第12話 空想の具現化
八代秀という名前は、前世と同じ表記と呼び名ではあった。だから転生ではなく転移の方が適切かもしれない。一人になった時、彼は時折そんな事を考えていた。考える理由の一つに、彼は彼自身の記憶に何処か不思議な感覚を持ち合わせているからだ。
思い返えせた記憶では、どうやら都内の大学を卒業後就活の路頭に迷った挙句、流れ着いて某工場に就職したらしい。ライン工を務めていたようだが仕事には全く興味がなかったのだろう、具体的な作業内容など覚えてもいなかった。不採用メールの数々と虚しく見つめた採用通知書は鮮明に記憶しているから、不本意であったに違いない。
彼女も親友もいない人生を送った事は確かなようで、彼はどうも工場内の不注意からなる事故により、他界したらしかった。
以上の記憶は確かに存在するのだが、同時に他人事のようにも思える。己の過去であると断言できるが、違うとも断言できそうな感覚なのだ。
一つ確かであるのは、彼は何も出来なかった。人に話す事がないほど、何者でもない人生であったのだ。
そして現在の彼はどうであるか。立場は全く変わらない。今は通勤途中だ。
「あ……」
唸るような音がする。身体を斜め横に倒すと、左奥から重い圧が近づいてくるのが、はっきりと分かった。
「相変わらず…なぁ……」
黄色に彩色された、鉄の人形である。金属の塊と身体で認知させる重圧が、未だ信じられない光景を、確かな現実だと実感させていた。
-GDMー
2026年に実機稼働した、人類の到達せし
『Ĝeneraluzebla・Dupieda・Marŝmaŝino』の略称で、『汎用型二足歩行機械』を意味するそうだ。頭頂高は平均して6・7メートルであり、デザインの大元は概ね円や四角を基本軸に設計されてきた。
夢物語を可能にしているのは、一つにはユーラシア大陸で発掘されるレアメタルの存在があった。珪素等を含むそれを混ぜるだけで、従来の鉄鋼から重量を二割削減し、硬度を二割増幅させてしまうらしい。
だが何よりも革新的であるのは、GDMを動かす動力源である。動力源自体は電力なのだが、電力を産み出す機構が、秀からしたら異質であった。
-発電虫-
生態などについては秀が理解できる範疇ではないものの、ネットの解説記事では電気ウナギが紹介されていた。
個体そのものの大きさは親指ほども無く、色は淡い緑色とでも言おうか。無数の個体が専用のタンクで培養液に浸り、特定の超音波を当てられると電気を発生させる。
個体毎の電気量もさる事ながら、特筆すべきは集合体が発生可能な電力だった。2メートル四方のタンクに電光虫が満たされているならば、100台の電気自動車のバッテリーが0から満タンに充電されるまで、10分もかからない。
電力革命とは、この事を指し示した。
(……怖……)
2025年に突如として世界に公開されたデータ。GDMの基本設計図と電光虫の生態サンプルに新機軸のAIモデルは、世界の有り様を一変させた。急速に発展するデジタルワールドは現実を塗り替え、社会変革を齎している、と自室のパソコンに残る電子教材には記されていた。
(慣れないなぁ……)
まだ車は無くなっていない。いないが車道は秀の知るそれよりも倍以上の幅を誇り、アスファルトの舗装も細分化された鋼鉄チップが混ぜ込まれた特注品が必須となっていた。
音を立てて闊歩する土木工事用GDMがすれ違う様を見ていた秀は、脳内どころか肉体単位で、現実を拒否しようとしている自分に飽き飽きしている。
「本当、なんだなぁ……」
興奮と感動を覚えたのは最初の数時間だけで、後はずっと鬱々としていた。天地がひっくり返ったと形容できるほどの環境変化に対し、秀は前世においても対応できるほどの生活スキルを持ち合わせてなど居ないのだ。
「やべ……」
手首につけたバイブバンドが振動して、彼に歩行を促してくる。予定通過時間を超過した事を知らせるアナウンスと共に、メンタルコントロールの為の曲が数曲お勧めされた。
遅刻への焦りに対するアプローチなのであるが、これがまだ慣れない要因である。進化したAIの最大の特徴は、生活に直結してしまっている点にあった。
(機械に支配されてるじゃんかもう……)
現代っ子の部類にど真ん中で位置していた秀ですら、戸惑いを感じるのだ。この変化に対応できない年配の人の苦労は、想像するに恐ろしかった。
数えきれないほどに感じる文明社会への不安は、正確にメンタルサポーターに感知されている。半強制的に流されるオーケストラのメロディが頭を支配する中、秀は数えるのも諦めた溜息を吐いていた。
彼の言葉にならない苦悩を知るのは、寄り添うメンタルヘルスサポートAIぐらいだろう。それも仮初程度にしか過ぎないが。
近未来に生きる秀であったが、その先を見据える事は、今は出来なかった。
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