第4話 チンチン、チンチン、うるさいですわ!

三つ星学園の生徒の間では西園寺エリカの話題が度々登場する、本物のお嬢様はそれだけ皆の注目を集めるのだ、今日も廊下で1年生の女生徒達が楽しげに噂話に花を咲かせていた。


「西園寺様ってひき逃げ犯を捕まえたり、早朝にはご近所の公園のゴミ拾いもなさってるんですって」

「やっぱり本当に高貴な方は違うわねぇ、尊いわぁ」

「後、噂で聞いたんだけどこの前なんか……」


「君達、その話僕にも詳しく聞かせてくれないかな」キラッ


「「「…………は、ハイ!!」」」







チンチンチーン


阪堺線、緑色のチンチン電車がチンチンと音を立てて走る、エリカはくるみ餅を食べに今日は堺まで来ていた。このお餅は非常に美味しいので堺に行ったら是非食べてもらいたい。

電車の中はこの路線にしては珍しく混んでいるが、エリカの半径2m圏内は滲み出る高貴なオーラが見えないバリアとなっているのか誰も近寄ってこなかった。やれば出来る子エリカなのである。

そのおかげで視界が良くなって嫌なものを見てしまった。


「あれは……」


エリカが機嫌悪そうに眉間に皺を寄せると前にいた気の弱そうなOLがなぜかペコペコ謝ってきた。何故謝る?


車両の前方で一人の女子高生が顔を赤くして俯いて立っている、その後ろにはスーツ姿の中年男性がピタリと身体を密着していた。


「…や、…やめてください…」


小さな声を出すも周りには聞こえていない、だがエリカのお嬢様イヤーはその小さな願いを聞き逃さない、世間では地獄耳と呼ばれる現象だ。


「なんと卑劣な、許せませんわ!」


エリカが人波をかき分けて女子高生にツカツカと近寄るも、中年男性は痴漢に夢中なのかエリカの接近にまるで気づいていない。


ガシッ


「そこまでですわ」


「えあっ?」


エリカは女子高生のスカートの中に突っ込んでいた男の手を掴むと、そのまま合気道のようにその場で勢いよく1回転させた。

常日頃、習っている護身術が陽の目を見た瞬間である。


ギュルルン、ポキンッ!!


なんか聞こえちゃいけない音がした。


「ぎゃーーーーーーーーーーーっ!」


「うるさいですわ!嫌がる乙女の柔肌に無理矢理触れるなど、とても紳士と呼べるものではありませんわ」


「ぎゃーっ!手が、手がぁー!!」


「大の男がお手手てての1本や2本でぎゃーぎゃーうるさいですわ、治療代くらいお出しますから我が家に請求なさい」




「「「「オォーーーーッ、パチパチパチ」」」」


エリカの啖呵に車両中から拍手が鳴り響く。





すぐに車掌が駆けつけて次の駅で男と女子高生とエリカは事情を聞く為に電車から降ろされた、そしてまたしても剣持が呼び出される、困った時の剣持大坂府警本部長である。便利屋扱いか!

だが剣持も本音としては知り合いの娘エリカに危ない事はしてほしくないのだ、一言くらい小言を言っても罰は当たるまい。


「エリカお嬢さん、あまり無茶はなさらないでください、お父上に私が怒られてしまいます」


「怒られるような事はしてませんわ」プイッ


痴漢されていた女子高生も恩人であるエリカに頭を下げる。


「ほ、本当にあ、ありがとうざました」


「貴女。ああ言う時はもっとはっきり嫌と言わないと駄目ですわ」


「で、でも怖くて……」


「……」


「はぁ……行きますわよ」


「えっ?」


「嫌な事を忘れるには美味しい物を食べるに限りますわ!」


「お、お姉さま♡」


「お、お姉さまって、貴女おいくつですの?」


「え、じゅ、17です」


「一緒の歳ですわ!お姉さまじゃないですわ!」



剣持は苦笑いで歩いて行く二人を見送った、これでも忙しい身なのだこれ以上は付き合いきれない。








住吉大社の側の小さな鰻屋にエリカは迷いのない足取りでツカツカと入って行く、のれんをくぐると女子高生に振り返った。


「元気を出すならうなぎですわ!」


「は、はぁ?」


な、なんでお姉様がこんな小さくて小汚い店を知ってるのーーーっ?


「店主の叔父様、鰻丼お二つ肝吸い付きでお願いしますわ」


「はいよ!」






パクパク


「やっぱりうなぎは関西ですわ、鰻丼はまむしが一番美味しいですわ!」


「お、おいしい…」


「店主の叔父様(おじさま)、肝焼き串追加ですわ!」


「ハイヨ!」



関西ではうなぎを蒸さずにじっくり焼く、そのため皮はパリッとした食感で脂が残っていてコクがあるのが特徴だ、またタレも関東のようにサラサラしておらずトロリと甘辛く鰻の身によく絡む。好みにもよるが作者は皮がパリッとした関西風の鰻丼が好きだ。


「ごちそうさまでした」


目の前のお姉様は凄く食べるのが早かったので少し待たせてしまった、私が肝吸いを飲み終わるとお姉様はサッと伝票を持って席を立った。自分の分は払おうと慌てて後を追うが全然相手にしてもらえなかった、なんて男前なの!しかたないので今日は諦めて奢ってもらう事にする、いつか絶対にお返ししよう。

半分壊れたようなレジの前にお姉様が姿勢良く立つ、その光景がなんか本当に場違い感が凄い。



「カードは使えますの?」


「いや〜、嬢ちゃんすまんねこの店は現金だけなんや、いつもニコニコ現金払いや」


「あら、そうなの」


お姉様はそう言うとバッグからおもむろにスマホを取り出しピポパとどこかに電話をかけ始めた。お金が足らなかったのかしら?ならここは私が


「あ、瀬場州セバスわたくしですわ。今住吉の鰻屋に居るのだけど戸田を寄越してもらえるかしら、そ、そう、お餅を食べすぎて手持ちの現金が足らなくなっちゃって、今店主の叔父様に変わりますわね」


エリカにスマホを渡された店主が瀬場州と話を始める。


「はい、はい、えっ!さ、西園寺ぃ!!わ、わかりました、はい、はい」


店主さんが電話しながらペコペコ頭を下げている、何事?


「あ、ありがとうございます。お電話、お、お返しします」


「で、どうなりましたの?」


「代金はお家の方が店に届けて頂けるようで」


「あらそう、では帰りましょうか」


「え、え、えぇ〜っ!」


もしかして、お姉様って物凄〜い凄いお金持ちなのかしら?






ガチャ


「じゃあ、貴女も気をつけて帰るんですわよ」


住吉大社駅で大きな黒塗りの大きなリムジンがお姉様を迎えに来た。お姉様はその車に気まずそうに乗り込んだ。

ダンディな執事の叔父さんが私に軽く頭を下げて運転席に座ると車を静かに発進させた。


私はなんか夢見心地でその車を見送った、な〜んか凄い1日だったなぁ。




「あ、お姉様の名前聞いてない」


とりあえずツイッターに上げてみよう、あんな目立つ人だもの名前くらいわかるかもしれない。










「……と言うような話が一昨日のSNSに上がってたんです」


「ふ〜ん、それってやっぱり彼女だよね」ニコッ


「「「キャーーッ、王子が笑ったわ!!」」」

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