第22話 ウソでしょ

「お待たせー! ごめん、リアム。ジャスパー。ちょっと遅くなっちゃった……って、あれ?」


 いつものように食事専用の部屋へと入ろうと扉を開けたら、なぜかそこは見知らぬ部屋。リアムもジャスパーもいない上に、あるのはベッドと机のみだ。

 オフェリアは「あれ、間違えたかな」と引き返そうとするも、先程まであったはずの扉は消えていて、いわゆる閉じ込められた状態になってしまった。


「ウソでしょ」


 自分の置かれた状況に一気に青ざめる。

 散々リアムに大丈夫だと言ったくせにこのザマで、これはお説教コース間違いなしだと頭を抱えるオフェリア。

 とにかくここを出ようと、攻撃魔法や転移魔法などあらゆる魔法を使って脱出を試みるも、魔力を消費するだけで出られる気配はまるでなかった。


「はぁはぁはぁ……信じられない! 普通、ここまでする!?」


 恐らく、犯人はまたあの親衛隊のメンバーだろう。

 だが、いくら何でもここまでするのはさすがに手が込みすぎではなかろうか。いくら憎いからって閉じ込めるって……とオフェリアは考えて、そういえば前回は存在を消される魔法薬を使われていたことを思い出し、ここまでされるのもあり得なくはないかと思い直す。


「あーもー! 立て続けにこの仕打ちはどうなのよ!? 存在を消すだけで飽き足らず、監禁だなんて。でも、さすがに一生このまま閉じ込められるってことはないはず」


 一般的な考えでいうと、一生閉じ込める空間を作り出すのは相当難易度が高いはずだ。リアムのようにかなり優秀な高等魔法使いだとしても、至難の業と言えるだろう。


 魔法はある意味等価交換だ。


 もし、一生という制約を課した拘束をするなら、それと同等の代価を術者も支払わねばならない。


 自分の命を捧げるか、はたまた一生をかけて魔力を捧げるか。


 さすがに嫌がらせでそこまでするとは考えられないので、これはきっと一時的なものだと考察する。


 けれど、その一時的の時間が全くわからない。


 数分なのか数時間なのか、数日なのか数ヶ月なのか。さすがに数年はないとは思いたいが。


(てか、このまま飲まず食わずとなると、今日一日が限界な気がする)


 部屋の中にはベッドと机以外何もなく、トイレすらない。どう考えても、ここで飲み食いせずに時を待つのはつらすぎる。


「うーん、どうしたものか……」


 何もない机とベッドの前で立ち尽くし、そう溢したときだった。


「あれ、オフェリア?」

「……っ! グラン!? あ、扉閉めるのちょっと待っ……」

「え?」


 __バタンッ、ドカンッ!


 不意に入ってきたグランに気づき、オフェリアがすかさずその扉の隙間に向かって魔法を放つも、時すでに遅し。無常にも扉は閉じられた瞬間に消滅し、オフェリアの魔法は何もない空間で爆発した。


「うわっ、どうしたの!? ボク、何かした!?」

「あ、ごめん! 別にグランに攻撃するつもりじゃなくて!」


 オフェリアが慌てて弁明すると、グランは訳がわからないといった様子で眉間に皺を寄せていた。


 実際、いきなり自分に向かって破壊魔法を放たれたら誰もが驚くだろう。


「ごめん、部屋に閉じ込められてたから、扉破壊したら出られると思って」

「え、どういうこと? 閉じ込められてたって?」

「あー、簡単に説明するね」


 オフェリアは今までの出来事をかいつまんで話す。一応、朝食をリアム達と一緒に別でとっていることなどは隠して説明すれば、「そうだったんだ」とグランは困惑したように眉を下げた。


「ごめんね、なんか巻き込んじゃったみたいで」

「いや、いいんだよ。むしろボクが扉を閉めちゃったせいってのもあるし」

「いやいや、あれは仕方ないよ。私ももっと早く反応してればこんなことにはなってなかっただろうし。とはいえ、まさかグランまで閉じ込めるだなんて、一体彼女たちは何を考えてるのかしら」


 オフェリアだけならまだしも、まさか無関係のグランまで閉じ込めるだなんてとオフェリアが内心憤っていると、「あれ?」とグランが何かに気づいたようで声を上げた。


「どうしたの?」

「こんなのさっきまであったっけ?」


 言われてグランが指差した方向を見れば、そこには先程までなかったはずのメモ書きが机の上に置かれていた。

 オフェリアが慌てて駆け寄ってそのメモを読むと、あまりの内容に思わず「はぁ!?」と唸るような声を漏らした。


「オフェリア? 大丈夫?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと書かれている内容が突拍子もなさすぎて」

「うん? なんて書いてあったの?」


 グランに聞かれて黙り込むオフェリア。

 そんな彼女の様子を不思議そうに見つめるグランに、オフェリアは渋々といった様子で口を開いた。


「……キスしないと出られない部屋って書いてある」

「え?」


 オフェリアは読み上げながら、羞恥で真っ赤になる。グランはオフェリアが読み上げた内容に理解が追いついていないようで、眉を顰めていた。


「えっと、キスってあの……キス、だよね?」

「多分」


 とりあえず、メモを見てもらおうとグランに差し出す。いっそ自分の見間違いであって欲しいと思ったが、グランも「確かに、そう書いてあるね」と同調し、見間違いではなかったことが確定した。


 気まずくてお互い黙り込む。


「どうしようか」


 一人で溢しながら、何か他に方法はないかと思案する。


(本当、最悪! 嫌がらせにもほどがある!)


 いくらこの部屋を出たいからって、グランとキスすることなど考えられなかった。

 オフェリアのみならずグランまで巻き込むだなんて見境ないにもほどがあるとオフェリアは憤る。

 とはいえ、何か別の方法があるならばと色々と考えるも、いい案がなかなか浮かんでこない。


「大丈夫? オフェリア」

「大丈夫。きっと何かしら攻略法はあるはずだし」


 こんな暴挙が許されていいわけがないと、オフェリアは彼女たちの策略に乗らないように必死に頭をフル回転させる。

 キス判定が出るのかわからないが、口ではなく頬や額……いっそ手の甲などにキスすることも考えたが、なるべく接触をしない方向でどうにかならないかと、オフェリアは精一杯ない知恵をふり絞った。


「ねぇ、オフェリア」

「何?」

「いっそ、もうキスしちゃおうか」

「え」


 オフェリアがうんうんとあれでもないこれでもないと考えている時間が長かったからか、痺れを切らしたらしいグランが提案してくる。


「ごめん、もうちょっと待って。他に方法を考えるから」

「でも、そうやって考えてる時間がもったいなくないかな? キスして出られるなら、とっととしちゃって出たほうが合理的だと思うけど」

「そ、それはそうなんだけど」


 正論すぎてぐうの音も出ない。

 けれど、どうしてもオフェリアは抗いたかった。オフェリアは恋人以外とキスをするということが考えられなかった。


(リアムともあんまりキスをしてないのに、他の人とするなんて……うん、絶対無理)


 もしリアムが同じ状況になったとき、他の人とキスしたらと思うとオフェリアは許せない自信があった。そのため、必然的に自分もリアムを裏切るような行為はできなかった。


「ボクとはしたくない?」

「……ごめん。恋人とかじゃない人とそういうことをするのはちょっと」

「なら、ボクの恋人になってよ」

「へ?」

「ボクと恋人になったらキスするのも問題ないよね?」


 自信に満ち溢れた顔で言われてオフェリアは困惑する。

 グランは見た目もよく優しいが、それ以外の彼の人となりも知らないし、そもそもリアムを裏切ることなど考えられなかった。

 ここはリアムと交際しているというべきかと内心オフェリアが考えていると、グランが徐々に距離を詰めてくる。


「オフェリアのことずっと可愛いと思ってたんだ。優しくするし、ボクじゃダメかな?」


 影が覆い被さってくる。

 あまりの近さに、大きく胸がどくりと鳴って胸が痛くなった。

 こういう状況に陥ったことがないオフェリアは目を白黒させる。


 そして、これはもうお手上げだと素直に白状することにした。


「ごめん。私、もう付き合ってる人がいるから」

「もしかして、リアムくん?」


 さらに近く、目の前に立たれてジッと目を見つめられる。悪いことをしているわけではないのに、なんだか問い詰められているような錯覚を起こして、オフェリアはごくりと生唾を飲み込んだ。


「そう、だけど」

「へぇ、本当にそうなんだ」


 グランが何か含みがあるようにニヤリと笑う。その笑みにはいつものような爽やかさはない。それがなんだか気味悪くて、オフェリアの背筋が寒くなった。


「なら、バレなきゃいいんじゃない?」

「え」


 思いもよらない提案に絶句する。

 けれど、そんなオフェリアの様子に気づいていないのか、グランはニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべながらジリジリとオフェリアに近づいてきた。


「今、ここにはボクたちしかいないわけだし。ボクらがキスしたかどうかなんて言わなきゃリアムくんにはわからないよ」


 見つめられて、まるで靄がかかったように思考が濁る。なんだか頭がグラグラとして、立っているのすらやっとだったが、オフェリアは己れを奮い立たせるようにグッと脚に力を入れた。


「そう、かもしれないけど……私がしたくないの」


 詰めていた息をふぅと吐き出すと、オフェリアはキッと睨むようにグランを見つめ返してハッキリと断る。そんな彼女の姿に驚いたように、グランは一歩引き下がった。


「そう。……オフェリアって案外気が強いんだね」

「えぇ、そうなの。それに、まだ色々と試してないし。意外な方法で出られるかもしれないでしょう?」

「へぇ、例えば?」

「ほら、えーっと、そう、投げキッスとか」


 この状況を今すぐ脱したいオフェリアは苦し紛れに言いながら実践してみる。

 あえてグランのいない方向に向かってチュッと軽く投げキッスをしてみれば、先程までなかったはずの扉が一瞬で現れ、思わず面食らった。


「え、うそ!? やった! 本当に出た! よかった! じゃあ、ここは開けっぱなしにしておくから、またねグラン!」


 オフェリアは逃げるように部屋から飛び出す。

 駆けながらまたもやハンカチを返し忘れていたことに気づいたものの、一刻も早くグランから離れ、リアムのところに行きたかった。

 そのため、また今度返せばいいやと今回返すのは諦め、グランからなるべく遠ざかるようにただひたすら走るのだった。

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