第14話 目覚める
「治癒魔法ってやっても良いのかな」
『いいやシュカ。ジャムゥには効きづらい』
「あ、カルラおかえり。やっぱりそっか。じゃ、ゲンさん。背負って」
「あ!?」
結局シュカに押し切られて元魔王を背負わされ、ファロがふたりをがっちりと紐で縛り――まるで赤子のようだ――草原の入り口まで戻り、馬にまたがった剣聖は、ずっとぶつくさ文句を言っている。
「あんで俺が……」
「ぴっ」
「キース!」
馬上のシュカの肩に、白鷹が舞い戻って来た。
バサバサと何度か翼を羽ばたかせるその足首には、紙片が巻かれている。早速手紙をほどいて広げるシュカの眉間が、険しくなった。
「花の狩人プーワイ家が、パチチ草原への不法侵入で厳重抗議をしているから、全部終わったら宮殿に来い、だって」
「っ……」
唇をわなわなと震わせるファロに、シュカが慰めの声を掛ける。
「大丈夫だよ、精霊王ガルーダ様は分かってくださっている。全部終わったらでいいってことだよ。メイを助けてから行こう」
「くそっ……情けないです。みんな、自分のことばっかりで」
頭から巻いている黒い麻布が、小刻みに揺れている――シュカは、彼の涙を見ないよう、馬を先頭へ進める。
「急ごう、竜の
徐々に馬足を速めると、皆無言で馬の腹を蹴った。
三体の馬と四人の人間が、
白鷹は再び舞い上がると、上空で羽ばたきながら一行を見守り、追従した。
緑竜の待つ谷へ再び舞い戻った時には、日が落ちかけていた。
◇
「……周囲を照らせ。ランターン」
谷底は想定以上に真っ暗だったので、シュカが人差し指で空を
「すごいですね。杖もないのに」
感心しながら道案内をするファロは、平常心を取り戻しているように見える。その背後から無遠慮な言葉を投げるのは、ジャムゥを背負ったヨルゲンだ。
「杖なんて消耗品、ただの
「ちょっとゲンさん」
「高価な杖で強力な魔法が唱えられるなんざ、『思い込み』だ」
「えっ、そうなんですか?」
驚きで声のトーンが高まるファロに、シュカは苦い顔をする。
「……中には、強力な魔石を使ったものとかもあるよ」
「魔石と魔法の強さは関係ねーっつの」
「え? ……え?」
ファロが不憫なぐらい動揺しているのに対して、剣聖は毒を吐き続ける。
「道具は道具に過ぎねえ。多少の補助にはなるけどな。魔法ってのは、魔法体系の正しい知識と、持って生まれた魔力量、それから周辺の魔素量による。知識と才能、環境だ。魔力や魔素が少なくても膨大な知識がありゃ、ある程度なんとかなるけどな」
「え……でもみんな、高い杖とかローブとか、一生懸命買ってますよ」
「あーほら、お金を払わないと、魔法講義は受けられないでしょ? 見た目でちゃんと勉強したって証明を、その……」
「金持ちの道楽だ。そんなん見て、精霊や竜はどう思ってんのかね。なあ?」
ヨルゲンの言葉を聞き、緑竜は寝そべっていた首を持ち上げて、大きく笑む。
『くだらぬ』
「だろうよ」
緑竜の首元近くで、風の檻に包まれたままのメイは、また丸まって寝ていた。
「メイ!」
ファロは先ほどまでの会話も忘れ、必死に叫ぶ。
「メイ! メイ!」
最初に見た時と違って、顔色がとても悪いように見える。暗いせいばかりではなさそうだ。
「カルラの檻は、人にはキツイ。風の巫女だから生きられる」
いつ間にか気絶から目覚めていたジャムゥが、ヨルゲンの肩越しに淡々と言う。
「ゲン……オレ、を、近づけて」
「ちっ。歩けねえなら仕方ねーか」
「ゲンは、オレがきらい。腕ちぎったからか?」
「ちぎ……何、人の名前勝手に」
「剣聖と呼んだら、だめだろう?」
「そうだけどよ!」
「ゲンも、だめか」
言い合いながら緑竜へ近づいていくふたりの男を見送りながら、シュカとファロは顔を見合わせる。
「こどものケンカだね」
「っっ」
深刻な状況にあるにも関わらず、ファロは不覚にも笑ってしまった。
「絶対大丈夫だよ」
シュカの言葉に、素直に頷く。祈るように見守っていると、ヨルゲンは風の檻に触れられそうなほど近い場所に立った。
「カルラの檻を解錠するには、風の指輪と万能鍵の魔法がいる」
先ほどまでのたどたどしさとは打って変わって、ジャムゥはヨルゲンの背に乗ったまま、風の檻を開ける方法を分析した。
「シュカ。ここへ来い」
「うん」
呼ばれたシュカは、ヨルゲンの右側に肩を並べた。
「手、繋げる」
右手を不器用に差し伸べるジャムゥの仕草が微笑ましく、シュカは素直にそれを左手で握った。
「こう?」
「うん。オレ、万能鍵の魔法、教える」
「いいの?」
「うん」
ヨルゲンはさすが場の状況を心得ていて、静かにジャムゥを背負っているだけだ。膝だけは、不測の事態に備えて緩やかに曲げられているが。
やがてジャムゥが唄うように、カルラへの祈りを発する。
「風の精霊カルラよ、風の声を聴け。風の巫女を返せ。檻を風に還せ。祈りは空へ。涙は大地へ。自由は風へ」
それに合わせ、シュカは大きく息を吸い込んでから、教えられた解錠魔法を唱えた。
「今こそ、風の檻を解錠せよ――パスパルトゥー」
――と、ジャムゥの右手の下にあるシュカの風の指輪から、まぶしい光が生まれ、竜の住まう洞窟全体を覆っていった。
ぶわり、と頬を撫でていく暖かな風の隙間に、楽しそうに踊る風の精霊たちが見える。
彼らは笑顔でくるくると回りながら、シュカやファロの頬や肩を撫でていく。
精霊に触れられると、力が満ち溢れるように感じた。傷が癒えるような、そして幸福な気持ちになるような感覚だ。
程なくして、しゅうう、と光が指輪の中へと収束して元の暗さに戻ると――床に置かれた竜の巨大な手の中で、風の巫女がすやすやと寝ている。
檻は、確かに跡形もなく消え去った。
巫女の無事を確かめるため、ファロが駆け寄る。
その様子を優し気な瞳で見下ろしながら、緑竜は口を開いた。
『見事なり、魔王よ』
「もう魔王じゃない。ジャムゥ」
『……ジャムゥ。降誕とは、めでたきこと』
「ありがとう、ヴァーユ」
ヨルゲンが眉間にしわを寄せる。
「ヴァー? なんだその言語は?」
「竜の
「そうかよ……まあいい。緑竜さんよ、ついでにこいつの足、治せねえか?」
『ふむ。巫女を救ってくれた礼だ』
かぱり、と緑竜が開けた口から緑色に輝く石が生まれ、発せられた光がジャムゥにまとわりつく。
『シュカにも必要だろう。持っていくがよい』
「ありがとう、緑竜様」
頭を下げるシュカの肩で、キースがばさりと翼を大きく広げた。緑の石は、その胸に吸い込まれるようにすーっと空中を飛んでいき、やがて黒や紫と同じように、キースの体に
「おい、それ……」
目を見開くヨルゲンは、そういえば雷竜を討伐した後の体からも何かを取り出していたな、と記憶を辿ろうと試みる。
「足、治った。下ろせ」
ところが背後のジャムゥが遠慮なく足首をぶらぶらさせるので気が散ってしまい、結局思い出せない。
「っんあああうるぁ!」
イラついたため、ふたりを縛っていた紐を八つ当たり気味に、力任せに引きちぎってしまった。
ヨルゲンの背中から滑り落ちたジャムゥの足裏が、岩の床に着くとペタンと音を立てる。すっかり怪我の治った様子に、シュカが安堵の息を吐く一方、
「えぇ……」
風の巫女であるメイの上体を支えながら、ドン引きしているのはファロだ。
「絶対切れないはずの、丈夫な紐なんですけど……」
困惑するファロに、シュカが
「あーほら、ああ見えて剣聖だしさ?」
と慰めを言ってみるも、
「いや、素手でしたよね……てか、めちゃくちゃ高いんですよあの紐……」
残念ながら、無駄に終わった。
あはは~とシュカは乾いた笑いを返すことしかできない。
「うーん?」
「あ! メイ!」
風の巫女が、ファロの腕の中でようやく目を開けた。
「よかった! よかった!」
「ほええ……うーん! あれー? ファロ……?」
シュカも、メイの顔を覗きこむ。
「やあメイ。具合悪いところ、ある?」
「はわ~! かっこいー」
たちまちぽっと顔を赤らめて、風の巫女は言った。
「あなたが、メイの王子様?」
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