第16話

「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛い゛い い!!」



 週明け、教室に入ると例の女生徒がガチ泣きで謝ってきた。



「なんだ、どうしたんだ?」



「山村が、撮って来てくれた、動画が、バズっちゃって、すごい反響で、あの、あの探索者は、誰なんだとか、すごいことに、なっちゃってっ」



 嗚咽混じりに伝えてきた内容を頭の中で反芻する。



「つまりびっくりするほど騒ぎになって、俺が騒がしいの嫌いなの知ってるから、どうしたらいいかわからずパニックになったと?」



 泣きながら頷く女生徒。

 なんか絵面からしてこっちが悪者みたいに見えるから勘弁してほしい。



「あー、とりあえず放課後に組合の人に相談してみるから、あんま気にすんな。誰が悪いって言ったらお前だし、なにしてくれてんだって思わなくもないけど、まあやっちゃったもんはいまさらどうしようもないしな。最悪ダンジョンに篭ればそこまで干渉されることもないだろ」



 ぶっちゃけそれを理由にしたらダンジョンに引き篭もれそうなので、自分で発言しといてそれはそれでありだなとか思ってしまった。

 他人のことなんて気にしないでダンジョン潜って訓練してたら良いのに。


 その日は先週や今朝のやり取りを見たり聞いたりした生徒から広まったのか、Bランクに上がった時のように学校内がざわついていた。

 生徒同士の会話の中で自分の名前が出たり、教室に他クラスだけでなく他学年の生徒まで山村を一目みようとやってくる。

 山村はずっと机に突っ伏し寝たふりをして全てを無視し続けた。



 ×××



 放課後になり速やかにダンジョンへ向かった。



「なんかクラスメイトにお願いされて撮ってきた動画のせいですごいことになっちゃったみたいなんですけど」



「こんにちは、山村さん。こちらでも把握しております。この派遣場の組合員はすぐ山村さんだなと気付いて緘口令を出してますが、上層部には隠すわけにはいかず、報告しております」



 開口一番に他人事のように話すと苦笑しながらも組合の対応を教えてくれた。



「どうしたら落ち着きますかね?」



「正直言いますと、隠し通すのは難しいかと思いますよ。我々は探索者のことを第一に考えますが、他の方々は基本的に自分達を優先して考えますから...」



「んんー、めんどくさいのはなぁ」



「山村さんにとっては嫌かもしれませんし、我々の思惑も無いとは言えない案ならありますが...」



「一応聞いておきます。その案はどんなものですか?」



「組合専属の探索者として公表することですね。そうすれば他からのスカウト等はそれなりに減らせると思います。組合よりも好条件で雇うなどといった引き抜きは無くなることはないでしょうが、素性と所属がはっきりすればそれなりには落ち着くはずです」



「俺はただダンジョンに潜れれば良いんだけどなぁ」



 愚痴をこぼすが愚痴を言ったところで状況は変わらない。



「んー、組合専属になることでのメリットデメリットはなんですか?」



「メリットとしては山村さんの身の回りの些事を組合としてサポートできるようになるってことですね。税金関連だったり、事務的な作業は全てこちらで行うことになります。それと諸々の依頼や勧誘もこちらで受け付けるので、直接山村さんに来ることは少なくなるはずです。あと山村さん的にはメリットかわかりませんがいろいろな施設で割引があったりもしますね」



「事務作業やってくれるのはありがたいかな、今のところ両親にぶん投げちゃってるし」



「山村さんにとってのデメリットとしては組合からの依頼があることですかね。それも専属とは言っても形式上そうするってだけなので最低限に抑えられるとは思いますが」



「んんんー、とりあえず高校生の間は内定というか、予定としておいて卒業後は専属、みたいな形でいけないですかね?まだ未成年で学生って面を押し出せば強引に来る人も減りそうですし、それこそそういう予定だっていうのに横槍入れてくる人達は信用出来ないから、今後その人の所属する所とは関わらないって言っちゃうとか」



「そうですね、山村さんほど強ければそれくらい強気でも良いかもしれません。少なくとも学生のうちは平穏に過ごせるように組合も尽力いたします!」



「お願いします。いつもありがとうございます」



「あ、そうだ、それでなんですけど、山村さんをSランクにしようって話も出てるのですけど、どうしますか?」



「ああー、そういうのも卒業後ってことにできますか?とりあえず学生のうちは平穏に暮らしたいので」



「了解しました。上層部にもそう伝えておきます。おそらくですが、今もほぼ専属ではあるんですけど、卒業後は私が山村さんの専属となってサポートすることになります」



「ありがとうございます。なんかあったら教えてください。めんどくさいことは嫌ですけど、お世話になってるので多少はお返ししますから」



 こうして卒業後には組合専属探索者となることに決まり、その事実は組合のホームページやSNSである程度の情報とともに公開されることになった。


 探索者や企業の者達はコンタクトを取ろうと組合に押しかけるが、本人の意向ということでほとんどが組合でシャットアウトされ、一部の直に交渉しにきた強引な者はルールやマナーを守れない人間は信用出来ないという辛辣な返事で切り捨てていった。


 学校でも多少騒ぎにはなったが教師から各学年に通達がいき、野次馬は基本的に無視する為に数週間で落ち着いた。



 ×××



 年内はいろいろとめんどくさいことがあったが、多くは組合が対応してくれたおかげで助かった。


 トラブルが起きても変わらず毎日のようにダンジョンに潜り、平日はクイーンアントがいれば倒し、週末は泊まりがけで蟻の巣階層の先の砂漠地帯で鍛錬。


 そんな風に過ごしていると気付けば年を越して、高校を卒業する日になっていた。



「やっと卒業かー」



「今後は会う機会が減るだろうけど応援してるぞ。基本学校でしか関わってこなかったが、山村の話は楽しかったしな」



 のんびりと神田と話していると騒ぎの原因になった女生徒も話に混じってきた。



「私も山村のダンジョン体験談とってもわくわくして、楽しかった!」



「お前のおかげで大変な事になったけどな」



「あ、あれはしょうがないでしょ!流石にあそこまで騒ぎになるなんて予想できなかったのよ!」



「まあ、無事高校も卒業だし、別にいいよ、良い思い出ってことにしとくさ。めんどくさかったけどな」



 女生徒は笑顔から一転落ち込んだ顔になる。

 上げては落として、からかっていると理解してる神田は笑っているが、神田ほど付き合いがない女生徒にはそこまで理解できていなかった。



「でも、山村とこうして仲良く?なれて良かったよ!」



「基本的に山村は人付き合いをする気がないからな、学校でまともに話すのも俺達2人くらいか?」



「いや、話しかけられればちゃんと返事くらいするぞ?放課後はダンジョン行きたいから遊びに誘われたりしても断ってるだけで」



 探索者として一流だと知れ渡ってからは、玉の輿狙いなのか告白してくる女子や、お溢れ狙いの男子もいたが、基本的に放課後はダンジョン、休日もダンジョンといった生活なので断り続けていた。

 そんな中で日常的に話すのは神田とこの女生徒くらいだったのは確かだ。



「ねえ、そういえばさ、私の名前覚えてる?」



 不意にそう聞かれ、神田と目を合わせる。

 神田は当然知ってるよなという目で見てくるが、こちらはなんだっけ?という目で見返す。



「おま、山村、マジか...」



「いや、だってさぁ」



 2人の会話の流れから名前を覚えられてなかったことに気付いてしまった女生徒は怒ったように名乗る。



「なんで覚えてないのー!清水だよ!清水明乃!!」



「ああ、清水な、うん、そんな感じだった気がする」



「いや、絶対覚えてなかっただろ」



「そもそも名乗った事あったか?」



 2人に攻められるが平然としていると、呆れた目で見つめられる。



「山村が覚えてる人間って何人くらいいるんだ?」



「んー、家族や親戚以外だと、5人もいない気がするな」



「堂々と言うなよ...人に興味なさすぎるだろ...」



「よく考えると世話になってるダンジョンの受付嬢の人のことも名前思い出せないしな」



 そんなことをぽろっと溢したら2人に絶句されてしまった。



「なんで2年以上お世話になっておいて名前も知らないのよ!ちゃんと確認して、これからもよろしくお願いしますってちゃんと言わなきゃダメだよ!」



「これは清水が正しいな。流石に人としてどうかと思うぞ」



「わかったよ、もう少し気をつける」



 2人に説教されてしまった。

 ダンジョンの外のことに興味が湧かないから仕方ないのに。



「卒アルにでかでかと名前書いてやろ。そうしたら私の事も忘れたりしないでしょ。ほら、卒アル出して!」



「良い案だな、俺もそうしてやるからな」



「好きにしてくれよ、俺は2人に怒られて疲れた」



「山村も私の卒アルにサインして!」



 こうして3人の卒業アルバムにはそれぞれ一言ずつ書かれることになった。



「あ、神田の名前ってそんなだったんだな、知らなかったわ」



「おい!!」



 最後まで締まらなかったが、それなりに楽しい高校生活を送れたと思う。

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