2023年5月8日《ココロの消えた街》
蓮見庸
2023年5月8日《ココロの消えた街》
雨は降り続き、道路にできた水たまりには、歓楽街のどぎつい明かりと、そこに集まった人とアンドロイドの姿が映っていた。水しぶきを上げてタクシーが通り過ぎるたびに、それらはいびつに
ワタシはとあるビルの入口に立ち、部屋の明かりを見上げた。これから訪れる802号室。
人の消えた街に再び人が戻ってきた日常。しかし今では異邦からの旅行者やアンドロイドの数の方が多くなった。
ワタシのカラダは被膜で覆われることはなくなり、合金がむき出しになっている。かつては人に似せた見た目がもてはやされていたが、近頃はより機械らしいものが好まれるようになった。そしてさらには奇抜なものを追い求める風潮にあった。
どんなカラダがいいのか、価値の判断なんてできないし、しようとも思わない。ワタシは造られてから長い時間動いているが、価値の基準なんて時代によって180度変わるものだということがよくわかっていた。それならば、その時の人々がそれを望み、それがよいというのなら、そうするまでだ。そういう意味においてはパーツの交換ができるこのカラダは都合がいい。
「どれにする?」
二間続きの狭い部屋には折り重なるようにカラダのパーツが置かれ、天井からもぶら下がっている。若い金髪の女店主と話をしているが、正直どれがよいのかよくわからない。
「今はどれが
「流行りといえば、そうだなぁ…。この表面がマット仕上げになっている角ばった肩のパーツ、それと光沢ばりっばりの耳のパーツかな」
「値段は?」
「肩は片方で3万JPドル、耳は左右合わせて5万JPドル」
「高すぎないか?」
「最近はどこもこんなもんさ」
「では、左肩だけ買うことにするよ」
「色はどうする?」
「色?」
「うん。このままでもいいけど、たいていの客は色を付けるかな。初めてだから、サービスでベーシックカラーならただにしてあげるよ」
「何色が流行ってるんだ?」
「派手な方がいい? 落ち着いたシックな方がいい?」
「できるだけ派手な方がいい」
「雇い主にそう言われたの?」
「そうだ」
「わかった。任せといて」
女は肩のパーツを棚から下ろすと、おもむろにゴーグルとマスクを付けた。
「ねえ、あんたにはココロはある?」
女は手元のスプレーを操作しながら話しかけた。
「ココロ? パーツのことか?」
「あっはっは、面白いこと言うね。人がものを考えたりするココロだよココロ。アンドロイドが何を考えてるのか知りたいと思ってね。こうやって話はできるし、先週だったかアンドロイドにもココロがあるから権利を守れとか騒いでたやつらがいただろ。けど、実際のところどうなんだろうと思ってさ」
「ココロか…」
「あんたにはココロはあると思う?」
「さあ、どうだろう…。でもそれは人もアンドロイドも同じじゃないのか?」
「人もアンドロイドも同じだって? どうだろうねぇ。まあ、この店には人も来るしあんたみたいなアンドロイドの客も来るけど、最近は何を考えてるのかわからないやつも多い。それがココロがないっていうんなら、人も同じだな。つい先日もひどいやつが来てさ、それこそココロのパーツがあれば埋め込んでやりたい気分だったよ。はい、できたよ。あ、ちょっと待って」
「そのマークは何だ?」
女は肩の裏にハートマークを小さく彫った。
「これはあんたのココロだよ。いつもその時に感じたことをカタチにしてるんだ。わたしのサインだと思ってもらっても構わない。パーツの強度には問題ないからその点は心配しなくていいよ」
歓楽街は相変わらず人とアンドロイドで溢れていた。かつてはアンドロイドは人のために働いていたが、人より数の多くなった今ではアンドロイドのために働くことも多い。人と見た目が同じなら、もはや人もアンドロイドも違いを見つけるのは難しくなってきた。
その時ふとワタシは女店主もアンドロイドだった
2023年5月8日《ココロの消えた街》 蓮見庸 @hasumiyoh
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます