🌈 天弓のシュカ ~勇者の生まれ変わりの少年は、おっさん剣聖と共に七色の魔竜を巡る旅に出る~

瑛珠

一章 白鷹と少年は、出会う

第1話 金貨集めの日


 

雷竜らいりゅうを見たい、だと?」

 

 グレーン王国国王アンドレアス・バーリグレーンは、月に一度の『』にあたって、王城内に設けられている謁見の間にいた。金髪碧眼の王は、顔の半分以上を金色の髭で覆っていて、頭には金銀で縁取られたくさんの宝石が付いた王冠を乗せている。

 

 金貨を払えば、身分にかかわらず国王と直接会うことができるという、この王国特有の機会は、国庫を潤すのに大変役立っていた。権威のある貴族でもない一般庶民の言葉など、聞き流せば良いからだ。

 

 玉座周辺は武装した騎士が取り囲み、謁見する人間は直接国王と会話をすることは許されず、文官から宰相へ口伝えされる。

 つまり、近づくことはできない。

 

 そんな離れた玉座の上、盛大に眉をしかめるアンドレアスの眼下で、ひとりの少年がこうべを垂れて返答を待っている。

 

 十四、五歳だろうか。ボサボサの銀髪に黒い目、左肩の上では白い鷹が羽繕はづくろいしている。


 服装から冒険者だと分かるが、『拝謁』するには金貨一枚以上払う必要があるのに、と考えつつ

「見てどうする」

 と単純な疑問を投げる。


 金貨など到底庶民に支払えるものではないのに、どうやったのか。親の財産でも売り払ったか、と宰相から文官へ伝言をつなぐ様子を見ながら、アンドレアスは想像する。


 その間に、少年はまた何事かを言う。文官から宰相へ言葉が渡るのを見て、アンドレアスは珍しく「わずらわしい」と思った。直接会話すれば一瞬で終わるのに、それを許していないのは自分なのだが。


「危険だから、対処しておかねば、だと? アーッハッハッハ」


 少年の言葉が宰相の口から耳に入った時、あまりのおかしさに思わず大声で言ってしまった。そしてその発言は当然、直接少年に届いただろう。肩がぴくりと動き、鷹が小さく羽ばたいた。

 

 雷竜はグレーン王国南部の森奥深くに住む、紫色の『魔竜』である。

 

 その名の通り雷魔法を使い、体は人間の何倍も大きいが動きは速く、空を自在に飛ぶことができる。そのため、騎士団でも討伐は難しいと言われているのに、少年一人で「対処」するなど妄言もうげん以外の何物でもない。

 

「寝言は宿屋で言え。これで金貨を無駄にするのはかわいそうだな、返してやれ。次!」


 少年は大きく息を吐いた後、渋々立ち去っていく。

 アンドレアスは、次にやってきた商人が大量の宝石を見せたので、すぐにこのことを忘れた。



 

 ◇



 

「あ~今日は金貨集めの日かぁ」

「金持ちは王城へってか~俺らにおこぼれはないのかね~」


 王都に住む庶民の間では、この『拝謁の日』が『金貨集めの日』と皮肉られている。

 王城へ続く通用門から出てきた少年――シュカは、その皮肉を聞き流しながら、再び大きくため息を吐いた。

 

 門から出てしばらく歩くと、美味しそうな料理の匂いが漂ってくる。王城前にある円形の噴水広場を抜けると、王都の誇るメインストリートがあり、そこには酒場もレストランもなんでもある。

 

「寝言じゃないんだけどな」

「キッキッ」

「うん、ごめんねキース」

「ぴ」

「そうだね、散々待たされてくたびれたし、お腹減ったよね……何か食べようか」


 くるる、とキースと呼ばれた白い鷹は喉を鳴らして、額をシュカの頬に擦り付ける。

 ふわふわと逆立った頭頂の毛がくすぐったく、思わずふふ、と息が漏れた。


「おい、てめえ今笑ったか?」


 ――と、近くを歩いていた男が突然言ってきた。袖のないプレートアーマーを上半身に着け、ガントレットも手首までの短いタイプ。抜き身のまま背負っている両手剣は刃こぼれがたくさんあり、相当使い込んでいるようだ。もじゃもじゃの口髭と真逆で、髪の毛はないつるつる頭。冒険者かなと思いつつ、

「?」

 身に覚えがないので、首を傾げる。

 

「俺のこと、笑っただろ!」


 ところがハゲ男はなぜか怒り心頭で、首元を掴もうと手を伸ばしてきた。

 後ずさりしてそれを避けると、キースも肩の上で翼をバサバサと羽ばたかせ、大きく広げて威嚇する。

 

「んなちっせえ鳥、意味ねーぞ!」

 

 口角から粟立った唾液を飛ばしながら、男はなおもしつこく大股で追ってくる。唾液が髭に付いているのが気持ち悪いな、とぞわぞわしながら、シュカはひらりひらりと逃げた。

 

 なんだなんだ、と通りかかった人々がこちらを見るが、男の装備を見た瞬間、顔を背ける。

 荒くれ冒険者に関わると、ロクなことがない――そのことを、誰もが身をもって知っているからだ。


 ついにシュカの背中が建物の外壁にあたり、逃げ場所を失って男が服を掴むのを許してしまった。

 キースはバサバサと飛び立ち、近くの屋根に止まって首を傾げている。


 冒険者はここぞとばかりにぐっとシュカを壁に押し付け、声を張り上げた。

 

「ゆるさねーぞ! 詫びに金目のもん、だせ!」

「なぜ」

「あ?」

「笑ってない」

「うるせえクソガキ! 俺は虫の居所が」

 

 すると突然、野太い声がした。

 

「うわー。王都の冒険者も、ただの強盗かよ。落ちぶれてるね~」

「ああ!?」


 シュカの首元を押し付けた男が振り返る先に立っていたのは、背が高く分厚い体躯で金髪碧眼の、戦士装備の男だった。同じように使い込んだ装備だが、目の前のハゲ男より格段に良い品だというのは素人目にも分かる。

 

 金色の無精ひげを生やし、目元に少し笑いじわがある彼は、ヘラヘラしつつ近づいてきた。

 

「離してやれよ」

「黙ってろ、おっさん!」

「ええ~? どう見ても俺の方が若いよな?」


『おっさん』は、ぱちんっとウィンクを無遠慮にシュカへと投げる。

 そのシュカは、言葉に詰まった。文字通り、首が苦しいのもある。とりあえず、頷いた。


「ほらあ」

「ああ!? こいつは、俺の獲物だ! 横取りなら」

「獲物って? あ~なるほど、金貨集めの日に王城周辺をうろついて、狙ってるわけね」

 

 それを聞いて、シュカは無言で黒く大きな目をパチパチと瞬かせる。なるほど言いがかりをつけて、金貨を奪う手法かと納得したからだ。

 

「でもその子、金持ってそうにないけど?」

「うるせえ!」

「……あと、おまえより強いよ」

「あ?」


 おっさんと呼ばれた金髪碧眼の男は、一瞬で距離を詰めたかと思うと、シュカを掴んでいるハゲ男の手首をねじり上げた。


「あだっ! あだだだだ」


 みるみる顔を赤くし、痛がりながら手を離したので、シュカは首元の衣服を整えながら逃げやすい場所へと足をずらす。

 その間ハゲ男は、ねじり上げられた手を振りほどこうとして、暴れていた。


「はなせ!」

「いいけどさ。冒険者なら、ギルドの依頼でもこなせば?」

「うるせえ! おぼえてろよ!」


 ようやく手首を離され、肩を怒らせながらのしのし去っていく。

 そんな後姿をぼうっと見送りながら、シュカは小さな声でお礼を吐き出した。

 

「あり……がと」

「いいや。余計な世話かと思ったんだが、目立つのも良くないだろ。じゃあな」


 金髪碧眼の男は、頷く前にさっさと立ち去ってしまった。


 その後ろ姿を見送る左肩に、またバサバサと戻ってきた相棒へ

「……ほんとに、会えた……」

 と呟くシュカの頬には、一筋の涙が流れていた。




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 お読み頂き、ありがとうございます!

 王道ファンタジーに初挑戦&カクヨムコン9参戦作品です。

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