【短編】たとえこの身が滅びようとも

結城 刹那

第1話

 目の前に佇む怪物は今まで見てきたどの生物よりも奇怪だと真藤 誠(しんどう まこと)は思った。


 直径1キロの半球体の大きな巣に、まるで吸収されたかのように下半身を埋めている。上半身だけで5メートルはある巨大な生物は全身が硬い鱗で覆われていた。5本指の爪は3メートル下の地面に付くほど長く、刀のように鋭利なため切られれば身体が真っ二つになるのは避けられない。


 背骨にはサソリの尾と腕を生やしている。広範囲で動くそれは非常に厄介だ。尾に刺されれば猛毒で死に、腕に挟まれればやつの餌となって死ぬ。顔は蕾のように鱗で覆われており、食するときだけ尖った歯を持つ口が顕になる。目も鼻もなく、奴がどう人間を感じ取っているか疑問だ。


 誠たち機動隊員は巣の番人である『ケインプ』と呼称された怪物と戦っていた。

 ケインプの下には巣の出入口があり、そこからはひとつ目の半人半馬の黄色い怪物が大量に出てくる。彼らの全長は人の2倍近くあり、発達した大きな手で機動隊員を捉えようとする。捕まれば最後、頭からじっくり捕食されてしまう。


 人類は現在、地球外生命体『EIS(Extraterrestrial Invasive Species)』との戦争を繰り広げていた。戦争は最終局面を迎えており、人類は奴らの拠点である巣を特定して奇襲をかけていた。


 最初の段階として、巣に潜入するために障害となるケインプとの戦いが行われることとなった。すでに何十人という機動隊員が死傷を負っている。これ以上の犠牲は出せないと誠は目の前の奇怪に敵意を向けた。


 背中に載せたMAD(Mobility Aid Device)による飛行技術でケインプの胴体と向かい合う。自分よりも一段と大きい怪物がこちらへと顔を向ける。硬い鱗は幾千もの刃を受けて剥がれ落ち、血が滲み出ている。赤く染まった奇怪の姿はより一層恐怖を抱かせる。ケインプは怒りを顕にするように硬いつぼみを開き、口を誠に見せる。口中の涎が宙を舞った。


 誠は眉を潜めながら体を震わせた。戦えば戦うほど奴に対する恐怖が増していく。

 刀を握りしめた手の親指を立て、腕に巻かれた装置のスイッチを押す。装置にはチューブが取り付けられており、チューブは腕に繋がっている。スイッチを押すことで装置に溜められたクスリCAD(Combat Aid Drug)がチューブを辿って体内に注入される。


 恐怖抑制、筋力強化、興奮作用などEISとの戦いを補助する作用がCADには配合されている。恐怖が抑制され、ケインプに対する激情が生まれたところで誠は周りにいる機動隊員たちに声を掛けた。


『戦型シグマ機動!』


 MADに搭載されたエンジンの機動力を最大限に使い、誠たち含む機動隊員5名がケインプの周りを散らばって囲う。動き回りながらケインプの露出した肌を集中的に刀で切り刻んでいく。血飛沫を舞い上がらせながら手を休めることなく攻撃していく。途中、ケインプが攻撃してくるもののMADの飛行技術をうまく使って避けていく。


 ケインプはまるで『血の噴水』のように体から血を撒き散らしていく。苦しむ敵に躊躇することなく5人は攻撃に専念する。奴らに何億もの人間が殺されたのだ。彼らの無念を晴らすためにも手を止めるわけにはいかない。


 先ほどまで大いに動いていたケインプの腕や尾の動きが止まる。

 それを機に、機動隊員は攻撃を止めた。動かなくなったケインプは上半身を前へと唸らせ、巣の出入り口を封じ込めるように倒れていった。きっとそれが奴の最後の足掻きだったに違いない。


『ケインプの鎮圧に成功しました』


 倒れる最後の瞬間まで見届けた誠は通信を本部につなげ、任務完了を報告した。


 ****

 

「はい、これで治療終わり」


 ケインプとの戦闘を終えた機動隊員は基地に戻り、手当を受けていた。

 誠は医療担当である彼の姉、真藤 香夜(しんどう かや)から治療を受けていた。治療が終わり、誠は隊員服を着用する。


 先の戦いではサソリの尾による毒も幾らか受けたが、CADには解毒作用も含まれており、戦闘中に回復することができていた。だが、ケインプの爪による切り傷、サソリの腕に一度挟まれたためにつけられた傷は体に残っていた。


「マーくん、さっきの戦闘でCADを過剰に摂取してるね。いくら耐性があるからって過剰摂取は危険を伴うから、注意して使ってね。体への異常はない?」

「ああ、大丈夫だ。特に問題ない」

「……無理のしすぎは禁物よ。お願いだからCADを使いすぎないようにしてね」

「……すまない。もう少しなんだ。もう少しでみんなの無念を晴らせる。だから無理をさせてくれ」

「でも……」


 誠は香夜の言葉を最後まで聞くことなく、治療室を後にした。

 香夜の質問に『大丈夫だ』と答えたが、実際はそうではなかった。ひどい頭痛に、筋肉痛、終いには吐き気を催すほど体に異常が見られていた。彼女の言うようにCADの作用は大したものだが、その分副作用も強い。過剰に摂取してしまえば、身の危険を及ぼすことだってある。


 だが、誠はそれを承知の上でCADを大量に摂取していた。

 EISに全てを奪われたのだ。家族も、友達も、そして戦友も。みんなの無念を晴らすには彼らの巣を崩壊させ、地球から絶滅させるしかない。そのために自分は機動隊員となり、今ここに立っているのだ。


「やめろーーーー、うわぁーーーーーー!」


 治療室を出ると雄叫びが聞こえてきた。見るとたくさんの看護師、看護婦の姿が見える。彼らは一人の機動隊員を取り囲み、暴走する彼の動きを止めていた。彼の前には倒れ込む看護婦の姿があった。看護婦二人が寄り添い、ハンカチで口元を抑えている。彼女の倒れ込む床を見ると血が撒かれていた。


 誠は眉間に皺を寄せながら、その様子をまじまじと見る。

 暴走する機動隊員はまるで目の前に怪物がいるかのように、目を血眼にして必死に腕を振ろうとしていた。EISとの戦闘後、一定数の機動隊員が陥る現象だ。


 彼らに背を向けると誠は逃げるように自分の部屋へと歩いていった。

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