第5話 ギャラリーフェイクなんて漫画だけの世界ですわ!

大阪高島屋は大阪・ミナミを代表する老舗のデパートとして有名だ。南海電車のなんば駅と併設しているのでアクセスも楽々で利用者も多い。


ガヤガヤ、ガヤ


「あら〜別嬪さんね、どこのお嬢様、えっ試食?えぇ、良いわよ、あ、これも食べてって美味しいわよ〜」


その高島屋の地下1階、東ゾーンの惣菜コーナーで試食コーナーを巡っている美少女がいた、ご存じ西園寺エリカである。お嬢様風の黄色のワンピースがデパ地下ではちょっと浮いてるのはご愛嬌と言える。

西園寺のご令嬢ともあろう者が休日のデパ地下の試食コーナー巡り、普段の彼女を知る学園の生徒に出会ったらなんでこんな所に?と思われる事うけあいである。

寧ろ両親、それも母親にだけは見つかるわけにはいかない、またお説教されてしまう。


「今日は金華ハムの特別試食がありましたわ、めっちゃラッキーですわ!」


しかし、自分家の料理長に頼めば丸々1頭分は用意してくれるだろうに、何故試食しとるんだこのお嬢様は?



フロア全体を一通り回ったエリカは一息つこうと喫茶フォションに立ち寄る。アッサムティーを飲んでホッとしていると、向かいの席で話をしている品のよいおじさんと派手なスーツを着た男が話をしているが目に入った。なにげに近かったので会話がエリカの耳にも入ってきた。


「しかし何ですのあの派手なスーツ、漫才師の方かしら?ネクタイも趣味の悪い」


ボソ、ボソ


「いや〜、お客さんはほんま運が良い、本当に今がチャンスですよ、絵画なんて同じ物は2度と市場には出て来まへんですからね、早い者勝ちですわ〜」


「でも、フェルメールの◯◯なんて高いんだろ、とてもとても」


「それがですねお客さんここだけの話、このフェルメール、真作のくせにいわくつきで信じられないお値段なんですよ」


「いわく付き?」


「絵画ってやつは一度贋作が出ると途端に価格が下がってまうんですよ、でも大丈夫、真作なら何年か経てばまた価格は元に戻ります、株と一緒安い時に買って高くなるまで待つですわ」


「う〜〜〜〜ん、だがしかし」




「フェルメール?」


エリカは家の玄関に飾ってある絵を思い出す、たしかあれもフェルメールの◯◯とお父様が言っていたような気がしますわ。

そんな事を考えているとスマホが着信を知らせて来た。


チャンチャチャ、チャチャンチャ♪


「あらエリーからだわ」


ピッ


「あっ、エリーどうなさったの?えっ、また日本に来てらっしゃるの、今どこにいますの?へっ、なんば駅、すぐ近くですわ、私は地下1階の……」


ピッ



少しすると本当に近くに居たらしくエリカの座ってる席の窓にエリーがペタっと張り付いて覗いてきた。この娘さん名をエリー・クリスティーヌと言い、英国の王位継承権10位の立派な王族なのだがどうにも庶民臭い、やはり類は友を呼ぶという事だろうか。


「ハーイエリカ!!あいかわらずゴチャゴチャした所にいますね!」


「貴女には言われたくないですわ!」


エリカはエリーの手にしている紙袋を見た、一目でわかる、またアニメイトか。もともと母が日本人なのでエリーは日本文化に造詣が深い、いや日本のアニメや漫画にと言い直した方がいいだろう。イギリス王室までその魅力の虜にするとはジャパニーズアニメーションの力は恐ろしい。


エリーが店内に入ってくると向かいの叔父さん達が店を出て行く所だった、エリカはその二人を目で追った。


「…………」

「ねえ、エリー、今は暇なんですわよね、ちょっと付き合ってもらえません」


「えっ、私も紅茶飲みたいんですけど」


「後で午後の紅茶でも買ってあげますわ」


エリカは外に出た叔父さん達の後をつける事にした。




二人の叔父さんはとある小さな画廊に入っていった。




「……ギャラリーぼったくり、よくこんな怪しげな名前をつけましたわね」


「エリカ。この怪しげなギャラリー、オーナーは藤田さんじゃないかしら?」


「誰ですの?」


「いや、ギャラリーと言ったら藤田でしょ、日本の常識ですわ」※


「貴女はイギリス人ですわ!」


エリカもエリーも普通にしていれば立派なお嬢様達だ、画廊に立ち寄るのもそんなに不自然では無いだろう、エリーがアニメイトの紙袋を持っていなければ更に完璧なのだが。

店内に入れば女子高生二人組だけだが、どこか高貴な雰囲気を醸し出してるエリカ達に受付のメガネを掛けた女性が声をかけてくる。


「何かお探しですか?」


「えぇ、家の玄関に飾る絵が1枚欲しくて、そうですわね、フェルメールなんて置いてあります?」


「は?フェ、フェルメールでございますか?少々お待ちください」


受付の女性が奥のテーブルに居る先程のスーツの男に近づくと耳打ちする。するとスーツの男は向かいの叔父さんに一言二言言うと、立ち上がってこちらに向かってきた。


「失礼ですが、お嬢様、フェルメールをお探しだそうで」


「ええ、父が好きなんですの、ございます?」


「お父様が、それはそれは。実は先日ちょうど1枚だけ仕入れたものがございまして」


「あら、ちょうど良いわね見せてくださるかしら」


「それが丁度あちらのお客様と商談中でして…」


ニヤニヤとした笑顔でエリカ達に話しかけてる男に、イラッとしたエリカが眉間に皺を寄せる。


「ふ〜ん、ではおいくらなら譲っていただけますの」


「そうですね〜、これくらいでいかがでございましょう」


男は胸ポケットから出した電卓に0が8つ並んだ数字を打ち込む。


「あら、そんなのでいいの?随分とお安いのね」


この言葉にはスーツの男もビックリする、嘘を言ってる様子はない、いかにも良いとこのお嬢様だがこの金額をお安いとは、これはターゲットを変更した方が得策かと考えを改める。


「決まりね、では割り込んだ以上あの叔父様にもご挨拶くらい致しましょう」


エリカはサッと品の良い叔父さんに向かって歩き出す、スーツの男はそれを止める間もなかった。


「すみません叔父様、絵の交渉権をわたくしに譲っていただけます、決して悪いようには致しませんわ」


「は、はぁ?君は…」


叔父さんはいきなり女子高生に話しかけられて驚くが、エリカにただならぬ雰囲気を感じたのか成り行きを見守ることにした、この判断は正しかった。


「ちょ、ちょっとお嬢様、困ります勝手に」


エリカの行動に慌ててスーツの男がこちらに来るがエリカはどこ吹く風だ。その間エリーはと言えば店内の品物を興味深げに見ていた。


「現金でいいですわよね」


ピポパッ、有無を言わせずスマホをかけ始めると


「剣持さん、わたくしです。難波のギャラリーぼったくりと言う所でに居るのですがすぐにお金を用意していただけます」


ピッ


「今、銀行にお金を用意させてますのですぐ届きますわ」


「「はぁ?」」





キキッ



5分と経たずに店の前に黒塗りの高級セダンが止まる。


「あら、早いですわ」


ガランと音を立てて扉から入って来たのは剣持大坂府警本部長、大阪府警のお偉いさんを気軽に呼び出し過ぎである。


「西園寺のお嬢さん、なっ!エリー王女までなんで!!」


「「西園寺ぃ!王女ぉ!」」


ソファーの向かいに座っていたスーツの男と叔父さんが揃って大きな声を上げる、大阪で商売をしていれば西園寺の名は嫌でも入ってくるビッグネームだ、しかも王女のおまけ付き、これには顎が外れるほど驚いた。


「早かったですわね、剣持大坂府警本部長、逮捕状はもってらしたの?」


「「大坂府警本部長!!」」


この急展開にスーツの男は冷や汗が噴き出る、名家のお嬢様を使っての囮捜査?でもいきなり大阪府警のトップが乗り込んでくるなんて誰が予想できるだろうか。


「はぁ、お嬢様、後は我々大阪府警が引き継ぎますから、お嬢様とエリー王女は頼みますからお引き取りを」


「剣持の叔父さん、あそこに飾ってある壺も偽物よ!!家に本物あるから間違いないよ」


「あらまぁ!ちなみにわたくしはフェルメールの偽物買わされそうになったのですけど」








ガヤガヤ、ガヤ


この後すぐにパトカーが何台も来てエリカ達は剣持に強制的に退去させられた。


「ほらやっぱり、ギャラリーフェイクだったじゃない」


「違いますわ!ギャラリーぼったくりですわ!それよりお腹が空きましたわ、ミナミで串カツでも食べて帰りましょう」


「えっ、午後の紅茶は?」




※細野不二彦先生作、美術ミステリー漫画の金字塔「ギャラリーフェイク」ギャラリーのオーナーは藤田玲司

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