四話 険しい遠路

 その翌日から、私の日課が少しずつ形成される。


 昼時は歩き巫女として時を過ごし、逢魔が時の近くになると天影様から与えられた宝玉を頼りに百鬼軍の元に赴いた。


 武田家お抱えの間者として、そして千代と言う一人の女としても、頭目であるいばなを深く知る為に。


 けれど、頭目であるいばなに会えたのは、始めの一日だけだった。

 ・・まぁ「会えた」と言っても、数分だけ。


 彼は天影様に「お前の仕業だな!」と憤激してから、「二度と会うものか!」とやってきた私に唾棄して、どこかに去ってしまったのだ。


 それからは、その宣言通り。彼は頑として私の前に現れない。


 会って欲しいと天影様経由で頼み込んでも、手土産を持って訪れても現れない。時折、ゴゴゴッと大地が揺れる程の怒気が伝わるので、近くに居るには居るのだろうけれど。姿を見せる事はないのだ。


 とんだ無駄足ばかり食い続けている、と思われるかもしれないけれど。決して、そんな事はない。


 実を言うと、いばなに拒絶された後は、いつも天影様とお喋りに興じているのだ。


 訪れて二日目、すごすごと帰ろうとしていた私に「苦労して参ったのですから、私とお話でもいかがです?」と、天影様が仰って下さり、爾来、私達は言葉を交す仲になった。


 いつもいばなについてか、私の身の上話をしている。偶に、百鬼軍の事や妖怪についての時もある。(こうなると、やはり天影様は全てを見透かしていると思わざるを得ないのよね)


 故に、そこから、いばなについて知った事が沢山あるのだ。


 例えば、いばなは父親譲りの酒豪で、母親譲りの豪腕である事。あまり良く思っていない、兄君が一人居る事。


 そして百鬼軍の面々は、いばなに挑んで返り討ちにされた者や、崇敬している者達で構成されていると言う事。いばなの気分で進んでいるから、これと言った目的地はなく、北上している意もないと言う事など。


 依然として本人との距離は遠いままだけれど、その道を辿る為の光を集める事が出来ているのだ。

 だから決して無駄足なんかではない。


 ・・けれど、これがずっと続くのは嫌だとは思うわ。


 拒否され続けるのが虚しいし、悲しいと言うのもある。紫苑ではないと死の証明を乗り越えて、認めさせたはずなのに何故「私」が拒絶されるのかと言う怒りも、勿論ある。


 でも一番の理由は、天影様からではやはり彼に深く踏み込む事が出来ないし、彼に近づく事も出来ないからだ。


 天影様もそれを分かっているから、肝心な部分を「いつか、いばなから聞いた方がよろしいですよ」と、曖昧模糊にするのだと思う。


 だから彼と私の間にある壁を壊して内側に踏み込むには、やはり彼の目の前で壊すのが最善と言う事なのだ。


 あぁ、早くこの状態が解けます様に。そして互いの目を見て、沢山の言葉が交わせます様に。その為に、早く彼の薬が効いてくれます様に。


 なんて思うのは、自分勝手が過ぎる・・わよね?

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