第29話 大阪冬の陣ですわ!

天王寺公園はその広大な敷地の中に動物園や美術館も入っている、大阪を代表する都市公園だ、そのすぐ近くの道沿い、お世辞にもオシャレとは言い難い小さく古い食堂。

その店の前に立つ1組の男女。

ちょっとこの店のドレスコードには逆の意味であわない、サラサラなブロンドの髪にいかにも高そうなスーツの男子と豪華な縦ロール髪に高級そうなコートで身を包んでいる美少女だ。


扉の前で腰に手を当てながら女性が男に話しかける。


「で、なんでウイリアムズ王子がここにおりますの?」


「え、戸田嬢にエリカは休みの日はこの辺りをウロウロしているって聞いたからだけど」


どうやら戸田の仕業らしい。屋敷に帰ったらデコピン決定だ。


「どんなにイケメンでも、ストーカー行為は犯罪ですわよ」


「いやだなぁ、純粋な愛だよ、愛」


「まぁ、いいですわ。けどSPも付けずによろしいんですの?」


「あぁ、それは多分大丈夫?」


そう言ってウイリアムズはキョロキョロとわざとらしく周りを見渡す、何人かの人物がサッと目を逸らした。


「はぁ……もう結構ですわ」




ガラッ


「いらっしゃ~い。あらレイカちゃん久しぶりじゃない、何々、イケメン連れて今日はデート?」


「デートじゃありませんわ、卵焼き定食に粕汁をお願いしますわ」


「あ、僕もエリカと一緒の物を」


キョロキョロと子供のように店内に視線を彷徨わせながらウィリアムズ王子が口を開く。

壁一面にメニューを貼りまくっているのが珍しいらしい。


「あいかわらずエリカは面白い店を知ってるね、僕だけじゃ何をオーダーしたらいいかサッパリわかんないや」


「何を頼んでも安くて美味しいですわよ」


エリカはそう返事しながらポチポチとスマホをいじっている。



「ハイ、卵と粕汁お待ちぃ、お兄さん熱いから気をつけてね」


しばらくするとテーブルの上に黄色が鮮やかな卵焼き定食と一見シチューのようなお椀が置かれる、初めて見る料理にウィリアムズは興味津々にエリカに尋ねる。


「粕汁?エリカこれはポタージュスープ?」


「大阪は昔からお酒造りが盛んな土地ですから、良い酒粕が手に入るんですわ、寒い日はこれに限りますわ」


江戸時代から美味い酒と言えば灘の酒と言われるほど、酒づくりが盛んな大阪、当然だがその工程の途中で酒粕がでる、そのため大阪では寒い冬の風物詩として酒粕を使った粕汁を飲んで身体を温める習慣があるのだ。


ズズッ


「ほう〜、これは温まりそうな味だね」


ウィリアムズは粕汁を一口飲むとその優しい味に満足気に微笑む、前を見ればエリカは出汁巻き卵に箸を伸ばしていた。


「あれ、エリカは卵焼きにソイソースはかけないの?」


「はぁ?」


エリカが眉間に皺を寄せて「何言っとんじゃワレ、しばくど」みたいな顔をする、そんな顔でも可愛く見えてしまうのは惚れた弱みか、すると隣で木の葉丼を食べていたどっかの叔父さんがウィリアムズに話しかけてきた。


「外人の兄ちゃん、ここの出汁巻きには醤油はかけないよ、そんなしょっぱくしたら出汁巻きの味がわかんなくなっちまう、その別嬪な姉ちゃんはそこんとこ良く分かってるよ」


関西特に大阪の卵焼きは甘く無い、出汁がきいてしょっぱいのだ、好みもあるが基本何もつけないでごはんのおかずとして食べる人が多い。


「あら、そんなに褒められても何もでませんわよ」



エリカはオホホと小さく笑うと後を通った店員に声を掛ける。


「この叔父様におビール1本つけて差し上げてくださる」


「おっ、悪いね〜別嬪のお姉ちゃん」


ウィリアムズはその慣れた感じのやりとりに関心していると、ガラリと店の入り口の扉が開けられる音がした。


「ウィリアムズ部長!」


「あれ?英治がなんでここに?」


これまた高そうなスーツをビシッと着こなした児島英治がそこに居た、こいつら学生なのに休日はスーツ着てるのか。


「保護者を呼んでおきましたわ」


「えっ、俺って別に部長の保護者じゃないんだけど」


「俺も迷子の子供じゃないんですけど」




「それより、なんで二人が一緒にご飯食べてるんです?」


児島は店内を見渡すと首を傾げた、どう考えてもあんた達が来るような店じゃないだろと顔に書いてある。



「王子にストーカーされているんですわ」


「誤解だよ、やだなぁ、愛だよ、愛」


「部長、日本ではそれは犯罪行為だ」


「え、こんなに愛していても」


「ガチの確信犯ですわ!」


児島は自然とウィリアムズの隣の席に腰を下ろすと、店員を呼び止める。店員さんイケメン増えて嬉しそう。


「まぁ、いいや。お姉さん、僕にも同じ物を」


「ハ~イ♡」


「えっ、なんで児島様まで一緒に座ってるんですの?連れて帰りませんの?」


「いや、なんか美味しそうだったから」


「……じゃあしょうがないですわね、でもこのお店カードは使えませんわよ」


「「えっ、マジで」」


ウィリアムズと児島の声が重なる。


スッ


「お使い下さい」


後の席の知らない叔父さんが、ウィリアムズのテーブルにそっと1万円札を置いて店を出て行く。


「ラッキー!」


「……SPさんも大変ですわ」


「おっ、よかった、現金も持ってた」







結局三人で仲良く定食と粕汁を食べる羽目になった、流石にエリカも諦めの境地に達してきた。


「美味しかったね~、これからどうするの?このまま公園で散歩でもして行く?」


「広くて古いだけの動物園や美術館に用はありませんわ、せめてパンダでも飼えばいいのに、パンダでも」


パンダ大好きのエリカがブツブツぼやきながら3人は公園を通り過ぎて新世界の方に向かって歩く、正確にはエリカの後に男二人がついて行ってるのだが。

もはや新世界では顔馴染みとなっているエリカは歩くだけで色々な人から声をかけられる。


「嬢ちゃん1局やってくかい」


「飛車角落ちにしてくれるならやっても宜しくてよ」


「おいおい勘弁しろよ、嬢ちゃんの棋力なら互戦だろ〜」


「エリカちゃん、後で店に寄ってって、試してもらいたい新作の串カツがあるんだ」

「おっ、お嬢、イケメンの兄ちゃんはべらせてデートか!ヒューヒュー」

「お姉様の浮気者ォォォ!」


最後、なんか見覚えのある女子高生が泣きながら走り去って行く。


「な、なんか凄いなぁ西園寺さん」


「流石エリカだね、どこに行っても人気者だ。ますます好きになっちゃうよ」


ニコニコとエリカを見つめるウィリアムズ、その笑顔は決してストーカーには見えなかった。(普通にしてれば超美男子なのだ)

ふと、エリカが二人の方に振り返った。


「王子と児島様、もう一軒付き合ってくださる?」




そう言って新世界から歩いて10分、西成地区の丸福と言うホルモン焼きのお店に着いた。

西成は大阪でもあまり治安が良くない所だが、最近ではSNSの普及で観光客もよく訪れるようになったせいか随分とマシになっている。

なぜホルモンがここ西成で人気かと言えば、戦前からここに肉の処理場があり、そこから安く仕入れることが出来た朝鮮からの移住者が食べ始めたのが最初と言われている。


鉄板の上でジュウジュウ音を立てるホルモンを焼いていた店主がエリカに気がついた。

この店、通りの境に扉や壁が無いオープンスペースなのだ。


「お、エリカお嬢様やん、今日は珍しくヤロー連れかい?」


「成り行きですわ、それよりホルモン焼きの醤油味3つくださる」


「ハイヨ、570円ね」



まだ陽も高いうちから一杯ひっかけに来たおっさんが大勢たむろしてる店内、エリカはそんな事を気にもせず豚足の煮込みを追加で頼んでいた、沖縄料理もこの地ではよく食べられている。


「へえ、このホルモン焼きってやつは旨いな児島」

「確かにこの食感と甘辛のタレは美味いな」


ちょっと酔いが回った感じのおっちゃんがエリカに話かけくる。


「綺麗なお姉ちゃんやな、どこの店?なぁ、おっちゃんもなぁ昔宝くじ当たった事あるんやで、キャバクラで一晩で1億つこうたったわ」


「それは剛毅ですわね、けど無駄遣いは良くありませんわ」


「ハハ、エリカお嬢様、そいつの話は嘘ばっかだから信じちゃダメですぜ」


酔っ払いはすぐにホラ話を始めるので話半分で聞いている方がいい、この店には自称元大リーガーだの大会社の社長だのどう見てもちがうだろお前という奴が大勢居るのだ。


「そうなんですの?あ、わたくしもこの前宝くじで10億当てましたわ!」


「おーっ!凄いなお姉ちゃん、お祝いにおっちゃんがここの支払い奢っちゃるわ」


「お、良かったじゃねえかエリカお嬢様」


「ふふ、得しましたわ」


ニッコリと微笑むエリカ、隣ではウィリアムズと児島がヒソヒソと話ている。


「なぁ、今の10億当たったって話…」

「あぁ、西園寺さんの事だし多分本当に当たったんじゃないか」


今日は年末の宝くじが当たってたのでちょっと機嫌がいいエリカお嬢様だったのだ。

収支のバランスがおかしいぞ!

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