婚約破棄された悪役令嬢は、推しのモブ(実は王子)と幸せに暮らします
かのん
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました
夜の屋敷で、銀髪の公爵は冷たく言い放った。
「アリシア、お前とはやっていけない。この婚約は無かったことにして欲しい」
私は精一杯、悔しそうな顔を作って見せた。
「……分かりました。では、私は失礼します」
玄関に向かって歩いて行く。
最後に、部屋を一瞥した。
公爵の横では、黒髪清楚系の女の子が微笑んでいる。
このゲームのヒロインだ。ぶん殴りたい気持ちを抑えて、扉を閉めた。
「よっしゃ、やっと婚約シナリオから抜け出せたぁぁぁ!」
そして屋敷を出て、嬉しさのあまり、夜道を駆け抜けたのだった。
☆
私は乙女ゲームの世界に転生していた。
ヒロインではない。彼女に相手を奪われる悪役令嬢、金髪美女のアリシアだ。
アリシアはヒロインの恋を盛り上げるためだけに存在している。
この美貌も、資産も、家柄も、全てはヒロインを引き立てるため。
ゲームでは、この公爵ルートが最後。後はエンディングとおまけシナリオだけだ。
もう悪役令嬢の私は登場しない。つまり、自由に動けるのだ。
そうなると、目指す場所は、ただひとつ。
「あったあった。推しの家!」
かつてゲームをプレイしていた時、推しは名もなき男性だった。
台詞は朝・昼・晩の簡単な挨拶、三パターンだけ。
つまり、モブである。
でも、立ち絵も声も、超ドストライクだったのだ。
☆
私はモブの家に押しかけた。木でできた、質素な一軒家だ。
「どうしましたか?こんな夜中に」
彼は今夜もかっこいい。シャツの下からは、たくましい腕がのぞく。
少しカールかかった豊かな黒髪。深いブルーの瞳。
「すみません、道に迷ってしまって……」
私は悲しい顔をして見せた。壁にかけてある鏡をちらりと見る。
演技は完璧、薄幸の美少女だ。伊達に5ルートを悪役令嬢として演じ切っていない。
「こんな若くて綺麗な方が、夜道を歩いていては危険でしょう。お入りください」
「でも、ご家族の方のご迷惑にならないかしら」
「ここには僕一人しか住んでいませんよ」
心の中でガッツポーズ。妻子持ちじゃなくて良かった。
攻略サイトに彼のことは載っていない。設定が分からないから、早速探ってみたのだ。
彼は微笑み、部屋の中へ通してくれた。
「だから美しい方の突然の訪問は、大歓迎です」
早速、フラグが立ってる?やけに早くないか?
はやる気持ちを抑えつつ、彼に手を引かれて、部屋へ入って行った。
☆
ダイニングには趣味の良い飾りつけがしてあった。
テーブルに座ると、彼は温かいココアを差し出してくれた。
そういえば今は十月で、外は凍てついていた。
ココアを一口飲む。濃厚で美味しく、くたびれた私の血液となっていった。
「ありがとうございます。お名前をおうかがいしても良いかしら」
「ええ。エリオットです」
「私は……」
「アリシアですよね」
私は向かいに座る彼を、まじまじと見つめた。
彼のブルーの瞳は、いたずら好きの少年のように揺れた。
「え、どうして知っているんですか?」
「どうしてだと思います?」
彼はテーブル越しに、私の手を包んだ。
あたたかく、大きな手だった。
「アリシアのことを、ずっと好きだったからですよ」
☆
エリオットはキッチンからクッキーを持ってきた。
それを皿に置き、テーブルの上に置いた。
「僕なんかが、手を出して良い相手だと思っていなかったんです」
「どうしてですか?」
「いつも勇者や貴族や公爵の方たちと、忙しそうにしていたから……」
それは、そういうゲームだからだ!
シナリオ通りに動かないと、悪役令嬢には処刑エンドが待っているのだ。
叫びたい気持ちを必死に抑えて、クッキーを口に入れた。
クッキーはバターがきいていて、とても美味しい。上品な味が口一杯に広がった。
それもそのはずだ。
キッチンに置かれた缶を見ると、超一流店のものだった。
「私は公爵に婚約破棄されて、ここに来ました」
「公爵は見る目がないな。こんな素敵な女性を捨てるなんて」
私もずっと好きでした。その一言は、舌の上で溶けていった。
今まで5ルートで恋愛騒ぎをしていておいて、今更だ。軽い女に見られたくない。
「いつも何かに一生懸命なアリシアは、本当に魅力的ですよ」
エリオットの笑みに、思わず涙が出そうになる。
悪役令嬢として、報われない日々を送っていた。生きるのに必死だった。
「ありがとうございます。私もエリオットのこと、もっと知りたいです。普段は何を……」
「良ければ、今夜は泊っていってください。敬語もいりませんよ」
あれ、質問の答えを避けられた?
エリオットは立ち上がり、空になったカップと皿を下げた。
私は違和感を押しやり、彼を手伝うために、慌てて立ち上がった。
☆
二階に客間があり、そこへ通された。
ベッドとクローゼット、ナイトテーブルだけのシンプルな部屋だ。
そして最近、使われた跡がある。
まさか他にも女が……と勘ぐっていると、彼は言った。
「よく来る奴がいてね。男だよ」
まるで心を読んだかのようなタイミングに、私は驚いて顔を上げた。
「はは。顔に書いてあったよ。アリシアはかわいいね」
敬語からタメ口になったことが嬉しくて、うまく言葉がでなかった。
シナリオがないと、なかなか生きていくのが難しい。
「それか、この部屋は嫌だったかな。一緒に寝る?」
「い、いや。大丈夫!」
「冗談だよ。シャワーは突き当りにあるから、お好きにどうぞ」
彼はクローゼットからタオルやパジャマを取り出した。
私はそれらを見て、一流ブランドのロゴがあることに気が付いた。
さっきのクッキーもそうだ。
どうして庶民では手に入らない、一流品を持っているのだろう。
「あの、聞きたいんだけど。エリオットって、仕事は何してるの?」
「……また今度話すよ」
彼はうつむいた。長いまつ毛が、影をつくる。
「大事な用があるから、外に出るね。先に休んでて」
そうして何かから逃げるように、一階へ降りて行ったのだった。
☆
シャワーを浴びながら、私は鏡に向かって叫んだ。
「えー!マジで仕事なに?気になる!」
手を伸ばすと、それに釣られてバストも上に引っ張られた。
ツンと上を向いた、見事なバストだ。身体はまるまると引き締まっている。
金髪の豊かなブロンド、誰がどう見ても美少女だ。
私は嫌な予感に襲われた。
「まさか、女の人を売るとか……!?」
アリシアは悪役令嬢のくせに、裏社会とは無縁だった。
ヒロインの恋の邪魔をするから「悪役」。前世は普通のOLなので、もちろん縁はない。
「でもモブが人身売買するなんて、闇が深すぎない?このゲーム、全年齢対象だよね?」
声に出すも、不安は増すばかりだ。
ひとまず外に出て、タオルで身体を拭くことにした。
パジャマは良い匂いがした。どこかで嗅いだことがある。
そうだ、これも一流ブランドの香水だ。
「うん。やっぱり、逃げよう」
私はパジャマを脱ぎ捨て、ドレスに着替えた。
元々着ていた、深紅のドレスだ。いかにも悪役令嬢らしい。
「夜遅いけど、ひとまず実家に帰ろう……!」
実家は遠いが、売られるよりマシだ。
金だけはある。最悪、宿屋に泣きつけば良い。
しかし、扉の前に行った瞬間。
ちょうど外から戻って来たエリオットと出くわした。
☆
「アリシア、どうしたの?」
「あ、あの、やっぱり帰る!」
「どうして?」
あなたが人身売買業者だからです!
そんなことは言えず、目を泳がせていた。
エリオットは、心配そうに言った。
「もしかして、枕が合わなかったかな」
「そ、そう!だから実家に戻るね!やっぱりヒガシカワじゃないと……」
「あの枕も、ヒガシカワだったんだけどな」
だから!どうしてモブが高級品を持っているんだ!
彼は私の肩を、優しくつかんだ。
「ねえ、何か嫌なことがあったら言って?僕は何でも叶えてあげるよ」
「じ、じゃあ、お母様に会わせて!」
彼は目を見開いた。吸い込まれそうな、深い青だ。
我ながら名案だ、と思った。これなら実家に帰れるだろう。
次の瞬間、彼の背後から、思わぬ声が聞こえた。
「どうしたの?お母様なら、ここにいるわよ?」
☆
扉の向こう、外にはアリシアの母親が立っていた。
「お、お母様!?どうしてここに……」
「大事な娘が婚約破棄されたって聞いて、飛んで来たのよ」
母は私を優しく抱きしめた。
久々のマシュマロボディを堪能していると、彼女は続けた。
「それに王子から、アリシアと国を出たいって言われたものだから」
「王子?」
「エリオット王子よ。お隣の国の。そこにいるじゃない。丁寧に挨拶に来てくれたのよ」
「えぇええええ!?」
なんだ、その裏設定!
エリオットは、不敵に微笑んだ。
「ごめん、アリシア。まさか君が知らないと思わなくて」
「い、いえ。私こそ知らずに恐縮です……」
ゲームをプレイしていた時に、見えていた光景が全てじゃない。
他の登場人物にも、人生があり、生活があるのだ。
「ここだと色々とやりにくくてさ。一緒に隣の国へ行こう」
「は、はい」
「もっと僕のこと知ってもらいたいんだ。好きな人にはね」
つい、タメ口設定をリセットしてしまった。
他にも色々と、リセットしなくてはならないのだろう。
☆
こうして公爵から婚約破棄された悪役令嬢は、
推しのモブ(実は王子)と、いつまでも幸せに暮らしたのだった。
婚約破棄された悪役令嬢は、推しのモブ(実は王子)と幸せに暮らします かのん @izumiaya
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