第15話


「なん、お前……ッ! どうやって、」

「坊やに頼んだら入れてくれたわ」


 エマがここに来たとき、神官たちは世界の裏側へと続く扉の前で待機していた。神がなにかを、絶対に入るなとか誰も入れるなとか見張っていろだとか、そんな事を言って追い出したのだろう。


「……脅したのか?」

「あらあら。嫌ね、人聞きの悪い」


 脅してはない。ちょっとお話しして、お願いしただけ。ヴェルトがそれなら自分も行くと言ってきたけれど、軽く無視して置いてきた。


「ねえ、それで―――――― ッ」

「チッ」


 がしゃん! とすさまじい音がしたのと、神が舌打ちをしてエマを抱きとめたのはほぼ同時。

 ばらばら降ってくる硝子片のようなものが魔法で弾かれるのを、エマは神の腕の中でみていた。

 夜の空。地上からの光と異世界の光を反射した小さな硝子たちがキラキラして、まるで星のよう。


 世界の一番外側の天蓋が、異世界と衝突して割れてしまったのだ。大変な事だとは分かっているのに、綺麗だと思ってしまう。


「……それで。こんな危険な場所まで、何の用で来やがった」

「ああ、ご用事ね。ええ、ええ。ちゃんとあるわ」


 しゅるり、神の首から襟巻きマフラーを奪い取る。燃えるような夕焼けの、鮮やかな色が消え去った。かわりに首へとかけたのは、深い深い黒に近い濃紺ミッドナイトブルー

 底無しの夜空に金の星を散らしたような、そんな色の襟巻きマフラー


「ええ、ええ。これでいいわね」

「……は……?」

「だって、神様本当にこの色似合わないのだもの」


 笑ってしまうほど似合わなかったから、新しく編んで持ってきた。そもそもこれ自体、神様にあげるために作っていたものではなかったのだから。


「…………お前、馬鹿だろ」

「あらあら。じゃあいらない?」

「誰もンな事は言ってねぇ」


 新しく巻かれたものに神が触れた時、また大きな音と共に硝子片が降ってきた。衝撃で足元が揺れる。

 

「本当は、それだけだったのだけれど」

「どの口が言ってんだ、確信犯」


 転んだりしないように、神の着物の裾を掴む。それを振り払ったりしないあたり、甘い人なのだなと思う。


「あらあら、本当よ。大丈夫そうなら帰ったもの」

「そりゃ悪かったな」

「ええ、ええ。そうね。格好つけて消えようとしているような神様が悪いわね」

「あァ?」


 睨まれるけれど、たいしたことはない。

 だって、そうでしょう。この世界が続いていくには神に生きていてもらわなければならないのに。他の誰も、その代わりにはなれないのだから。

 それを、変にやる気を出すものだから妙な方向へいくのだ。いつも通り、怠惰でいればいいものを。


「人の気も知らねぇで」

「ええ、ええ。知らないわ。だって言われていないのだもの」


 言葉にされていないものが、他人に分かるはずないのに。

 神は苦い虫を何十匹も噛んでしまったような顔をして口を開いて何かを言いかけて。ぐ、と詰まってそして、結局それを音にはせずに長い長い吐息として吐き出した。


「なら。お前だったらどうする」


 世界の終わりは始まってしまった。エマと神が言い合いをしている間にも硝子片は、世界を覆う天蓋はどんどん壊れていく。

 あれがすべて割れたら、そのあとは。

 

「弾いてしまえばいいのでしょう?」

「簡単に言いやがる」


 神は結界を作ることを最優先に考えていたが、ぶつかってしまった今ではもう遅い。弾き飛ばすのは神が全力を出せば可能かもしれないが、そんな大規模な魔法をイチから展開する時間はもうない。


「”世界地図”は実際の世界に干渉できるのよね?」

「あ? ……待て、お前まさか」


 そう。

 一番最初から魔法を作り上げる時間がないだけ。


 下準備があれば、できるのだ。

 

「好き勝手やりやがって……」

「あらあら。素直に褒めてくれていいのよ?」


 

 

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