第48話 お邪魔します
イリアの家は何の変哲も無い、極普通の家だった。
むしろ彼女1人で暮らすには少し大きいくらいかもしれない。
「さて……余計な前置きは要らないわよね。エルヴァン?」
「えっ」
中へ入ると早速核心を突いてきた。
言われた私の代わりにアリーシャが驚いている。
「……そうだな。こんな所でいきなり同類に出逢えるとは思わなかった」
「この人も……」
私の返答を聞いて、アリーシャは少し身構えた。
珍しく警戒している……けど無理も無い。厄介な奴の例を見てる訳だからな。
「なんでそんなに警戒してるのかよく分からないけど……とりあえず危害を加える気はないわよ?」
「そうか、少しだけ信用しよう。悪いけどセルフィアスで嫌な奴と会ったもんでね」
そんな事を知らないイリアからすればこっちの態度は不思議なのかもしれない。
というか警戒される事を考えてなかったのか……?
とりあえず理由は簡単に伝えておこう。
「と言うと……えーっと……エリウスね」
「知ってるのか?」
すると彼女は首を捻り記憶を探り、奴の名前を出して来た。
流石に私も思わず訊ねてしまう。
「ええ。私に変身を教えてくれたのは彼だもの」
「マジか……」
思ったよりもちゃんとした繋がりだった。
考えてみれば、誰かに教わらなければ変身は出来ない。出来るかどうかさえ考えやしないだろう。
「いつだったかな……もう300年くらい前? と言っても、人として生きる様になったのはここ数十年なんだけれどね」
どうやらかなり長く生きてるようだ。
やはり変身時の見た目は全く当てにならないな。
今の彼女の見た目は、精々が20代前半って所だろう。
藍色の長い髪、翠の瞳。背は多分ルークより少し低いくらいで、中々にスタイルの良い体。
具体的にどれくらいの年月でどう成長していったのか参考に聞きたいもんだ。
「それにしても……エルヴァンはいつか生まれ変わるだろうとは思ってたけど、女の子になる事ってあるのね」
「2分の1を外しただけだ」
何故か私の頬をぷにぷにしながらイリアはそう言った。
揶揄われてる……のか? 思った以上に気安い奴だな。
しかし生前から私の事を知っていたなら、接触してくれてもいいのに。
そうしたら私の人生も大きく変わって――いや今更だ。そういうのは考えるだけ無駄、これで良かったんだ。
「で、エリウスの事はどれくらい知ってる?」
「あまり知らないわ。大昔の勇者様で、国を作って暗躍してる……って事くらい」
手を払い落とし、改めて訊ねてみる。
しかし出てきたのは既に私達が知ってる情報……いや待て、作った?
想像はしてたけど、それが確定した訳だ。
この分だと他にも何か知ってるかもしれないけど、覚えてるとは限らないか。
情報を擦り合わせるには多少時間が掛かるだろうし、今じゃなくていいな。
「彼と何かあったの? こないだ海に出たっていうドラゴンって、彼とあなたでしょ?」
当然と言うべきか、あれだけの事件なら広まっていてもおかしくない。
私達の存在を知っているなら簡単に分かる話だろう。
ただし争ってる理由は流石に分からないらしい。
いや私もなんで争わなきゃならないんだと若干思ってるけども。
「なんか知らんが目を付けられた。嫌な執着をされてるよ」
「ご愁傷様」
大した興味も見せずに返された。
もうちょっとなんか無いんかい。
「えっと……とりあえず貴方の事を教えてもらえませんか?」
と、そこでアリーシャが口を挟んだ。
警戒は緩めて良いと判断したのか……判断するにしても知ってからと言う事か。
ともかくそれは私も聞きたい話だ。
「そうね……私はイリア・ルクレールと名乗ってるわ。さっき言った通り、ここでは薬師として生きてる」
そうして彼女はようやく自己紹介を始めた。
今まで街を点々としてきたのかは分からないけど……この街には何年居るんだろうか。
彼女は私と違って大人の姿だ。数年程度なら老けない人と思われるくらいで、殊更に異常とは思われない。
軽く5年くらいは適当に誤魔化せそうだ。
「医者として治療をする事もあるけど、あまり出しゃばる事はしてないわ。慎ましく生活してるし、人に信頼もされてる……と思う」
そんな生活の中でも、やはり実力はしっかり隠してるらしい。
まぁ医者は多くの人と関わるし、なによりこの国には聖女が居る。
下手に目立てば聖女として勧誘されかねない。
そうやって長年徹底して隠し続けたからこそ、早々に魔力と気配を悟らせない程になったんだろう。
信頼されてるというのもなんとなく分かる。
門でのやり取りもそうだが、ここに来るまでも何人か親し気に挨拶を交わしていた。
「やっぱりそういう人も居るんだ……」
アリーシャも感心した様に驚いている。というか若干の安堵も見える。
まぁ、あんな傍迷惑な奴を見てるからな……
けど正直私も予想外だ。こんなまともに人に紛れてる奴が居るとは。
それも、恐らく理解者と共に。
家の中を見れば流石に分かる。明らかに1人暮らしじゃない。
「1人じゃないだろう? 誰と暮らしてるんだ?」
「息子」
「むす……え?」
それを訊ねてみれば、あまりにも予想外な答えが返ってきた。
「みたいな子」
「あぁ、そういう……」
と思ったら違った。
いや彼女からすれば違くは無いんだろうけども。
「いくら人そのものに変身出来ても、子を産める訳無いでしょう」
知らないけど……そうなのか?
生々しい話、この未成熟な体じゃ生殖能力がどうとか考えもしなかった。
まぁ生物の枠を超えた存在だ。納得は出来る。
「どうしてそうなったんだか気になる所だけど……聞いて良い話か?」
「別に良いけど、長くなるわ。明るい話でも無いし……明日にしましょう。そろそろあの子も帰って来るし」
そんな話はともかく、その息子とやらが気になる。
が、どうやら色々と深い事情がありそうだ。語りたくない訳じゃないなら是非聞かせてもらおう。
そして息子ってのは思ったより幼いっぽい。
今は学校にでも行ってるのか?
なんにせよ、それなら今日はもう引き上げて明日また来ようかね。
「じゃあ今日は一旦宿に――」
「ここを宿代わりにしても良いわよ。寝る所は限られるけど」
そう伝えようとしたら遮られた。
ふむ……ここまで会話してみた感じ、一応信用しても良さそうだな。
親身にしてくれる理由は分からないけど裏は無い。多分。
それに宿代が浮くのは正直助かる。食事だって最悪アリーシャの分しか増えないから負担にもなりにくいだろう。
寝るのはまぁ……しょうがない。アリーシャをソファにでも寝かせて、私は床に寝ればいい。
「その息子とやらが大丈夫なら……」
「あの子ならあなたの正体を伝えても問題無いわ。ちゃんと理解してくれてる」
本当に理解者なんだな……ていうかそういう確認じゃないよ。
その彼に確認せず勝手に決めて良いのかって聞いてるんだ。
まぁ話を持ち掛けてきた以上、大丈夫なんだろうけど。
「そりゃまた……随分とまともな子だな」
「当然ね。あ、でも……あの子が嫌だと言ったら帰ってもらうわよ?」
大丈夫じゃねーのかよ。
*
その後。適当に会話をしていると息子とやらが帰宅した。
思った通り、まだまだ子供……私の設定年齢と同じくらいか?
改めて私達も自己紹介を済ませると、彼は恥ずかしそうに口を開いた。
「は、はじめまして。ロイ・クレインと言います」
彼は肩に付く程度のふわりとした黒髪、茶色の瞳。子供という事を考えても華奢に見える。
息子と聞いていなければ女の子と思ってしまいそうだ。
「彼女達をしばらく泊めてあげたいのだけど……大丈夫?」
「う、うん」
イリアが優し気に訊ねると、彼はやはり恥ずかしそうに頷く。
気が弱い……訳じゃないな。私を見てる。そういう事だろう。
「同じ歳くらいかな? よろしくね」
「……うん」
なのでわざと近づき、演技で可愛らしく笑顔で挨拶。
すると顔を赤くして俯いてしまった。初心な子だ。
「エルヴァン、止めて」
「イテッ」
そしてイリアに拳骨を食らった。そんなに怒る事か?
ていうかおい、いきなり名前出すな。
「えっ……エルヴァンって」
案の定ロイは分かってしまったらしい。
イリアの理解者というだけあって、名前だけで察してくれたんだろう。
ただその驚愕の表情はなんだ。
まぁ見た目がこれだから仕方ないか。
「はぁ……そういう事よ。この子は私と同じ、生まれ変わった存在なの」
「じゃ、じゃあ……本当にあのエルヴァン……?」
改めて説明され、ロイは恐る恐ると私に訊ねた。
多分この子が物心着く前に私は死んでるんだけど……それでもよく知ってくれているらしい。
なんだか自分の名前の大きさを実感するな。
「そうだ。こんなナリだが正真正銘エルヴァンだ」
とりあえず胸を張っておこう。
張るには薄い胸だけど……威厳も何もあったもんじゃない幼い見た目だけど。
「中身はおじさんだから気を付けなさい。見た目に惑わされないでね」
「こんなに可愛い子が……おじさん……」
「おじさん言うな」
イリアが横から口を挟み、ロイは複雑な表情で呟いた。
気を付けるってなんだ。私をなんだと思ってるんだ。
ていうかこんな美少女に対しておじさんとか失礼だぞ。
実際中身はそうだけども。明言されるのはなんか嫌だ。
「やっぱり帰ってもらおうかしら。この子の教育に悪い気がするわ」
「どういう意味だコラ」
そしてイリアは真剣な表情と口振りで何か言い出した。
お前が泊っていけって言い出したんじゃないか。
まぁ最初の反応通り、彼も年頃の男の子だ。
情操教育に悪いというのは分からんでもない。
しかし薄々思ってたけど……コイツかなり親バカだな?
過保護かどうかは分からんけど、相当可愛がってるようだ。
「まぁいい、とりあえず……親睦を深めつつ飯にしよう」
そんな事はともかく、まずは飯だ。食事そのものじゃなくそういう場が欲しい。
どれくらい滞在するかさえ未定だけど、仲良くするに越した事はないからな。
隣でこっそり笑っているアリーシャの横腹を抓りつつ、私はそう仕切り直した。
「なんで貴方が仕切るのか謎だけど……そうね、少し早いけど夕食にしましょうか」
イリアも文句を言いつつ賛同し、さっさか手早く準備を始めた。
アリーシャが手伝おうと声を掛けるも断り、あっという間に調理をしていく。
そして大して待つ事も無く美味そうな料理が並んだ。
必要なのは実質2人分とは言え、なんという手際の良さだ。純粋に驚いた。
というか……これは最初からある程度の準備が済んでたな。
ロイが食べたい時にすぐに用意出来る様にしてあったんだろう。
なんともまぁ……良い母親な事で。
そうして食事はまったりと進み、少しずつ会話も弾んでいく。
大概の話題はアリーシャがどうにかしてるけど。私は本当に会話が下手だ……
どうやらイリアも私と同じく、極少量の食事で済ませているらしい。
必要が無くたって共に食事をしたいものだよな。分かる分かる。
そしてやはりロイは学校に行っていた様だ。
かなり優秀な子なのだとイリアは鼻高々に語っていた。本人は大層恥ずかしそうにしていたけど。
「ところで、ロイは何歳なんだ? そもそもお前達は何年一緒に居るんだ?」
そんな彼の年齢をまだ聞いてなかったな、と思い出して訊ねてみる。
ついでに2人がどれくらいの付き合いなのかも。
「12歳だよ」
「この子が2歳の時に私が引き取ったから……もう10年ね」
「そんなに……? 思ってたより長いな……」
彼の年齢はほぼ予想通りだったけど、付き合いの長さは予想以上だった。
というか10年もこうして生活してるのか。
大人なら数年程度は誤魔化せると考えはしたけど、それ程になると流石に無理があるような……
「察しの通りよ。治癒魔法の応用で若々しく維持してるって事にしてるけど……そろそろ限界なの」
私の表情から読み取ったのか、イリアは心底困った様に言った。
なるほど、確かに治癒魔法で活性化させるとかなんとかで可能だと聞いた事はある。
しかしそれならまだ誤魔化せそうだけどな。
「そう……なのか? 結構街の人とは親し気だったが……」
なんせこの家に来るまで何人も普通に挨拶しているのを見ている。
誰も彼も決して嫌な目はしていなかった。そういう目はよく分かる。
「一部の人だけよ。昔を知る人には異常だと勘付かれてるわ」
「昔?」
が、それは偶々だったようだ。
おかしいと感じる人はやはり居るらしい。そもそもそういう人は親し気に挨拶しないか。
アリーシャも会話に混ざってきた。
そこは私も気になる。昔って一体いつから……
「この街に私が来たのは、実はもう15年以上前なのよ」
そりゃまた長いな。それなら老けないにも程がある、と考える人が居たって不思議じゃない。ほぼ変化無しだろうからな。
しかし逆に一部の人だけで済んでる辺り、彼女が多くの人に信頼されている証拠だろう。
「流石に無理が出てきたし、それ程の治癒魔法が使えるなら……と教会からも鬱陶しく絡まれてるわ」
しかも問題はもう1つあるようだ。
老けない理由を治癒魔法だとしている所為で、卓越した治癒魔法が使えると思われてしまっているのか。
それじゃいくら実力を隠しても聞きつけて来るだろう。むしろ隠せてないと言っていいくらいだ。
聖女として勧誘されてるのかもしれない。
そうでなくても手近に置いておきたい人材だろう。
「じゃあ今朝出発したって言う聖女御一行は……」
「いつもの仕事でもあるけど、私の勧誘でもあったわね。本当にしつこいったら……」
思い出して訊ねると苦い顔で肯定した。
口調もかなり厳しい。鬱陶しく絡まれてる、なんて言い方もしていたし……これは何かあるな。
「止めましょう、これも今話す事では無いわ」
深堀りしようかと考えたところで話を打ち切られた。
本当に何かしら事情があるようだ。
どう考えても明るい話にはならないだろうし、確かにこの場には似付かわしくないか。
「まぁ、聞きたいなら明日……ね」
そしてそう言って笑った。
ロイと暮らす事になった経緯と言い、やはり別に語りたくない訳じゃないらしい。
むしろ誰かとそういう話をしたいのかもしれないな。
普通の人には決して聞かせられないのだから。
私だってアリーシャと共に過ごす中で色々話してきた。
エリウスも若干そんな感じがしたし……全く、話したがりの変な奴しか居ないな。
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