第1章 たった1年の準備期間

第4話 世界を楽しもう

「ちょっとぉー! いつまで寝てんですか!? もう昼なんですけ……どぉおええ!?」


 気持ち良く眠ってたら叫び声で目が覚めた。安眠妨害だ。


「なんだ……うるさいな……」


「うるさいじゃなくて! なんで裸なんですか!?」


「いや……服着てシーツまで被るのがなんか慣れなくて……」


 最初は普通に寝てたんだけどな。

 すっかりドラゴンの感覚が染みついちゃってるみたいだ。


「だからって人のベッドに裸で寝ます? て、そういう常識も通用しないのか……」


「ごめん。一応常識はあるよ……うん」


 自由気ままに生きるって言っても、ちょっと好き放題が過ぎた。

 初対面の奴が自分のベッドを裸で占領してたら嫌だよな。


「本当ですか? 信じますよ?」


「ん、大丈夫だ。今後は気を付ける」


 いつまでもベッドに居ても悪いから降りよう。


「既に隠さず歩いてますけど? はぁ……これどうぞ」


「服か。ありが……え、こんなの穿くのか……」


 そうしてアリーシャに近づくと溜息と共に服を渡された。

 勿論下着もあるんだけど……こんな可愛らしいパンツを穿く事になるとは。

 すっごい微妙な気分だ。


「見た目に合わせました。とりあえずで何着か揃えただけなので、後は好みで買ってください」


「むぅ……まぁいいか」


 多分すぐ慣れるだろう。それに買って貰って文句は言えないしな。


「……窮屈」


「そういうもんです。我慢してください」


 やっぱりすぐには慣れないかもしれない。






 とりあえず身だしなみを整えて、改めて向き直る。

 袖やスカート部分が軽く広がったワンピース……ちょっと丈が短い気がするけど、装飾も控えめな普通の子供服だ。


「どうだ? これで何処から見てもただの美少女だろう?」


「見た目だけは。10歳にしては雰囲気とか喋り方がちょっと気になりますけど……」


「んー……善処しよう」


 おっさんだった俺じゃなく、少女になった私。

 そういう意識はちゃんと持っておこう。


「というか、エルヴァンの娘なんて勝手に言って良かったんですか?」


「私は明確な事は何も言ってないぞ。肯定も否定もしてないしな」


「えぇー……狡いなぁ……」


「冗談だよ。まぁ大丈夫、アイツとは知らない仲じゃないから」


 本人だとは明かしたくないから、とりあえずはそういう設定で行こう。

 過去を捨てたいとまでは思わないけど、生前を引き摺りたくはないんだ。



「それはともかく、これからどうしようか?」


 この話は切り上げよう。

 今重要なのはこの先何をするかだ。


「知らないですよ。考えてなかったんですか?」


「とりあえず人に紛れて生きたかっただけだしな」


 考えてなかったと言うか、ここまで駆け足過ぎただけだ。多分私は悪くない。


「えっと……寂しかったんですか?」


「んなっ!? ぅぐ……まぁ……」


 数秒黙ったと思ったら、やたらと優しい声色で突き刺さしてきた。


 孤独だから寂しかった、楽しくなかった。

 確かにその通りだけど、ハッキリ言われると物凄く恥ずかしい。


「そっか。じゃあ街にずっと居たい?」


「いや、一つ所に長く留まるのは避けたいかな。どうしたって私は人間とは違うから」


 長くても1年くらい経ったら違う街に移るつもりだ。

 この姿が人間と同じ様に成長するとは思えないしな。


「じゃあ……私と旅に出ない?」


「旅?」


「昔から考えてたんだ。だから実力を付ける為にハンターとして鍛えてもらってたの」


 若いのに随分な目標があったんだな。

 旅なんて気軽に決意出来る様な物じゃないのに……お馬鹿だけど少し見直した。


「へぇ……悪くないね。乗った」


 それならこっちとしては嬉しい誘いだ。

 生前の旅とは全く違う物になるだろう。


「ていうか急に敬語が外れたな?」


 しかし誘いはともかく、昨日からちぐはぐな距離感なのが気になる。

 姿を変えたから混乱してるんだろうけど。


「あー……その、恥ずかしそうに顔赤くしてたのが子供らしくて……なんか」


「なるほど。まぁ、そのままで良いよ。私を身近に感じてくれるのは……正直、嬉しい」


 明確な言葉には出来ないみたいだけど、言わんとしてる事は伝わった。

 こっちもボソボソと気持ちを伝えてやる。

 他人に心を開こうとするなんて、一体何十年振りだろうか。


「やっぱり普通に可愛いかも」


 何故か頭を撫でようとしてきたからサラリと払いのける。

 子供だけど子供扱いはしないでくれ。


「見た目のお陰でそう思うだけだ。あんまり言うな、恥ずかしい」


 だけど……生前なら絶対に身近になんて感じてもらえなかった。

 それに少女の姿だからこそ曝け出せる物もあるだろう。


 そう考えるとこの姿もそんなに悪い物じゃない。


「こほんっ……じゃあ、とりあえず旅に出るのは決まりだ。いつになる?」


 ただまぁ、慣れないからとにかく恥ずかしい。

 誤魔化す様に1つ咳払いをして話を切り替えた。


「え、いや……思わず誘っちゃっただけで、具体的な予定はまだまだ……」


 そりゃそうか。まだ見習いを卒業したばかりと言ってたもんな。

 正直私が居れば旅はどうにでもなるけど、せっかくだしガッツリ鍛えてやろう。


「ふむ……じゃあ1年だ。それまでに充分な力を付けろ。私も手を貸してやる」


「たったそれだけ!? 流石に無理があるような……」


「いや、お前の伸びしろは凄いぞ。経験が浅いからまだ分かってないだけだよ」


 ドラゴンに生まれ変わったからか、より明確に魔力を感じ取れる様になった。

 人間には察せないだろうけど、彼女の秘めた魔力はかなりの物だ。


 見習い期間だけじゃ自分の力を理解出来なかったんだろう。


「色々と学ばなきゃならないけど、叩き込めば一気に伸びる筈だ」


「な、ならお願いしますっ!」


 という訳で、今後の予定は決まった。



 しかし不思議だ。

 出逢ってまだ1日。たったそれだけなのに、何故か彼女に惹かれる。

 面白い奴だとは思うけど……人としての魅力じゃなく、もっと根本的な物だ。

 こんなのは感じた事が無い。


 もしかしたら彼女は、生前の俺と同じ……

 なら私みたいにならないよう、見てあげるのも良いかもしれないな。


 孤独じゃなければきっと……

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