婚約破棄された悪役令嬢は、推しのモブ(実は王子)と幸せに暮らします

かのん

乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました

夜の屋敷で、銀髪の公爵は冷たく言い放った。

「アリシア、お前とはやっていけない。この婚約は無かったことにして欲しい」


私は精一杯、悔しそうな顔を作って見せた。

「……分かりました。では、私は失礼します」


玄関に向かって歩いて行く。

最後に、部屋を一瞥した。


公爵の横では、黒髪清楚系の女の子が微笑んでいる。

このゲームのヒロインだ。ぶん殴りたい気持ちを抑えて、扉を閉めた。


「よっしゃ、やっと婚約シナリオから抜け出せたぁぁぁ!」

そして屋敷を出て、嬉しさのあまり、夜道を駆け抜けたのだった。



私は乙女ゲームの世界に転生していた。

ヒロインではない。彼女に相手を奪われる悪役令嬢、金髪美女のアリシアだ。


アリシアはヒロインの恋を盛り上げるためだけに存在している。

この美貌も、資産も、家柄も、全てはヒロインを引き立てるため。


ゲームでは、この公爵ルートが最後。後はエンディングとおまけシナリオだけだ。

もう悪役令嬢の私は登場しない。つまり、自由に動けるのだ。


そうなると、目指す場所は、ただひとつ。

「あったあった。推しの家!」


かつてゲームをプレイしていた時、推しは名もなき男性だった。

台詞は朝・昼・晩の簡単な挨拶、三パターンだけ。


つまり、モブである。

でも、立ち絵も声も、超ドストライクだったのだ。



私はモブの家に押しかけた。木でできた、質素な一軒家だ。

「どうしましたか?こんな夜中に」


彼は今夜もかっこいい。シャツの下からは、たくましい腕がのぞく。

少しカールかかった豊かな黒髪。深いブルーの瞳。


「すみません、道に迷ってしまって……」

私は悲しい顔をして見せた。壁にかけてある鏡をちらりと見る。

演技は完璧、薄幸の美少女だ。伊達に5ルートを悪役令嬢として演じ切っていない。


「こんな若くて綺麗な方が、夜道を歩いていては危険でしょう。お入りください」

「でも、ご家族の方のご迷惑にならないかしら」

「ここには僕一人しか住んでいませんよ」


心の中でガッツポーズ。妻子持ちじゃなくて良かった。

攻略サイトに彼のことは載っていない。設定が分からないから、早速探ってみたのだ。


彼は微笑み、部屋の中へ通してくれた。

「だから美しい方の突然の訪問は、大歓迎です」


早速、フラグが立ってる?やけに早くないか?

はやる気持ちを抑えつつ、彼に手を引かれて、部屋へ入って行った。



ダイニングには趣味の良い飾りつけがしてあった。

テーブルに座ると、彼は温かいココアを差し出してくれた。


そういえば今は十月で、外は凍てついていた。

ココアを一口飲む。濃厚で美味しく、くたびれた私の血液となっていった。


「ありがとうございます。お名前をおうかがいしても良いかしら」

「ええ。エリオットです」

「私は……」

「アリシアですよね」


私は向かいに座る彼を、まじまじと見つめた。

彼のブルーの瞳は、いたずら好きの少年のように揺れた。


「え、どうして知っているんですか?」

「どうしてだと思います?」


彼はテーブル越しに、私の手を包んだ。

あたたかく、大きな手だった。


「アリシアのことを、ずっと好きだったからですよ」




エリオットはキッチンからクッキーを持ってきた。

それを皿に置き、テーブルの上に置いた。


「僕なんかが、手を出して良い相手だと思っていなかったんです」

「どうしてですか?」

「いつも勇者や貴族や公爵の方たちと、忙しそうにしていたから……」


それは、そういうゲームだからだ!

シナリオ通りに動かないと、悪役令嬢には処刑エンドが待っているのだ。


叫びたい気持ちを必死に抑えて、クッキーを口に入れた。

クッキーはバターがきいていて、とても美味しい。上品な味が口一杯に広がった。


それもそのはずだ。

キッチンに置かれた缶を見ると、超一流店のものだった。


「私は公爵に婚約破棄されて、ここに来ました」

「公爵は見る目がないな。こんな素敵な女性を捨てるなんて」


私もずっと好きでした。その一言は、舌の上で溶けていった。

今まで5ルートで恋愛騒ぎをしていておいて、今更だ。軽い女に見られたくない。


「いつも何かに一生懸命なアリシアは、本当に魅力的ですよ」


エリオットの笑みに、思わず涙が出そうになる。

悪役令嬢として、報われない日々を送っていた。生きるのに必死だった。


「ありがとうございます。私もエリオットのこと、もっと知りたいです。普段は何を……」

「良ければ、今夜は泊っていってください。敬語もいりませんよ」


あれ、質問の答えを避けられた?


エリオットは立ち上がり、空になったカップと皿を下げた。

私は違和感を押しやり、彼を手伝うために、慌てて立ち上がった。



二階に客間があり、そこへ通された。

ベッドとクローゼット、ナイトテーブルだけのシンプルな部屋だ。


そして最近、使われた跡がある。

まさか他にも女が……と勘ぐっていると、彼は言った。


「よく来る奴がいてね。男だよ」


まるで心を読んだかのようなタイミングに、私は驚いて顔を上げた。


「はは。顔に書いてあったよ。アリシアはかわいいね」


敬語からタメ口になったことが嬉しくて、うまく言葉がでなかった。

シナリオがないと、なかなか生きていくのが難しい。


「それか、この部屋は嫌だったかな。一緒に寝る?」

「い、いや。大丈夫!」

「冗談だよ。シャワーは突き当りにあるから、お好きにどうぞ」


彼はクローゼットからタオルやパジャマを取り出した。

私はそれらを見て、一流ブランドのロゴがあることに気が付いた。


さっきのクッキーもそうだ。

どうして庶民では手に入らない、一流品を持っているのだろう。


「あの、聞きたいんだけど。エリオットって、仕事は何してるの?」

「……また今度話すよ」


彼はうつむいた。長いまつ毛が、影をつくる。


「大事な用があるから、外に出るね。先に休んでて」


そうして何かから逃げるように、一階へ降りて行ったのだった。



シャワーを浴びながら、私は鏡に向かって叫んだ。

「えー!マジで仕事なに?気になる!」


手を伸ばすと、それに釣られてバストも上に引っ張られた。

ツンと上を向いた、見事なバストだ。身体はまるまると引き締まっている。


金髪の豊かなブロンド、誰がどう見ても美少女だ。

私は嫌な予感に襲われた。


「まさか、女の人を売るとか……!?」


アリシアは悪役令嬢のくせに、裏社会とは無縁だった。

ヒロインの恋の邪魔をするから「悪役」。前世は普通のOLなので、もちろん縁はない。


「でもモブが人身売買するなんて、闇が深すぎない?このゲーム、全年齢対象だよね?」


声に出すも、不安は増すばかりだ。

ひとまず外に出て、タオルで身体を拭くことにした。


パジャマは良い匂いがした。どこかで嗅いだことがある。

そうだ、これも一流ブランドの香水だ。


「うん。やっぱり、逃げよう」


私はパジャマを脱ぎ捨て、ドレスに着替えた。

元々着ていた、深紅のドレスだ。いかにも悪役令嬢らしい。


「夜遅いけど、ひとまず実家に帰ろう……!」


実家は遠いが、売られるよりマシだ。

金だけはある。最悪、宿屋に泣きつけば良い。


しかし、扉の前に行った瞬間。

ちょうど外から戻って来たエリオットと出くわした。



「アリシア、どうしたの?」

「あ、あの、やっぱり帰る!」

「どうして?」


あなたが人身売買業者だからです!


そんなことは言えず、目を泳がせていた。

エリオットは、心配そうに言った。


「もしかして、枕が合わなかったかな」

「そ、そう!だから実家に戻るね!やっぱりヒガシカワじゃないと……」

「あの枕も、ヒガシカワだったんだけどな」


だから!どうしてモブが高級品を持っているんだ!


彼は私の肩を、優しくつかんだ。

「ねえ、何か嫌なことがあったら言って?僕は何でも叶えてあげるよ」

「じ、じゃあ、お母様に会わせて!」


彼は目を見開いた。吸い込まれそうな、深い青だ。

我ながら名案だ、と思った。これなら実家に帰れるだろう。


次の瞬間、彼の背後から、思わぬ声が聞こえた。

「どうしたの?お母様なら、ここにいるわよ?」



扉の向こう、外にはアリシアの母親が立っていた。

「お、お母様!?どうしてここに……」

「大事な娘が婚約破棄されたって聞いて、飛んで来たのよ」


母は私を優しく抱きしめた。

久々のマシュマロボディを堪能していると、彼女は続けた。


「それに王子から、アリシアと国を出たいって言われたものだから」

「王子?」

「エリオット王子よ。お隣の国の。そこにいるじゃない。丁寧に挨拶に来てくれたのよ」

「えぇええええ!?」


なんだ、その裏設定!


エリオットは、不敵に微笑んだ。

「ごめん、アリシア。まさか君が知らないと思わなくて」

「い、いえ。私こそ知らずに恐縮です……」


ゲームをプレイしていた時に、見えていた光景が全てじゃない。

他の登場人物にも、人生があり、生活があるのだ。


「ここだと色々とやりにくくてさ。一緒に隣の国へ行こう」

「は、はい」

「もっと僕のこと知ってもらいたいんだ。好きな人にはね」


つい、タメ口設定をリセットしてしまった。

他にも色々と、リセットしなくてはならないのだろう。



こうして公爵から婚約破棄された悪役令嬢は、

推しのモブ(実は王子)と、いつまでも幸せに暮らしたのだった。

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