第26話 全部、私のために……
思わず身構え、ギュッと目を閉じる。
けれど、一向に衝撃もなければ痛みも感じず、オフェリアは恐る恐る目を開けた。
「え、これって……」
するとそこには、オフェリアの身を囲うようにあらゆる攻撃から身を守っている強力な防御魔法壁があった。グランからの物理、魔法、両方から苛烈な攻撃を加えられてもびくともしないそれからは、リアムの魔力の気配がした。
「ほら、この通りだよ。拘束魔法はかけられるけど、オフェリアの察しの通りこういう物理と魔法攻撃はリアム様の魔法防御壁によって阻まれてしまうんだ。……さすが、悪の帝王になるだけはあるよね。ハーフフェアリーのボクでさえ通用しない魔法防御ができちゃうなんて」
「リアムが……」
「契約魔法かな? しかもこの頑丈さから見るに、かなりのリソースを割いてるようだ。妬けちゃうね。ボクがオフェリアとキスさえできていればこんなもの破棄できたけど、まさかキミがボクの魅了を打ち破ってしまうなんてね。全く、困ったものだよ」
リアムの契約魔法のおかげで攻撃を受け付けないという事実に驚愕する。
同時に、このようなことを想定してリアムは事前に契約魔法を行使してくれていたことに胸が熱くなる。
(全部、私のために……)
「まぁ、とはいえリアム様と言えど人間だし、このまま押し通せばこの魔法防御壁もそのうち壊れるかもね。いい加減、精神攻撃も飽きたし試してみようか」
「っ!」
グランがニィッと愉快そうに笑う。
そして、有言実行と言わんばかりに先ほどとは比べ物にならないほど激しい攻撃が襲ってきた。
「さぁ、いつまで保つかな?」
夥しい量の武器からの圧倒的な質量と魔力量の攻撃。今のところはまだ大丈夫そうではあるが、上位魔法を使いこなすグランがこの魔法防御壁を攻略するのは時間の問題だろう。
「あぁ、もちろん心配しないで。身体はぐちゃぐちゃにしても顔は判別できるようにするから。そうでないとリアム様にキミを殺したことが伝わらないからね。ふふふ、その前にボクにこれだけ手間かけさせたぶん、たっぷり痛めつけてあげるよ。生きたまま内臓出したり、目を潰したり。うーん、どこまでやったら死なないかの実験をしてもいいかもね」
愉悦に浸るようにグランは惚けながら己れのプランを話し始める。
その内容は聞くに耐えないことばかりで、オフェリアは思わず顔を顰めた。
「リアム様は相当キミに執着してるから、早くオフェリアの亡骸を見せてリアム様に悪の帝王になってもらいたいなぁ」
「執着? 残念だったわね。確かに契約魔法はしたけど、私はもうリアムとは別れて恋人ではないから、リアムは私のことなんてきっとどうとも思わないわよ。だから、私を殺したところでリアムは悪の帝王にはならないと思うけど!」
グランの言葉に、リアムが自分に執着してたように見せてたのは全て偽りだと知っているオフェリアは自信満々に言ってみせる。命乞いというつもりではないが、少しでもグランの鼻を明かしたかったのだ。
「え、何を言ってるんだい? ……もしかしてキミ、どうしてリアム様が悪の帝王になるか知らないのかい?」
「どうしてって……」
グランの問いかけに、そういえばどうしてリアムが悪の帝王になるのか知らなかったことに気づく。
そして、彼があえて言わなかったことを思い出した。
「どうやら本当に知らないようだね。だったら優しいボクが教えてあげるよ。リアム様が悪の帝王になるのは……オフェリア、キミが死ぬからだよ」
「え?」
想定外の言葉に動揺する。
自分が死ぬからリアムが悪の帝王になるというのが理解できなかった。
「どういうこと? だって、リアムはもう私のこと……」
リアムはあのとき彼女の言葉を否定しなかった。だから、リアムはもう自分のことなどどうでもいいと思っているはずだとオフェリアは困惑する。
「あぁ、もしかしてまだ気づいてなかったの? あれは全部ボクの仕込みだよ」
「仕込み? 全部ってどういう……」
「全部さ。オフェリアを攻撃するように親衛隊をけしかけてたのも、魔法薬で存在を消すように仕向けたのも全部ボクがやったんだよ」
「っ、じゃあ今までのは……!?」
「そうだよ、ボクの仕業さ。キミがボクに頼るように仕向けるためにね。これでもリアム様にバレないように手回しするの大変だったんだよ? でも、おかげでまんまとキミを騙せた。ふふ、それにしても可哀想なリアム様。オフェリアのために尽くしたのに、信じてもらえないどころか嫌われちゃうだなんてね」
「誰のせいだと……!」
グランの種明かしに絶句する。
(今まで受けてきた嫌がらせ、あれもこれも全て仕組まれていたってこと?)
確かに、今思えば彼女達がこなすには圧倒的に知識もレベルも高すぎる攻撃を受けていた。
魔法薬しかり。閉じ込めしかり。
全部グランの思惑通り、オフェリアはまんまとその罠に引っかかってしまったというわけだ。
「おかげで、リアム様への不信感が高まったでしょう? いやぁ、成功したとはいえ苦労したんだから。特にリアム様にボクの存在がバレないようにオフェリアに接触するのは至難の業だった。リアム様は、なかなかキミから離れてくれなかったからね」
グランの言葉に初めてグランと会ったときのことを思い出す。
「じゃあ、ハンカチもわざと……」
「そうだよ。今オフェリアが持っているハンカチもキミの居場所を特定するために魔力を込めてあるんだけど、それがリアム様に気づかれないようにするの結構大変だったんだよ。それでも時々魔力探知が途切れるから、随分と手こずらされたよ」
「でも、何で私が死ぬことでリアムが悪の帝王に……」
それだけが唯一わからない。
どうやってもその繋がりだけは理解できなかった。
「それは、リアム様がオフェリアに恋をしてるからさ」
「うそ。何で……」
「さぁ、どうしてだろうね。そういうのボクは興味ないからわからないや。でも、健気だよね。世界線によって違いはあれど、何度も繰り返してるはずなのにリアム様は何度もキミに恋をして、何度もキミは死ぬ。そして、リアム様は悪の帝王になる。リアム様はそれを変えたくて何度もやり直しているらしいけど、結果は毎回同じ」
「繰り返して……」
言われて全ての辻褄が合うことに気づく。
(リアムは未来から来たんじゃなくて、この世界線を繰り返していたってこと……?)
「因果って侮れないよね。どれだけやり直しても繰り返しても経緯はどうであれ、結果は全部キミの死。それでも諦めずに何度も何度もオフェリアを生かそうとするだなんて泣けちゃうよね。……それももう、終わりみたいだけど」
「どういうこと」
「もうこれが最後のチャンスだからさ。特別な魔道具を使っていたようだけど、さすがに永久には使えないからね。繰り返しすぎてガタが来たらしいね。これ以上繰り返すことはできないみたいだよ」
「ということは……」
「この世界線でオフェリアが死んだら、リアム様は悪の帝王になるのが確定するってことさ」
「っ!」
(これが、最期のチャンス)
だから、リアムは過保護すぎるくらいに関わってくれていたのかと気づく。必要以上に離れないようにしていたのはそういうことなのかと合点がいったが、現在の状況を考えると後の祭りだ。
(リアムは本当に私のこと好きでいてくれたのか)
契約魔法で命も賭けてくれていた。それくらい大事にされていたのだと改めて気づく。
と同時に、事実を知らないとはいえリアムに大嫌いなどと傷つける言葉を言ってしまった自分の愚かさを嘆いた。
「オフェリアがいない世界に絶望して、あらゆる生物を虐殺し、全てのものを壊し尽くして悪の帝王に君臨して……ボクとしてはそのままでいてくれたらよかったんだけどね。何度もやり直しするからこちらとしても手間がかかって仕方なかったけど、もうこれでおしまい。ボクの願う世界がやっと叶うんだ! さて、そろそろ魔法防御壁も壊れそうだ。ふふ、オフェリアの無残な姿に絶望し、悪の帝王に堕ちるリアム様を見るのが楽しみだ!」
言われて、確かに魔法防御壁に亀裂が走っているのがわかる。
(リアム……! こんなに私のことを想ってくれていたのに、気づかなくってごめんなさい)
オフェリアは祈るようにリアムに謝罪する。この祈りが届かないのはわかっていたが、そう念じずにはいられなかった。
「ではさようなら、オフェリア」
パキ、パキパキパキ……バキィン……!!
けたたましい音と共に瓦解する魔法防御壁。
同時に、グランの高笑いが聞こえた。
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