第47話 新たな出逢い
想定通り、昼を過ぎる頃に街へ到着。
ここはメリル。ウィンダムの中でも特に自然豊かな山々に囲まれている街だ。
そして王都から最も遠い、所謂辺境の街でもある。改めて思うと、この数日で随分とあっちこっち移動したもんだな。
「む? おい、どうした。大丈夫か?」
可哀想なルークは未だにぐったりとしている。
そんな私達を一目見て異常を察したのか、門番の1人が近付いて声を掛けてきた。
「大した事じゃないよ。毒を食らったんだ」
「……大した事だと思うが」
近くで魔物に襲われたのでは、とか考えさせてしまうのも悪いので正直に伝える。
彼の症状はともかく、なんともしょうもない事だ。
「おい、お前の身分証は何処だ? あ、これ私の」
とりあえず街に入るなら必要な手続きをしてしまおう。
ルークの背中をベシベシ叩きながら訊ねると、震える手で懐から取り出した。
それを受け取り、自分の物と一緒に門番へ手渡す。
「ローグラント……君がそうか。まぁともかく確認はした、さっさと医者に……いや、あんまり酷い様ならここまで呼ぶか?」
やはり隣国と言えど、もう私の噂は広まってるらしいな。
まぁそれは別にどうでもいい。
彼はサッと確認を済ませると、身分証を返しながらそう訊ねてきた。
呼んでくれるのは楽ではあるけども……とりあえずルーク自身がどれくらい辛いのか次第だな。
「どうだ?」
「……多分大丈夫」
じゃあ直接行こう。
「そうか、自分で言えるならまぁ一応安心……か? あ、馬はどうする? 歩いていくと時間が掛かるだろう」
「んー……後が面倒だから預けるよ」
続けて馬に乗って行くかどうかの確認。
商隊なんかはともかくとして、事情があるなら個人でも街中を馬で移動しても良いのだ。
ただ、そうした所でまた馬を預けに移動をしなければならない。
だったら私が彼を担ぐなりした方が楽だ。体格的にはちょっと厳しいけど、力なら有り余ってる。
なのでこの場で馬から降りて荷物を纏めていく。
ルークは引き摺り降ろして、とりあえず地面にポイ。ちょっと待ってろ。
「しかし惜しいな。今朝に着いてたらギリギリ聖女様に診てもらえたかもしれないのに」
テキパキと作業を終える私達を眺めつつ、門番がそんな事を呟いた。
どうやら聖女御一行様はこの街に滞在していたらしい。
「へぇ……本当に色んな街を回ってるんだ。確かに惜しかったなぁ」
「こんなしょうもない事で聖女を頼るのも悪いから、逆に良かったよ」
感心した様にアリーシャが言うが、私としてはくだらない理由で手間を掛けさせるのも申し訳ない。
教会がどうとか、聖女の扱いがどうとか、色々と思う所はあれど……聖女の活動そのものは素晴らしいと思ってるからな。
それがどれ程に大変なのかも、多少は理解出来るつもりだ。
「……いやあの、早く……」
「おっと。とりあえず行くか」
地面から急かす声が微かに聞こえた。
荷物は纏め終わってるし、のんびり会話してる場合じゃないな。
ひとまず彼の襟首を掴み、ズリズリと引き摺って歩く。
「なんで引き摺るんだよ……」
「私じゃ体格的に担ぐのがめんどい」
どうしてコイツはこうも揶揄いたくなるんだろうか。
ちゃんと担ぐつもりではあるんだけど、一旦冗談を挟みたくなってしまう。
「医者に診てもらう頃にはすり身になってるわ! ぐっ……ゲホッおえっ」
まだまだ辛いだろうに、大声で良い反応が返ってきた。流石だ。
よし、揶揄って満足したからこれで――
「医者がなんだって?」
「っ!?」
唐突に背後から声を掛けられた。
ルークを担ごうと持ち上げた瞬間だったので、私は驚いて彼を落とした。なんか痛そうな音がした。
「ああ、イリアさん。丁度良かった、彼を診てやってくれないか?」
私が振り返ると同時、門番が親し気に話し始める。
イリアと言うのか……この女……なるほどそういう事か。
「お医者さん?」
「いえ、私は医者じゃないわ。薬師よ。似た様な事も出来るってだけ」
首を傾げるアリーシャに、イリアは淡々と答える。
薬師……ね。確かに背負った籠に色々植物やらなんやらが詰まってるな。採集に行ってたんだろう。
「……どっちでもいい。とりあえず頼む」
なんにせよ治療が出来るなら頼もう。
個人的には少し警戒しておくが。
私が驚いたのは声を掛けられたからじゃない。そんな事で驚くか。
彼女は……私と同類だ。まさか過ぎる。
何より、そんな気配はしなかった。声を掛けられて初めて分かったのだ。
つまりそれだけ魔力を押さえ込んでいるという事。
同類だからこそ分かる。これ程に魔力と気配を隠すなんて相当な実力だ。
アイツの例があるからな……警戒しておくに越した事はない。
「とりあえず運びましょうか」
そんな私の態度に気付いてるのかは分からないが、正体には気付いてる筈。
なのに大した反応は見せずにルークへ近づく。
どうやら彼女が担いでくれるらしい。私と違って立派な大人の体だ、大した苦じゃないだろう。
「え、でも荷物もあるのに……」
「大丈夫、私は力持ちだから」
しかし彼女が背負う籠も結構な荷物だ。
だからこそアリーシャも思わず声を掛けたが……
イリアはなんて事も無く返し、ルークを引き摺って歩き出した。
「いやアンタも引き摺るんかい! ゲッホ……おぇ」
再度叫ぶルーク。いや私も心の中で同じ事を突っ込んだけど。
「冗談よ」
「なんなんだよ……」
軽く答えたイリアは、今度こそしっかりと肩に担いで歩き出す。
多分、私達のやり取りを見てたんだろう。
だからって真似する意味は分からんが……
「……大丈夫なのかな、あの人」
「さぁな」
その背中を見て不安そうにアリーシャが呟く。
よく分からん奴だ。やっぱり同類は変な奴しか居ないのかもしれない。
「って、何処に行くんだ?」
彼女は道を歩くでもなく、門から少し離れた位置に向かっていった。
そんな物陰に行ってどうするんだか。
「この程度ならすぐ治せるわ。家が近い訳じゃないし……ここだと邪魔になるしね」
「そりゃそうか」
考えてみれば当然の話だった。
彼女の適性は恐らく治癒魔法……となれば聖女さえ軽く凌駕する筈だ。
実力を隠したとしても大した時間は掛からないだろう。むしろわざわざ移動する方が時間が掛かる。
そうして、彼女はルークを座らせて治療を始めた。
彼の胸に手を当て、温かく優しい治癒の光を放つ。
「はい、終わり。すぐだったでしょう?」
「めっちゃスッキリした」
案の定……いや予想以上に早く、数秒程度で終わった。
あんなに苦しそうにぐったりしていたルークは、全く何も無かったかの様にケロリとしている。
やはり相当な実力だな……毒の治療は難しいと聞くが。
というかこれ実力を隠してるのか?
もしかしたら、私の連れなら隠す必要は無いと判断してしまったのかもしれない。
「それにしても、これなんの毒? 変な症状だったけど」
「知らん……急に変な臭いと煙がきて、こんなんなっちゃったんだよ」
治療どころか、あの一瞬で毒の種類まで特定しようとしている。
流石に答えに辿り着く程ではなかったみたいだけど、少なくとも珍しい毒だという事は分かっているようだ。
しかし聞かれたルークにはサッパリ分からないだろう。
気まずいな……私の所為とはあんまり言いたくない。いや言わなきゃいけないんだけど……
「何よそれ。何処で?」
というか、遅かれ早かれ察しそうだ。
彼女は薬師……毒キノコの類にも詳しいと見て良い。
場所を聞く辺り、この近辺の植生にも詳しいだろう。いや、なんなら広範囲で把握してそうだ。
顔を逸らしていると、アリーシャに背中を抓られた。
地味に痛い。さっさと白状しろってか……
はー……仕方ない。
「……あー、私の所為なんだ」
とりあえず正直に言う事にしたが、どうしても目を逸らしてしまう。
悪いとは思ってるんだ。本当に。
「毒キノコを食ってみようと思ってな……焼いたら巻き込んだ。すまん」
「何してんのお前!?」
どういう事なのかと真面目な表情で向き直ったルークはまたしても叫んだ。
いやまぁ叫ぶよな。我ながら馬鹿な事をしたと改めて思う。
「まぁ割とそういう人は居るんだけどね……種類は?」
イリアは困った様な顔で続きを促す。
困った様なというか、若干呆れてる様にも見える。やっぱり意外と居るんだな……
「鬼一口」
「死にたいのかお前は? ていうか俺を殺す気か?」
キノコの名前を聞いてルークはドン引きした。
彼が知ってるとは驚きだ。1人旅故に、それなりに野生の知識はあるのかもしれないな。
ていうかせめて叫んで突っ込んでくれ。真面目に引くな。お願い。
「……流石にそれは初めてね」
イリアも今度こそあからさまに呆れて頭を抱えた。
そりゃ初めてだろうよ。食ったら死ぬもん。
「むしろなんでお前は無事なんだよ……」
おっと、ルークに余計な疑念を抱かせてしまいそうだ。
不思議で仕方ないかもしれないが、そこはもう流してしまおう。
「そんな事より、治ったならいつまでもこんな所に居なくていいだろう。宿に行こう」
「そんな事か?」
というか宿に行こう。いつまでも門の隅っこに居たって仕方ない。
尚も引っ掛かってるらしいルークは放置……いや待て、これは言わなきゃな。
「お前は今度こそ違う宿に行け。また自然と混ざってくるのが目に見えてる」
「えー……せっかく追い付いたのに」
指を突き付けビシリと拒絶。
対し彼は不満気だ。
「そもそも追い付かれたのがびっくりだよ……」
「一応言っとくけど、マジで偶然だよ。声が聞こえて俺も驚いた」
おや、普通に追い掛けてきたと思ったら偶然だったのか。
まぁ正直、追い掛けるだけの私達の情報はかなり少なかっただろう。だからこそ予想外過ぎたんだけども。
「あら……仲間じゃないの?」
「違う」
私達のやり取りを眺めていたイリアが意外そうに訊ねてきた。
初対面でこれじゃ、そう思うのも仕方ないかもしれないが……とにかく違う。
「あ、そうだ。ルーク、お前の仕掛けた罠に私が嵌ったんだけど……どうしてくれる?」
「……マジか」
ついでに思い出したので、これも伝えておく。
そんなやっちまったなーみたいな顔をしても遅い。
「そもそもあんな罠なんか使うな。万が一そのまま残してしまったら最悪だぞ。誰かが戦闘中に引っ掛かるかもしれないだろ」
罠を仕掛けるのはあまり良くない。全てを確実に回収出来るだなんて言い切れないだろう。
状況次第じゃどうしたって無理な場合も出て来る。
今回は休憩中の私だったけど、もしこれが戦闘中や逃走中に嵌ったなら……説明するまでもない。
「何より罠に掛かったまま放置される獣の事を考えろ。何日も体力の続く限り藻掻き続け、疲れ果てて飢えて死ぬんだぞ。もしくは襲われても抵抗出来ずにそのまま……」
もっと言えば、順当に獣が掛かっても処理が出来ない。
食料として狩るならまだしも、それはあまりにも惨い。且つ無意味だ。
命を奪う者としてやってはいけない……と私は思う。というか大多数がそう感じるからこそ推奨されていない訳だが。
「う……ごめん」
多少具体的に説明されたからか、ルークはしょんぼりと俯いた。
なんかコイツこんなんばっかりだな。なんだか知識に偏りがあるっぽいが……まぁいいや。
決して悪意は無い、なんてのは分かり切ってる。
学んでくれたならそれで良いんだ。
「ま、ともかく私達はもう行くからな――ぐぇ」
これ以上言う事も無いだろう。とりあえず行こう。
そう言って歩き出す私だったが、襟首をアリーシャに掴まれて首が締まった。
なんだよもー……
「治療の代金はこっちが持つよ。エルちゃんの所為だから」
「……そうだな。改めて、すまなかった」
治療もタダじゃない。私の所為なら支払いもこっちでするべきか。
当然の話なのだけど意識出来てなかった。重ねて申し訳ない。
今度は私がしょんぼりと俯く事になった。
「いやそれは……まぁ、助かるけどさ。あんがと」
金の話となるとルークは真面目だ。
王都で渡した時も、最初は受け取れないと突き返そうとしてたしな。
しかし今回は完全にこっちに非がある。誠意を受け取らないのも違う、と受け入れたらしい。
「なら2人はこのまま私と一緒に行きましょうか。積もる話もあるだろうし……」
「話……?」
そこで話が一段落着いたと見たのか、イリアが口を挟んできた。
後半は私を見ながらだ。ルークは別として、アリーシャは事情を知ってると判断したんだろう。
なんなら同類どころかエルヴァンだという事も気付いてるかもな。
まぁアリーシャはよく分かってないが……どうせすぐ分かる。
「じゃあお邪魔させてもらうか」
「……?」
警戒を隠さず険しい目で誘いに乗る私を見て、アリーシャは更に首を傾げた。
気になるだろうけど、説明は後で良いだろう。ルークの前でする話でも無いしな。
という訳で、私達はルークを残してイリアの家とやらに向かう事にした。
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