第20話 破壊された母屋 ☆

 〜2041年 三月某日 神奈川県某所

 株式会社 ジェネラル・ビジョン

 特別運用拠点 『ネクスト・センチュリー・タウン』

 PM14:45頃〜


 警視庁警備部・次世代機械対策本部「臨時行動班」暫定班長松島千恵は、防弾使用のパトカーのドアを盾にして、部隊間連絡用のマイクを手に取る。


「G担松島よりG担中島へ。G担松島よりG担中島へ」

『こちらG担中島』

「対象の退避行動、予測通りB棟を通過して沿岸部へ。どうぞ」

『了解、GDMを突入させる』

「民間人の確認が取れていない、突入は早いのでは?」

『この状況で言う台詞か?開始から一時間経っているんだぞ』

「……失礼」

『突入経路の誘導を』

「了解」


 義務的な質問を終えた千恵は、鼻息を微かに荒くした。運転席に座るラーマに、発車の合図を送る。

 彼女が助手席に腰掛けた瞬間にドアが閉まり、発車した。インド系GDM整備士のラーマは、道なき道を巧みなハンドル捌きでいなしていく。


TーG15ミスコンも捨てたものじゃない……は、能天気すぎるかな」

「はい。今回も運動性能に関して、特に連続稼働時間に比例するパワーダウンが顕著ですから」

「どうするのかね。上の連中」

「どうもしませんよ。新型GDMを試験提供してくれる企業は山ほどありますが、利益相反の問題はあります」

「さて、中島の腕前を見せてもらうか。どうせ私達は裏方作業さ」

「大事な仕事です」

「腐っていると言いたいのかな。馬鹿にはしてない」


 フロントガラス越しに見える戦況は、何とか防衛側の優勢を示す光景となっていた。組織だったT-G15の斉射を指揮する警視庁警備部・次世代機械対応課第一班、中島征部隊長の腕前を証明している。


「中島の奴も、こうした時には強いね。流石腰巾着も堂に入っている」

「口悪いですよ、こんな状況なのに」

「褒めている。優勢を確約させる技量は、指揮官に要求される能力として、案外軽視されるものだ」

「言い方次第ですね。流石女狐の松島」

「言った台詞は忘れるなよ」


 ラーマが急ブレーキを踏んだ。シートベルトが無ければ頭頂部をサイドガラスにぶつけていたが、どうにか耐え抜く。


「姐さん、敵が武器を補充しています!」

「補給部隊など確認していない」

「どうやら、不手際があったようです」


 T-89が構えるサブマシンガン、SIGSG550を確認した千恵は、急蛇行を繰り返す車内で舌打ちを打った。

 狙いを定めない乱射を行う様子からして、最早敵はヤケクソの境地に至らんとしている。


「突入は一旦中止。迂回ルートを探す」

「連絡は自分が」


 ラーマがマイクで状況報告をする中、千恵は伏せかけていた頭を持ち上げた。彼女は崩壊した建物の一角に鎮座するコンテナから、何かしらのエネルギーを感じたのだ。

 手元のタブレットで施設内のデータを再確認した彼女は、幾つか並ぶコンテナが図面には記載されていないものだと気がつく。


「ラーマ」

「はっ。はい」

「ラーマ!」

「はっ、速やかに報告致します。……姐さん何です」

「きな臭くなってきたわ。ジェネラル・ビジョンは馬鹿げた真似をしていたらしい」

「今回の騒動、決着よりも後始末に苦労する案件ですか?」

「そうね」


 ギアの調整を行いつつ、ラーマは千恵の視線の先にあるコンテナ群に目をやり、彼女の言わんとしている事を察した。

 その間T-89は並ぶコンテナの一つに、グレネードを取りつけたSIGSG550の銃口を差し向ける。

 複数個のグレネードによって吹き飛ばされたコンテナ内には、敵が今欲している物資が山積みになっていたらしかった。


「航空自衛隊の出動要請を。ダメ元でいい、かけろ」

「はい」

「武器の特徴」

「アサルトライフル、M240Bに似た形状」

「十分。どう?」

「はい、速やかに検討するとのこと。第一班は現在、A棟に仮防壁を構築中」

「流石に突っ込まないね、これで突っ込んだら大馬鹿者だ」


 バックしながら退避に移る千恵達は、続けて到着したT-89が2機、コンテナに身体を埋める様子を、ただ見ている事しか出来ない。


『ーー松島か。俺達のT-G15を振り切って逃走した機体が二機、そっちに向かっている』

「ああ、確認しているわ。押さえきれないと言った所?」

『言いたかないが、長年のつけが出ているんだ。それ以上つつくと、俺もどうなるか分からん』

「察するわ。そしてこっちも厄介話が出てきた。どうやら公安すらも出しゃばりかねないよ」

『松島お前少しは……何だこれは』

「機械人形を手にしてから、こんな調子ばかりだ」

『第二小隊を急行させる。

 ……脚部のモーターに不具合?!整備士は何をしていた!!

 ……もういい、帰舎したらミーティングだ!』


 マイクの向こう側で中島が困惑の怒鳴りを響かせているのが、通信は無慈悲に切断された。千恵はパトカーを瓦礫の山に横付けさせ、更なる情報を収集するべく、車外に出る。


「姐さん。高周波双眼鏡の接続良好です」

「助かる。トランクからサブマシンガン持ってきてくれ」

「鳩に豆鉄砲、でしたか」

「頼れるなら猫の手でも掴むよ,。もしかしたら、生身で探索するかもしれないだろう。何にせよ、自衛の為だ」

「はい」


 匍匐で車体後部に移動するラーマを尻目に、千恵は電子双眼鏡を覗き込む。赤外線などの各種探査装置が可能するそれは、撮影した映像をそのまま後方で待機する中島達にも伝達していた。

 その時、T-G15の一機が最後のコンテナの外壁を破壊する。吹き飛んだ外壁の奥に銃口を向けた機体が中へも照準を向けた。

 向けはしたが、予想できた安易なる未来を、見たものはいない。



 T-G15が、仰向けに崩れていく。代わりとして煌々とした烈風灼熱の真中央に、予想できない巨影が浮かんだ。

 歴史が動いた、ある種の基準点であった。



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