第46話 天弓の翼2



「あはあ~~~斬られたら、い~た~い~~~~の~~~~」

「きっもちわりいなあ!」


 にゅるにゅると避ける生首七本に、苦戦するヨルゲン。

 大鉈おおなたのように振るう大剣をくぐり抜けるように、シュカもロングソードを振るうものの、ぬるりぺちゃりとまるで手応えがない。


パラライズ・フロスト氷の麻痺!」


 シュカが、ジャムゥの魔素援護を受けて強力になった魔法で、首ひとつの動きを止める。

 

「っらあっ!」

 

 即座に斬り落とすヨルゲン。しかし――

 

「いったあ〜〜〜〜〜い」

 

 またにゅるりん、とすぐに生える。


「っち、どうなってやがんだ!」

「ゲン! ほんとのは、ひとつだ!」


 赤い目を光らせて、背後のジャムゥが叫ぶ。


「そういうことかよ! どれだっ!?」

「わからないっ」

「心臓突いても意味なかったしな……斬りまくるしかなさそうだっ」


 鮮やかに素早く駆け巡る『蒼海そうかい』の剣筋を、最後列で団員を指揮するハンスは驚愕の目で追いかける。


「まるで、水竜の嵐だな……!? どうなされた、殿下」


 いつの間にか、ルミエラがアモンの魔法陣から出てきている。


「おい! 魔族! ……一体」


 アモンはニタァと赤い目を細める。


「人間というのは、愚かですねぇ。すぐに騙される」

「なん……だと」


 ハンスが、抜剣する。


 ――それよりも速く、アモンの鋭い爪が襲う。


 って避けたものの、鼻先を、長く黒い爪がかすめていく。

 まともに触れてもいないはずが、鼻梁びりょうに一条の深い傷跡をつけ、バッと視界に鮮血が舞う。


「きっさま……」


 だがハンスは、すぐさま思い違いに気づいた。

 アモンは攻撃したのではない。


『人間を庇うとはな』


 右手首にある従属の印を見せつけるようにして、体の前に腕を突き出すルミエラが、醜悪な表情を浮かべている。その手のひらの先には、尋常でない炎の塊が浮かび、そして空の彼方へ飛んでいった。アモンは手の甲を火傷したようで、ブスブスと黒く焦げている手を、雑に振るっている。


『ちっ。逃がしてしまった……! 魔族のくせに、はかったな』

「フフ。人間のくせに、魔族みたいなことをしましたねぇ」

『あの魔法陣は、なんだ』

「醜悪な本性をいぶり出すものですよ? 人の弱みを握っていたぶるためのね」

『……』

「巧妙に従属の印に紛れさせましたねぇ、無窮むきゅうの賢者。自身の魂の一部を潜りこませるとは、本当に性格が悪い」

 

 ルミエラが、紫の目を細めた。


『貴様に言われたくはないな』

「くくく……見たでしょう、火竜、相当怒ってましたよ? 純粋な宰相の恋心をもてあそぶだなんて、酷いお人だ」

『ふん。恋心などと。バカバカしい』

「おや。貴方もこじらせてるじゃないですか」

『なんだと』

「勇者への、焦がれるほどの熱情を。嗚呼美味しそうですねえ」


 うっとりと舌なめずりをするアモンの、頭頂には山羊のような角、背中には蝙蝠のような黒翼が生えた。まさに魔族の頂点、アモン侯爵そのものである。


 周辺の騎士団員は、恐怖によるパニック状態に陥った。


「……巻き込まれたくなかったら、下がるのですよ、ハンス」


 鼻を押さえ瞠目どうもくしている騎士団長を一瞥いちべつしてから、アモンは魔力を高めていく。


。魔法対決になるでしょうからねぇ」



 背後の様子を見ていたウルヒが、歯噛みする。



「……そうか、気づかなかった……! 完全にあたしの失態だ」

「ウルヒッ! 何が起きてやがる!」

「ゲンさん、集中っ!」

「ちいっ」


 グレーン国王は、首を伸ばしてはガチガチと噛み付いてくる。

 波状攻撃は留まることを知らず、口を開く度に猛毒をき散らしている。シュカは解毒魔法と回復魔法で手一杯になった。



「あの時パトス・メモリア共感記憶で見えた、氷殿ひょうでんでの儀式は、従属の印じゃない。ファルサのたま移しの儀式だったんだ……やはりルミエラは、絶命していた……?」

「ウルヒ。オレ、どうしたらいい。人間、傷つけられない」

「あんの糸目野郎! それも織り込み済かい! シュカの性格、熟知してやがるっ」


 ここまで順調に進んで来たのも、ここで終末の獣に対峙たいじしたのも。


「奴の、手のひらの上だった!!」

 

 ウルヒの背中を、絶望がむしばんでいく。

 シュカならば、魔王さえも受け入れるだろう。

 

「カルラ……」


 ウルヒの顔の脇で、少女の姿をした風の精霊カルラは、緑がかった翼をはためかせて飛びながら、腕を組んでいる。

 

『ウルヒ。あれはリヴァイアサンの比ではない。倒すには魔王の力が必要だ』

「違う! あんなの、人間じゃない!」

『元は人間だ。しかも体内にはたくさんの人間の魂を取り込んでいる。制約は、強い』

「そんな……」

『大丈夫。魔王の心は、十分に育っている。それに精霊は、永遠に生きる。少し会えなくなるだけだ』

「いやだ。いやだ! あなたは、あなたは……」

『緑竜の加護がある。風を操るのに問題はない』

「いやだ、やめてよ! ひとりにしないで!」

『ひとりじゃない。ワレが居なくなれば……ヨルゲンと共に年が取れるぞ。はは』

「いやだあああああああああ!!」


 魔王に課せられた風の制約を消すため、カルラは自ら――


『風は、自由だ。また会える』


 体内に力を集めて――


『ああそうだ。ウルヒ。昔あの音石から聞こえた、。ヨルゲンと話して、決めた』

「え」

『お陰で、だいぶ力が弱まってしまった。ハハハ』

「そ、んな。精霊は、嘘をつけないのに……」

『どうしてもウルヒを、精霊王にしたかったワレのワガママだ。許せ。これはその、贖罪しょくざいだ』


 ジャムゥの体の中に、飛び込んだ。


「ああああああああぁぁぁ!!」

「ウルヒ……ごめん……」


 胸の中にカルラを受け入れたジャムゥの目から、涙が溢れている。


「オレのせい」

「ちが、ちがうぅ~~~」


 突然の別れに、ウルヒは子どものように泣きじゃくる。


「……オレが、助けるから」

「!?」

「魔族と精霊、元は同じ。大丈夫だ。だからまず、人間助ける」

「ジャムゥ……」


 ぞわり、と駆け抜ける寒気に、ウルヒの悲しみはあっという間に呑み込まれ、涙は止まった。



 ――ズ、ズズズズ……



 ジャムゥの体が二回り大きくなる。頭頂には、黒い角が二本。黒い爪は鋭く伸び、黒と紫のオーラがぐるぐると体の周りに漂っている。

 それはかつて目にした魔王と、同じ姿だった。



「ウルヒを泣かせない。笑わせる」

「ジャムゥ?」

「また、抱きしめて欲しいからな」

「っ! うん、うん!」

 


 赤い目でにやりと笑った後で空へ向けて開いた手のひらの上に、闇の魔力球ができる。


「魔王ジャムゥの名のもとに命ず。魔族どもよ、あの醜悪な人間を、蹂躙じゅうりんせよ」



 空に地上に。

 魔王の声に呼応した魔族たちが産まれていく――

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