったわ」

「忘れられない日になりますね」

「毎年、お祝いした方がいいかも」


 エリスたちの声が弾んでいるのは、控室でアルフレッドが顔の包帯を外し、素顔を晒す準備をしているからだ。


 もちろん呪いに侵されている部分がゼロになったわけではない。だが顔全面を覆っていた呪いが局所的になったのは大きな進歩だった。


「心の準備はいいか?」


 控室の扉から声が届く。エリスたちはゴクリと固唾を飲んで、問題ないことを伝えると、彼は扉を開いた。


 黄金を溶かしたような金髪と澄んだ蒼の瞳は健在だった。目の周囲はまだ呪いに侵されているため、ヴェネチアンマスクで隠されているが、顔の下半分は完全に開放されていた。


 前世の俳優でさえ比類できないほどの美しいフェイスラインが顕になっている。肌も女性のようにきめ細やかで、シミ一つさえない。


(王国の宝と評価されていたのも納得ですね)


 これほどの麗人であれば、社交界で女性を虜にするのも当然だった。呪いさえなければ、彼は誰よりも容姿に優れていたのだ。


「どうだろうか?」

「とっても凛々しいお姿です♪」

「エリスに褒められると嬉しいな」


 鏡で自分の顔を確認していたのだろう。アルフレッドの自己肯定感は少しだけ回復していた。称賛も素直に受け取ってくれる。


「顔に触れてみてもいいですか?」

「もちろんだとも」


 触診という診察方法があるように、触れることで伝わる情報もある。変なしこりなどが残っていないかを確認するために頬に触れると、赤ん坊のようなみずみずしい弾力が返ってきた。


(柔らかい。いつまでも触っていたい感触ですね)


「少し恥ずかしくなってくるな」

「あ、すいません」

「いや、いいんだ。エリスに触れられて悪い気はしないからな」


 照れで頬が赤く染まっている。初心な反応がなんだか可愛らしかった。


「杖はもうなくてもいいのですか?」

「両手も自由に動くし、支えがなくても歩くことができる。これもすべてエリスの治療のおかげだ。ありがとう。心から感謝する」

「感謝なんていりませんよ。私達はこれから夫婦になるのですから、支え合うのに理由なんていりません。愛しているから尽くすだけです」

「そうか……そう、だな……っ」


 アルフレッドのマスクの下から涙が溢れ、頬を伝って零れ落ちる、


「駄目だな……涙が止まらない……っ……」

「今日は記念日ですから。思っきり泣いてもいいんですよ」


 エリスはアルフレッドを抱きしめ、彼は胸の中で涙を流す。長年、醜いと馬鹿にされてきた彼が、マスクをしているとはいえ、自分の顔に自信を持てたのだ。感情が揺さぶられるのも当然だった。


(私がこの人を幸せにしてみせます)


 ギュッと抱きしめた彼の暖かさを胸の内で感じる。彼を呪いから救ってみせると、改めて強い決意を抱くのだった。

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