第74話 無理を通せば道理が引っ込む

京香さんが児島さんの所までツカツカと歩いて行くと、先程のUSBを手渡した。

児島さんがUSBをモニター横のPCに差し込むと、なにやら2人で相談を始める。京香さんのいつにない真剣な表情に、訳も分からず心臓が高鳴る。

んっ、お母さんを呼んでる、お、今度はラクシュミーさんまで集まって何か話し込んでいる、珍しい組み合わせだが不思議と違和感はない、一体何が始まるんだ。



「ねえねえ、鉄郎君」


「ん、なあに貴子ちゃん」


4人の会議にハブられた貴子ちゃんが暇なのか、いつの間にか僕の所にやって来た。


「春休みの宿題もうやった?」


「ああ、大体終わってるよ、後は真澄先生に提出する日記くらいかな」


「えっ、日記なんて宿題に有ったっけ?」


「あれ? 毎日提出してるじゃん、放課後には返事帰って来るやつ」


「交換日記か!! チッ、あのデカ乳教師そんなことまでしてやがったのか」


「あれってクラスの皆全員出してるんじゃないの? 毎日あの返事書くの大変だなぁって思ってたんだけど」


「いや、そんなの聞いたことない、鉄郎君だけだと思うよ。職権乱用だなソレ、今度校長にチクッちゃる」


「貴子ちゃんは宿題もう終わったの」


「私が高校の宿題なんかで手こずるわけないだろ、ついでだし鉄郎君の宿題手伝ってやろうか」


「そっか貴子ちゃん頭いいもんね、わかんない所は教えてもらおうかな」


「おう、保健体育か!!」


「……そんな宿題出てないよ」




「お待たせしましたわ、準備出来ましてよ」


貴子ちゃんと話をしてたらいつの間にか京香さんが腰に手を当てて後ろに立っていた、暢気な会話をしていたからか若干呆れた様子だ。いかんな、貴子ちゃんと話してるといつのまにか緊張感が無くなってしまう。

僕は気をひきしめて、壇上に戻った京香さんを見つめた。











「結論から言うと、100年後には人類は滅亡しますわ」


ドーーン!!


「「「なっ!」」」


開口一番、京香さんから放たれた言葉は衝撃的だった。人類滅亡って穏やかではないな、なんとなく貴子ちゃんを見れば、自分は関係ないとばかりに首をブンブン横に振った、貴子ちゃん絡みの話じゃないのか。



「もちろん、このまま行けばの話ですわ。まず、現在の世界状況から説明します、児島さんCの12のファイルを」


大きなモニターになにやらグラフが映し出される、年々数が減って行く折れ線グラフだ。


「これは、夏子さんの所で確認されてる数字をグラフにしたもので、政府のサーバーから引っ張ってきてます、当然極秘資料ですので、ここだけの話にしといてくださいな」


いや、それってハッキングじゃないの、ラクシュミーさんがグラフを見て驚いている、知らなかったんだろうか、何々、男性総人口の推移って、えーーっ、この10年で凄い減ってるんだけど。


「グラフを見てわかるように、この10年間減少の一途を辿ってますわ、このままだと100年後には人類を保つことが出来なくなる計算です」


「カカカ、その推移の仕方だと100年じゃナク、98年と7ヶ月ダゾ」


黒夢が興味なさそうに人類に残された年数を示した、おいおい、100年持たないのか。


「京香さん、男性は今特区で保護されているんですよね、それなのに減り続けているって、おかしくないですか?」


質問を投げかけるが、京香さんは眼鏡を中指で押し上げて僕を見つめてきただけ、代わりに答えたのはお母さんだった。


「その特区で保護されてるってのが問題なのよ、どっかの誰かさんのせいで一気に減少した男性を保護、管理する。最初はそれで正解だったのよ、とにかくこれ以上数を減らすわけにいかなかったからね、でも今の体制になって30年、加藤事変を運良く生き残った第1世代も多くが亡くなって、第2世代はなぜか病弱の者が多い、期待の第3世代も一向に数が増えない、ちょっと手遅れかもしれないわね」


何それ、政府はなんでこんな状態になるまで放っておいたの。


「政府はまだ隠してるけど、医療関係にいる者なら薄々感づいていることよ、特区での過剰な保護による男性の弱体化、ぶっちゃけちゃうと子供を作る力が弱くなってるの、まぁこれは私達女性にも責任がないとは言えないんだけど」


そう言って、お母さんはモニターを切り替えて動画を再生した。



『おいおい、飢えた肉食獣のような目で見られて、性欲なんか湧くわけないだろう』

『HaHaHaHa、やはり女は小学生までが花だな、それ以上は醜くなるだけだ。汚れ無き可憐な少女こそ、私にふさわしいと思わないかい』

『はあ? 少子化ぁ、ちゃんと年4回の採精の義務は果たしているよ、それで問題ないだろHaHaHaHa』

『それより君、永遠に歳を取らない幼女はどこかにいないものかね、いたら紹介してくれないか』



「「「あっ、マイケル」」」


僕と黒夢、それと李姉ちゃんが画面を見て驚く、派手な衣装でインタビューを受けていたのは、大阪で知り合ったジョージ・マイケルさんその人だった。半袖だから夏に撮った映像かな、それにしても、マイケルさん本当にロ◯コンだったんだ。黒夢と李姉ちゃんがまるでゴキ◯リでも見る様な視線を画面に向けている。


「とまあ、こう言うまともに女性と付き合えない輩も増えてきちゃってねぇ、精神的なものだから対処も難しいのよ、あんまり薬使いすぎると副作用も怖いしね」


やれやれとお手上げポーズをするお母さん、く、薬って、う〜む、確かに無理やりってわけにはいかないもんな、……それにしてもマイケルさんみたいなのが増えてるのか、ただでさえ少ない男性がそれじゃ悪循環だもん、そりゃ人口も減るってもんだ。


「それだけではありませんわ、染色体の異常で年々男性が生まれる確率が下がってますの、昨年の男性の出生率は3%を切る勢いですわ」


「さ、3%って、100人生まれても………やばくないそれ」


「人類がどれほど危ない状態かわかってもらえたかしら」


僕と李姉ちゃん、藤堂会長がコクコクと首を縦にふる。貴子ちゃんと黒夢は……オセロをして遊んでやがった、おいコラ、元凶人物。


「貴子さん、元々は貴女が原因なんだからもう少し真面目に聞いてくださる」


「町医者ごときが私と対等に話そうというのか、はは、それに勘違いするなよ、私は本来鉄郎君以外の人間に興味はないんだ、100年後の世界なんぞどうでもいいわ」


「うわ〜、貴子ちゃんクズになることにためらいがないな」


「やだなぁ、鉄郎君がいる場所が私にとっての世界の全てなんだよ。わかるかい」


「わかんないよ。それより貴子ちゃんの科学力なら人類を救えるんじゃないの、貴子ちゃんにはそうする責任があるよ」


「鉄郎君、科学は人間の生活を豊かにしてくれるし、助けてもくれる、でも命を作り出せるわけじゃないんだよ」


「で、でも、僕が死にそうになった時には、凄い薬作ってくれたじゃないか」


「勘違いしちゃいけないよ、あの時はあくまでも夏子お母様が鉄郎君の命を救ったんだ、私の薬は死んだ人を蘇らせるわけじゃない、あの薬は傷が直るのを早めただけだ、それにちょっと失敗してたし……」



「そう、それですわ!! 貴子さん、あの薬をもう一度作る事は出来ますの!!」


京香さんが凄い勢いで貴子ちゃんに詰め寄る、吃驚したぁ。


「な、なんだいきなり、無理だぞ、記録とってないし、あの時は徹夜明けでハイになってたから記憶もない、歳のせいか最近物忘れが酷くてな」


「脳みそは婆ちゃんのままなの?」


「えっ、ああ、どうなんだろ?」


首を傾げる貴子ちゃん、わかんないんかい!! けど記憶はあるんだから脳はそのままなのか?


「貴子様は元々忘れっぽいんですよ、ひらめきだけで生きてますからね、数々の凄い発明も、記録をとっておかないと現物しか残ってません、あの薬は鉄郎さまが全部飲んでしまいましたから、おそらく二度と……」


児島さんの説明に落ち込む京香さん、無理も無い、あの薬は医療革命なんてもんじゃないからね。


「そ、そうですか。ではやはり鉄ちゃんが最後の希望と言うことですわね」


「ん、僕?」





「ラクシュ、今回の貴子の独立国家ってインド政府が主導したんでしょ、あんたの所ではこの世界的な人口減少を、どう解決しようと思ってたわけ?」


ここでお母さんがラクシュミーさんに質問をする、どういうこと?


「ここだけの話ですよ〜、インド政府でもこの少子高齢化は当然問題視されてます、だからお偉いさんはいち早く貴子さんに恩を売って、技術の提供を求めたんですよ〜、人口の減少で不足した労働力を機械で補おうって腹ですね〜」


「それって、根本的には何も解決してないって分かってる」


「私はわかってますよ〜、でも貴子さん放っといて明日人工衛星落とされても、人類終わりじゃないですか〜、あながち間違ってない行動だと思いますよ」


「悪いとは言わないけど浅い考えね、それじゃあ死期が伸びるだけで治療になってないわ」


なるほど、貴子ちゃんの技術力で生産力を補うのか、でもお母さんの言う通り人口の増加が出来ないと結局ジリ貧だよね、男性が減って行く歪んだ世界はどう考えても無理が生じる、だれも解決策が見当たらないのか?




「そこで、ここに一つ人類にとって希望が見えるデータがありますの、ここからが本題ですわ」



その一言で再び京香さんに皆の視線が集まる。ちょっと嫌な予感がしてきたぞ。

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