三方良しの由

そうざ

All Three have a Happy Relationship

「撮影の前に同意書を確認させて頂けますか?」

「どーいしょ?」

 田舎の好々爺然とした地権者がきょとんとした。さっきまで近くの畑で作業をしていたらしく、酸味を帯びた体臭を漂わせている。

「〔ネスト〕の設置業者から同意書の提示があった筈ですが」

「あぁ、書類ね、書類書類」

 そう言うと、地権者は尻ポケットから四つ折りにされた紙を取り出した。既に土と汗とで汚れている。


『ネスト駆除同意書』

 一、甲は、甲が所有する敷地内に於いて、乙がネストの駆除を実地する事に同意する。


「最近はもぐりの業者が増えてますから、ちゃんと確認をしておきませんとね」

 業者との同意書を確認したら、今度はうちの番組の同意書にサインを貰う。


『ネスト駆除撮影同意書』

 一、甲は、甲が所有する敷地内に於いて、乙がネスト駆除の撮影をする事、撮影素材を編集並びに放映する事に同意する。


 何方どちらの同意書にも金銭の授受に関する文言は記していない。そこは現場で話し合って決めれば良い。

「〔ネスト〕って本当に増えてるんですか?」

 地権者が半信半疑そうに言うと、後ろを通り掛かった猫削ねこそぎ氏が口を挟んだ。

「増えてるっすよ~」

 猫削氏は今回うちの番組が密着取材をさせて貰う駆除業者で、つい最近、彼が配信している動画を見たのがオファーのきっかけだった。

「年々増加傾向にあって、しかも凶暴化してるんでマジ厄介っすよ~っ」

 この陽気さがテレビ映えすると直感した訳だが、近頃の視聴者は何かと正義の目を光らせているから、不謹慎に感じさせないよう、演出には細心の注意が必要だ。

 猫削氏が手作りっぽい大仰な防護服を着込む。通気性が悪そうで、顔の汗が忽ち増して行く。こういう感覚的に訴える画はあり難い。

「暑そうですね」

「まぁね、でも一案件で半月は遊べるんでね、笑いが止まんないよ、もう飲む打つ買うの三拍子っ」

 今回は『儲かる』よりも『大変な』イメージを前面に出したい。金の話は編集で切るか。そもそも『飲む打つ買う』なんて表現は避けるべきだろう。落ちた視聴率すうじを手っ取り早く回復出来る人気コンテンツが非難の的になっては元も子もない。

「そんじゃ、始めますかね~」

 小型カメラを構え、猫削氏に続く。経費削減で何から何まで一人でやらなければならない。しかも、防護服は一着しかないので僕は丸腰で臨む。

 母屋の裏手に以前は畜舎として使われていたという廃屋がある。錆び付いたトタン張りの扉を開けると、古い糞尿の臭いが鼻を擽った。

「めっちゃでっけぇなぁ~っ」

 天井を見上げた猫削氏が素っ頓狂な声を上げた。

 切妻の天井裏全体を覆い尽くすように〔ネスト〕が広がっていた。

「今年一番の大物っすよっ、マジか~っ」

 これだけ巨大ならば途轍もない数の駆除対象が潜んでいるだろう。最高且つ最強の画力えぢからを持った〔ネスト〕だ。頭の中で自然とラスボス登場的なBGMが流れる。

 この時期は〔ネスト〕被害の情報が頻繁に舞い込むが、いざ情報提供者と接触してみると虚仮威こけおどしな事が多い。精々が西瓜すいか程度の大きさで、そんなもんは自分で駆除しろと言いたくなる撮れ高ゼロの糞案件だ。

 今時、一寸ちょっとやそっとの映像で視聴者の注意を引ける筈もない。もっと凄いものを、もっと刺激的なものを、もっと話題になるものを、と際限なく求めて来る。予定調和は最も回避すべき四字熟語だ。

 それでもオンエアに間に合わないとなれば妥協するしかない。まるで巨大〔ネスト〕であるかのように映像を加工し、過剰演出で納品せざるを得ない。そんな時は少しだけ心が痛む。自分にもまだ良心という奴があったのかと気付く数少ない瞬間だ。

「そんじゃ、ちゃちゃっと駆除しちゃおっかな~っ」

 猫削氏が線香のような束に火を点ける。忽ち炎が起き、それを掌で仰ぐと乳白色の煙が立ち昇った。

「危ないんで下がって貰って良いっすか?」

「この煙にはどんな効果があるんですか?」

「……らりる?」

「奴等がラリっちゃう。ラリらせちゃう。ラリルレラリル~ッ」

「らりっちゃう、らりらせ……それって、合法の奴ですよね?」

「固い事は言いっこなしっしょ」

 煙については具体的に解説しない方向で編集だ。

 そうこうしている内に辺り一面が煙で霞み、画角がかくは白一色になった。

「げほっ……あぁっ、目に沁みっ、痛いっ!」

 僕は自ら状況を説明し、緊迫感を出そうと努めたが、肝心の映像は真っ白だ。

「取り敢えず出てってっ、俺が良いって言うまで外で待っててってっ」

 言われた通りに退散すると、猫削氏は扉を閉めてしまった。駆除作業を撮影おさえられなければ現地取材の意味がない。

 途方に暮れていると、朽ち掛けた壁の隙間から幾つもの煙が吹き出し始めた。取り敢えずそこにカメラを押し付け、何とか内部なかの撮影を試みた。

『お疲れ』

「お疲れ様っす」

 会話が聞こえた。一方は猫削氏だが、もう一人は誰だろう。煙が目に沁みて屋内なかを覗く事はとても叶わない。

『マスコミに取材されるとは大した出世じゃのう』

「動画配信も良いっすけど、やっぱテレビの宣伝効果は大きいっすからね」

 低姿勢の猫削氏だが、知り合いのような気安さだ。僕は涙目を瞑ったまま聞き耳を立てた。

『ならば謝礼金ギャラの半分は頂戴せぬとな、通常よりも巨大な〔ネスト〕を設置したのだから』

「勿論っす」

「あのぅ……」

 思い切って声を掛けると、会話が止まった。

何方どなたと喋ってるんですか?」

「独り言っ、独り言を言いながらだとはかどるんでっ」

 猫削氏が声を張り上げる。

「もしかして、駆除対象と話してたんじゃないんですか?」

「……そんな訳ないっしょ」

「まさか奴等と意思の疎通が出来るんですか?」

「そりゃ、まぁ……長い事やってると通じ合うって言うか、奴等とは同志みたいなもんだから」

 ここはもう完全にカットだ。奴等は飽くまでも共感不可能な駆除されて然るべき存在でなければならない。そうでなければ番組の趣旨がぶれてしまう。

「兎に角、中に入れてくれませんか? これじゃまるで画が足りません」

「もうちょい待って、直ぐに片付けるんでっ」

 がさごそと何かをしている気配の中で、時折り何かを相談するような声が聞こえて来る。

「もう良いっすよ~」

 扉が開き、内部に残っていた煙が一気に放出された。

 漸く開けた視界にあったのは、床に散乱した〔ネスト〕の残骸だった。

「こんな短時間に駆除を?」

「こう見えてもプロなんでね」

 改めてカメラを回してみるが、奴等の死骸は一体たりとも転がっていない。これでは画的に弱過ぎる。

「あのぅ……死骸は?」

「〔ネスト〕と一緒に木っ端微塵。そういうもんだから。はぁ、終わった終ったっ」

 猫削氏は汗だくの防護服を脱ぎ、そそくさと帰る準備を始めた。

 さっきは開いていなかった裏口の戸がきぃきぃと風に揺れている。


 どう編集すれば良いものかと思案に暮れていると、猫削氏と地権者が作業車の陰で話し込んでいるのが見えた。

「他に誰か協力してくれる人は居ないっすか? 紹介料を弾みますんで」

「あぁ、土地持ちの知り合いに当たってみますよ」

「あざっす、今後も宜しくっす」

 昨日今日の間柄ではないような親し気な雰囲気だ。僕は物陰に身を潜め、反射的にカメラを構えた。

『今回の如き巨大な〔ネスト〕を設置するには、床面積の大きい廃屋や工場等が好都合じゃ』

 不意にが会話に加わった。間違いなく畜舎の中から聞こえた声と同じだった。作業車の中から話し掛けているらしい。

「それはもう謝礼次第で幾らでも見付けて来ますよ」

 地権者がへつらう。

『今後はもっとテレビ取材を増やさんとのう、猫削うじ

「ういっす、任せて下さいっ」

『ふふ、お主もわるじゃのう』

「じゃの~じゃの~っすねぇ」

 そして、皆でくすくすと笑い合った。

 駆除をする者、駆除をされる(振りをする)者、駆除をする場を提供する者――という訳か。

『そうじゃ、順序が逆になったが、同意書に目を通した上で署名をお頼み申す』

「はいはい、お安い御用で」

『親しき仲にも礼儀ありと申すからのう』

「最近はもぐりの業者が多いっすからね~」

 猫削氏と車内の存在との間にも既にそれ相応の、例えば『ネスト設置及び駆除相互同意書』のようなものが交わされているに違いない。

 幾つかの単語が浮かんでは消えた。癒着、談合、根回し、やらせ、共犯、スクープ――。

「あのぅ……」

 僕の声に振り返った二人が顔を凍り付かせた。もう一人も車内で固まっているに違いない。

「謝礼を弾みますんで、是非とも僕もお仲間に……」

 その場限りのスクープを物にするよりも、この方が今後の番組作りに有利だ。三方良しがあるのならば、四方良しがあってかるべしだろう。

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三方良しの由 そうざ @so-za

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