尾頭付きの鯛

ろくろわ

親父の好物

 久し振りの里帰り。

 鯛の尾頭付きに海老フライ、それから日本酒にとスーパーのカゴに入れた所で、ふと「真司しんじ、俺はなぁここが好きなんだよ。子供にはまだわかんねぇなぁ。噛み締めると味が染みてうめぇんだわ」そう言って、ニカッと笑う父の顔を思い出した。

 真司は、幼心に自分の父、まことの好物が変わっている事に気が付いていた。元々、がさつな性格で、父親の使う道具や身の回りの物は壊れていたり、傷だらけだった。

 そんな父親の好物は尾頭付きの鯛なら、食べるのは決まって目元や頬の辺り。海老フライは尻尾を。骨付きの肉なら骨をかじっていた。

 一度だけ「そんなに旨いんなら、僕のと交換してくれ」と言った事があったが「お前にはまだ早ぇよ」と取り合ってくれなかった。

 結局、家庭の事情とは比べるものがあって分かる事で、僕はどこの家でも大人の好物はそんなものだと思って幼少期を過ごしていた。


「ただいま」

「こんばんはばぁば!じぃじ!」

「はいはいお帰り。ユキちゃん、いらっしゃい。あら、幸子さちこさんは?」

「幸子は遅れてくるよ。母さん、父さんは?」

「まだ寝てるよ。最近は物忘れも少し酷くなってきたかな?」

「そうか。ほらユキ!じぃじがまだ寝てるから静かにしなさい」

「はぁい」


 今日は父の傘寿の祝いで帰ってきたのだが、肝心の主役はまだ寝ているようだった。晩御飯にはまだ時間もあった事だし、息子のユキと父の祝いの準備をしながら起きるのを待った。

 それから一時間程経った頃だろうか。すっかり飾り付けも終わりユキが料理の並んだテーブルに座り父を待っている時だった。


「おぅ真司、来てたのか。帰ってくるなら連絡くらいしろよ」


 と随分と小さくなった父が起きてきた。


「今日は一緒に飯を食べようって言ってただろ?」

「そうだったか?」

「ほら、もうテーブルに買ってきたの並べてるから食べよう。ユキも待ってるよ」

「そうか。ユキちゃんも来てるのか。おぉユキちゃん大きくなったなぁ」


 父は俺の言葉は空に、ユキの側に腰を掛け、テーブルに並んでいた食事を見ていた。


「おぅ、今日は鯛と海老フライか。豪華だな」

「今日は父さんの傘寿のお祝いだよ」

「そうだっか?そうだ真司。頭は貰うぞ。ここが旨いんだ」


 そう言って父は鯛のお頭を皿に取り、ニヤリと笑った。そんな父をみて俺は胸がキュッとなる感じがした。


「父さん、もう良いんだ。父さんが好きなところを食べて良いんだよ。鯛の身も海老フライも全部」


 俺の言葉に父は一瞬、目を大きく開き小さく「そうかぁ」と呟いた。そして父は鯛の腹と海老フライを一つだけ食べた。


「真司、鯛や海老は美味しいな。だけどな、やっぱり俺は頭と尻尾でいい。後はお前が食べな」


 そう言った父の顔は、幼い日に見たあの頃のニカッと笑っていた顔だった。


「あぁ!じぃじもパパと同じ食べ方してる!じぃじもパパと一緒で、頭とか尻尾が好きなんだね!美味しいんでしょ?僕も食べたいなぁ」


 そして、そんな父の姿をみた息子は、あの日の私と同じ顔をしていた。

 じぃじの好物も俺の好物も、きっと噛み締めれば味の染みている頭や尻尾だと思っているのだろう。美味しそうに鯛を食べるユキの姿を見ながら、俺と父は幸せな時間を噛み締めるのであった。





 了

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尾頭付きの鯛 ろくろわ @sakiyomiroku

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