第45話 天弓の翼1


 ※このお話からは、予告無く残虐なシーンがあります。

 苦手な方は、ご注意お願いいたします。



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 左手に長い茶髪の女性の生首をぶら下げ、王冠を被ったジュストコール姿のグレーン国王アンドレアスが、バキボキと首を鳴らしながら近づいてくる。



「あはあ~、美味そうなのがいっぱい、いるなぁ~~~~~~~ふしゅるしゅしゅ~~~~~~~」


 

 追従しているはずの近衛騎士たちの姿はない。

 傷ついた馬はくらだけを乗せており、何があったかは推測の域を出ないが、

「男はやっぱり、不味まずいなあ~~~~~~~~」

 のセリフで、察するに余りある。


「なんと……いうことだ……」


 ハンス率いるグレーン王国騎士団には、事前にこの可能性を伝えてはあるものの、実際に目にすると衝撃で動けなくなっている。


「ハンスさん! 僕たち『天弓の翼』は、魔物と遭遇した!」

「っ」

「命の危険を感じるため、討伐に動く! ……態勢整うまで、下がっていてっ」


 ところが、サバトン鉄靴は地面に根を張っているかのように動かない。


「ハンスさん!?」

「ちっ」


 ヨルゲンが強引に腕を引こうと動くと、ウルヒが鋭い声を発した。

 

「騎士団長! 王女たちを守れっ!!」

「っ……はっ」


 命からがら走って逃げてきたグレーン王国の王女シーラ――侍女(生首)を喰われたショックで声が出なくなっているが、容貌をヨルゲンが確認した――に、ルミエラが寄り添っている。

 その側には、元の大きさに戻ったケルベロスと、アモン。


「っそ……総員! 防御線展開っ!! 殿下方を、守るっ!!」

「お、おう」

「そ、そうか」

「てん、かい……展開だっ」


 ようやく騎士たちが動き始めたところで、ヨルゲンは『蒼海』を両手持ちで構え、アンドレアスを威嚇する。

 その横でシュカはぶつぶつと強化魔法を唱えた――物理防御、魔法防御、攻撃力アップ、と複合させていくと、王国騎士団全員が目を見開く。


「こんな高度な組み合わせなど、見たことがない!」

「だろうねえ。ジャムゥは、あたしと一緒にいて魔素。集めてくれるかい?」

「ん」


 ウルヒはジャムゥを伴って、騎士団と、前衛であるシュカとヨルゲンの間に陣取った。中衛として前後の補助をすることに重きを置く体制だ。


「風の精霊カルラよ……眷属ウルラよ……我らに風の恩恵を!」

『産まれてしまったからには、倒すしかない』

「ホロッホー」

 

 ウルヒの周囲に風が集まり、ジャムゥの足元から黒い霧がモワモワと立ちのぼる。

 シュカはシュカで、まだ未熟なはずの肉体でもって、魔力を高める。

 

「キース」

「ピルッ」


 白鷹がバサリと羽ばたいたかと思うと、白刃はくじんきらめくロングソードへとその姿を変えた。


「あ~はあ! みぃつけたぁ~~~~その剣~~ほしぃ~~~~~~」

「なんだあ!?」

「キースを狙ってる?」

「それぇでぇ~~~世界をぅ~~~~喰らうのだあっ!」


 ぼぼん! と鈍い爆発音がしたかと思うと――国王だったモノはみるみるその体躯を膨らませ、豹の体に大蛇の尾、そして首が七本――顔も七つ――の化け物になった。


「きゃあああああああああああああ!!」


 実の父の異形の姿に、シーラ王女は絶叫の末失神する。

 アモンはさっと横抱きにして木陰へ横たえると、人差し指に中指を絡ませる不思議な手の印を作り、何事かをぶつぶつと唱えた。

 たちまち足元に黒い魔法陣が発生し、その中だけ視界が歪む。


「ごまかし程度ですけどねえ」


 それから丁寧な礼で、ルミエラもその中へ入るようエスコートする。


「こちらから出ないよう、お願いいたしますね」

「は、はい」

 

 魔族の執事は、冷たく低い、地を這うような声で告げた。

 

「さて皆様。あれはリヴァイアサンと違って、数多あまたの命によって作られた、最も悪しきもの。本気でかからないと死にますよ」

「ぐるるる」「わおん」「がうっ」

「アモンが言うと、まるで滅亡の宣告みたいだね」


 苦笑いするシュカの横で、ヨルゲンは全力で闘気を放った。


「倒さなきゃ、そうなるだろ!」

「だね!」

「手加減なしだ」

「うん。――緑竜の加護の、あらんことを!」


 ウルヒの風の守りと合わさり、シュカたちそれぞれの体にシールドができたのが視認できた。


「っしゃ。いくぞ!」


 大きな刃から、水が絶え間なくほとばしる。

 伝説の武器を構え、ヨルゲンは走った――

 

 

 

 ◇




 大帝国コルセア、帝城にある皇帝の私室。

 大きな樫の机の上で、レアンドレ直通の音石がぴかぴかと光っていた。

 

「黙示録の獣、だと!?」

『はい。北西国境付近の帝国民には、既に騎士団長から避難命令を出しました。騎士団が迅速に動き、誘導を開始しています』

「そうか……ヨーネットはどうだ」

『は。ヘッグ伯ヴァルデマルも、ルミエラ殿下の件を踏まえ我が国への協力を支持、グレーンとの同盟破棄を進言するとのこと』

「ならば政治は良いが問題は」

魔教連魔導士世界教会連合です。街道の大動脈を押さえられていますからね』


 地理上の要所に存在する独立都市ウェリタスは、北東のグレーン王国、精霊国アネモス、南東から南西にまたがる大帝国コルセア、北西のヨーネット王国のちょうど中心にあり、貿易上避けることのできない主要街道が、全て通る位置づけだ。回り道はあるにはあるが、魔物も多く非常に危険で時間がかかる。


「今となっては、やりよったな無窮むきゅうの賢者め、という気持ちだな」

『ええ。中立を気取ってきょを構えたその実は、ですね。まあ言っても仕方のないことです』

「今のところ、潜らせている間諜かんちょうからは何もない」

『静観しているかもしれないですね』

「天弓の翼次第、か」

『まさかこんなことになるとは。とりあえずルミエラ殿下の身柄移動のため、騎士団の二部隊を援護に行かせています』

「分かった。余からもヨーネットに連絡を入れておく……レレ、気を付けろ」

『僕がいなくなれば、婚約もなくなりますからねえ』

「分かっているならば良い」

『はい。ではまた』


 音が途切れた後、イリダールがいるから大丈夫だ、と自分に言い聞かせるように独り言を放つ。

 それから、この部屋をこんなにも広く感じたことはなかったな、と大きな溜息を吐きながら、部屋付き護衛に命じた。



「……大臣らを集めろ。緊急会議だ」



 ギオルグは、まるで皇帝の鎧を身に着けるかのように、王冠をしっかりと被った。

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