第10話 今日はお肉の日ですわ!

最近ここ大阪の街では、ある都市伝説の噂がまことしやかに人々の間に囁かれ広まりつつあった。

大阪の下町でやけに品のある縦ロール髪の女子高生が一人で各地を食べ歩きをしていると言うのだ。

最初は神戸方面で良く目撃された、次は道頓堀の大阪王将で餃子をパクパク食べているのを見たと言う、しかも看板のでっかい餃子をバックに自撮りまでしてたと噂だ、新世界でも串カツを凄く美味そうに食べてるのを友達が見たと言っていた。

すっげえ綺麗で品があったと言っていたから恐らく噂の女の子と同一人物と見て間違い無いだろう。

ある者はあれは本物のお嬢様だと言い、またある者はただの某Vtuberかメジロのご令嬢のコスプレイヤーだろうと言い、中にはあの可愛さならもうどっちでも良いなどと様々な意見が飛び交っていた。


本人が聞いたらそれこそ、おハーブ生えますわ!と一蹴する事だろう、それか、なんか文句ありますの?と睨まれるかのどっちかだろう。美少女のお嬢様になんか睨まれたら、なんかいけない扉を開いちゃいそうな自分が怖いが。





通天閣のお膝元、新世界には近江と言う1軒の串カツ屋がある、串カツと言えばサクッとした薄い衣で揚げた物にソースをつけて食べるのが一般的だと思うが、この店の串カツはまるでフリッターの様なふわりと厚い衣を付けて揚げている。

衣に山芋を擦りおろしたものを使用している為、食べた食感はふわふわでもちもちしており、これはこれで非常に美味い!


エリカは店先で立ち止まると日焼け防止に差していた日傘を畳む、見事に縦カールされた黒髪を揺らし迷いなく店内に足を踏み入れた。

ガヤガヤと騒がしい店内、新規の来客に皆一度エリカを見て、そして2度見した、一瞬で店内が静かになる。店主は慣れているのか動揺は見られない、この辺は流石と言えよう。

カウンター越しにエリカが店主の親父(おやじ)に声をかける。


「叔父様、盛り合わせをお願いしますわ」


「まいど!いつものね」


ジュワァァァ、パチ、パチ


網を引いたバットに6本の串が次々と置かれて行く、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐりワクワクとした気持ちになる。


エリカはそれを悟られまいと真剣な目で見つめると、自分を落ち着ける為に深呼吸をする。


「では」


手にしたのはこの店の1番人気の牛肉、それをトプンとソースの黒い海に沈めた。串カツはソースの2度漬けは禁止されているだけに失敗は許されない、キャベツでの追いソースなど素人じみた真似はエリカのプライドが許さない、ゆえにこの瞬間は真剣にならざるを得ないのだ。


アムッ!


エリカの顔に笑みが浮かび頬が緩む、口に入れた瞬間表面はカリッとして、齧れば中はフワトロ、さらに牛肉の旨味が絶妙なマリアージュを見せる。甘辛いソースのアクセントが実に心地よい。


次はあっさりとした“鱧(はも)“を選ぶ、関西では人気のある食材だ。

エリカは基本的に好きな物から先に食べて行く主義なのだが、まだ焦ることはない、まだ豚にたまご、ジャガに鳥、4本も楽しみが残っているのだから。


パクパクパク


テンポ良く6本の串カツを胃に収めれば、一呼吸置いた後に締めとばかりに口を開く。


「最後にすなずりを1本お願いしますわ」


「ハイヨッ!」


店主が手際良く串に通した3個の砂肝を揚げ、パチパチと音を立てながら網に置いた、スパイシーな味付けなのでソースではなく塩を振って齧る。先ほど食べた串カツで油でツヤツヤと光る唇がどこか背徳感を感じさせエロティックだ。


色気すら感じるその光景に店内中でゴクリと唾を飲む音が聞こえた気がした。



熱々の砂肝に齧り付けばやけどするくらい熱い、ハフハフと熱を逃しながら食べ進め、あっという間に食べ終えた、エリカは満足気に手を合わせ口元をハンカチでそっと拭う。


「大変、美味しゅうございましたわ」


エリカはカウンターに千円札1枚と500円玉1枚をコトリと置いた、店主が釣り銭を渡そうとするがエリカはそれを右手を上げて遮る。


「ああ、お釣りはいりませんわ」


たかだか170円のお釣りなのだが、実に様になっていて自然体だ、店主も「ありがとごうございます、またご贔屓に」と頭を深々と下げた。





制服姿で優雅にコツコツとローファーを鳴らし通天閣の方に向かって歩き去って行くお嬢様。


周りの客はそれを白昼夢でも見ているかのようにボーと見守っていた、無理もないあんなお嬢様が新世界のこんな小汚い店、しかも一人で串カツを食べてるなんて、自分自身の目で見ていなければ決して信じられないだろう。



ワッ!


「おやじ!こっちも盛り合わせ!!」

「こっちはすなずり3本くれ!!」

「この肉シャトーブリアンじゃねえよな?」



一時の静寂の後、飛ぶ様に注文が殺到したのは言うまでないだろう。



コツコツコツ


「ん~、さて串カツで小腹も満たしましたし次は…心斎橋まで足を伸ばして長谷川の黒毛和牛のステーキでも食べましょうか」



どうやら今日のエリカは肉の気分のようだ、しかし


エリカは一人食べ歩きなのでツッコミ役がいない。なので


「おまっ、それお値段が20倍は違うやんけーーーーーーっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る