第2話 幼馴染だからこそわかること

「真姫」

「何よ」

「何か、悩んでる?」

「――何でそう思うのよ」

「いや、いつにも増して情緒がジェットコースターというか――いたっ!痛いよぅ……」


 初詣の帰り道、休憩がてら入ったファミレスで、私達は窓際席のテーブルで向かい合わせに座っていた。

 一緒にいる間、真姫は基本的には楽しそうで、でもたまにぼんやりと虚空を見つめる瞬間がある。

 それで心配して声をかけたらデコピンだ。割に合わないったらない。


「大袈裟ね。だいぶ優しくしたつもりよ」

「もっと優しくしてよぉ……」

 ツーンとし始めたお姫様は、頬杖をついて窓の外を見ている。

 無視かぃ。


 もしかしたら私が何かしたのか、と考えたけれども、思い当たることが何も無い。

 そもそも真姫は思ったことは思った時に言うタイプだから、ここまで何か溜め込んでるとなると余程のやつだ。


 折角の新年の幕開けに、もうすぐ学校も始まるのに。

 数か月後、私達は高校2年生だ。

 一緒にいられる時間だってもうそう多くはない。高校生活の3分の1が過ぎようとしているのだ。


 この一年間だって、体感的にはあっという間だった。

 卒業イベントだって、気を抜くとあっという間にやってくるに違いない。

 それにしては、私達にはやること、考えることが多すぎる。


 実は、乙女ゲームのシナリオには卒業後の話は少し出るものの、それは攻略した相手との日々がBGMにのってエンドカードのように複数枚表示されるだけだ。

 ゲーム中では、大学受験や就職活動など進路の描写は皆無だった。

 ゲームですもんね、そうですよね、メインは恋愛ですもんね、はい。


 でもここは私達にとって現実だ。

 卒業したからと言って、はい、ゲーム終了、ってわけじゃなくて、きっとこの先の人生も続いていく。

 ……だよね?


 だから、私達が純粋に恋愛できるのも、おそらく高校2年生までが勝負と言っても過言ではないし、その間も自分の進路については考えていないといけないのだ。

 そう、卒業後の、真姫のいない私の人生についても。


 未だに頬杖をついて、窓の外を見ている真姫の横顔を見つめる。

 飲んでいたジュースは半分無くなり、グラスは玉のような汗をかいている。


 真姫は本当に綺麗になった。


 瞳は大きく、長いまつげは気怠そうな表情でも色っぽさを醸し出している。

 白い肌には産毛も生えていないのかと思うほどにつるつるで、思わず触りたくなる。

 流石は乙女ゲームの主人公といったところか。


 そして意外と、情に厚く世話焼きだ。

 何にも興味が無いように見えて、結構私が好きなものや興味を持ちそうなものの情報をいつも仕入れて、外に連れだしてくれる。


『茉莉が好きなドラマシリーズが今度映画化するみたいだけど、今週の土日に観に行かない?』とか、『茉莉が好きそうな雰囲気のカフェをSNSで見つけたんだけど、今日の放課後行ってみない?』とか。


 こんなことさえあった。

『球技大会の後に茉莉に連絡先聞いて来た男子いたでしょ?その後もちらちら声かけて来てたと思うけど、あれ、断っといたから』

 なんていうのもあった。

 まぁ、確かに私自身は全くいま恋愛する気はないのだけれど。

 ――ボディーガードか何かか?


 でもこうしたやり取りも、真姫が他の誰かの恋人になれば、おそらく少なくなる。

 休みの日の映画も、放課後の寄り道も、ただお喋りする今この時みたいな瞬間だって。

 大切な他の誰かを優先させる時が来るわけで。

 ――それってちょっと、なんかこう、考えるだけで胸が苦しくなる。


「茉莉こそどうしたのよ」

「え、別に、私は普通だよ」

「普通じゃないわよ。急に目から光が失われたみたいだったわよ」

「えー気のせいじゃない?」

 あなたに彼氏ができた時のことを想像して沈んでました、なんて幼馴染相手へのメンヘラムーブは真姫だって困るはずだ。

 私は慌てて誤魔化して、会話の軌道修正を試みる。


「分かるわよ。茉莉のことは、幼馴染なんだし」

「そっ、か……」

 ずるい。

 幼馴染……か。

 普通の友達よりも近い距離で、心地よくて、でも恋人ではない、そんな距離。

 ダンゴムシを集めて遊んで満足していたような年頃からの、長い付き合い。


「……高校1年、あっという間だったなって」

「そうね」

「この調子であっという間に2年生、3年生になって、卒業したら、もう真姫とこうして一緒にいる時間もあんまりなくなるのかもって思うと、少し寂しくなっちゃって」


「重い……よね、はは」

 誤魔化すように頭を掻くと、真姫は「一緒にいればいいじゃない。ずっと」と、当たり前のことを話すように返してきた。


「いや、でも、この先、お互いに進路も分かれるかもしれないしさ」

「……なるべく合わせるようにするわ。この高校に入ったのだって、あなたが受験の時ここ一択だったからそうしたんだし」

「いやそんな……、って、え⁉ そうなのぉ⁉」

「そうよ。私、運動も勉強もできるから色んな所の推薦の話だってあったし、選択肢なんて沢山あったもの」


 そうなのか……。

 改めて考えると、ゲームの中とは真姫本人の趣味嗜好、性格や能力値だって全然違う。

 そもそも真姫がこの学校に入らずしてゲームそのものがスタートしないルートだってあったのだ。


「そ、それは…なるほど……」

 いや、逆にそんなに選択肢がある中で結局この学校を選んだのは、やっぱりゲームの強制力みたいなものが働いているのか……?


「ね? だから、別に進路もそうだし、もし大学に行って卒業後就職先が別れても、ほら、一緒に住むとか……その、……大人になればそういう選択肢だってさ……私達にはあるんだし……ごにょごにょ」


「あれ、でもそれっておかしくない?」

「え、な、な、なによ。一緒に住むことに問題でも⁉」

「あ、ごめん聞いてなかった、それなんの話? ――そうじゃなくて、別に進路は自分で考えた将来を実現するために選ぶものであって、友達と合わせる必要はないってことだよ」

「……」

 まぁ、同じ高校を選んでくれたことは嬉しいのですが。


 そうだ。

 私がしているのは、受験だけの純粋な進路の話だけじゃなくて。

 攻略対象と真姫がちゃんと結ばれたルートの話だ。

 いやでもこうなれば攻略対象と結ばれなくても真姫が幸せになるルートもあるのかもしれない。

 でも攻略対象全員と会っていない今、それを判断するのは時期尚早だ。


 それに。

「それに、だいぶ先の話だけど、お互いに家庭を持ったりしたらやっぱり今みたいに会うのは難しくなるかもしれないって思うんだ」

「……あなた、結婚願望あるの……?」

「いや、今のところ全くないけど。でも真姫を放っておく男はいないでしょう」

 いや、事実、あなたを放っておかない男は最低7名は出会う予定なので。

 ひとりは何故か私達を観察することに熱心で、ひとりは真姫の筋肉にしか興味なくて、ひとりは既に彼女作って離脱しちゃったけどね。


 暫しの間、ざわつくファミレス店内で私と真姫の間に沈黙が横たわる。

 真姫は俯いて、ふるふると震えている。

 あれ、私また何か地雷踏みましたかね。


「なん……、で…」

「え? え? どうかした……かな……?」

「……なん、っで、茉莉はそうやって、私との約束、やぶる、のよ」

「え?」


 顔を上げた真姫は、鼻を真っ赤にしながら、潤んだ瞳で私を睨みつけていた。

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