第3話 注目を浴びてる……

 無事にマグナ・クルガ魔法学校に到着し、入学式へと向かう。

 リアムに離れるなと言われて手を繋がれて指を絡められ、まるで恋人同士のような状態で入学式の会場である講堂へ行くことになり、戸惑うオフェリア。

 つい周りの目が気になり、俯き加減で歩いていると「具合でも悪いの?」とリアムに耳元で囁かれた。


(声もいいとか反則でしょ)


 咄嗟に羞恥で繋いでいないほうの手で耳を覆う。わざとやっているのではないかと思うほどの色気のある声に、勝手に胸がざわついた。


「悪くない。大丈夫」

「ならいいけど。いくら難関校とはいえ、人が多いからね。人酔いで正直あまり僕も気分はよくない」

「え、リアムのほうこそ大丈夫?」


 言われて顔を覗いてみれば、確かに顔色があまりよくない気がする。先程も結局疲れていたのに寝かせてあげられなかったことでオフェリアの中で罪悪感が湧き上がった。


(魔力消費って人によっては結構負担になるし、この人混みじゃ人酔いしても無理はないものね)


 マグナ・クルガ魔法学校は全世界の中でも指折りの名門校だ。数多くの王族や貴族の子息や令嬢などが通っており、国家指導者や高官なども多く輩出している。


 そのため、入学できることは王族や貴族にとってもステータスだ。

 実際、かなり限られた人数しか入学できない狭き門なのだが、さすがに今日は入学式ということもあって、いくら少数とはいえども一学年全員がいるせいでかなりの人数が密集していた。

 人によってはこの状況はかなり苦痛を伴うだろう。


 オフェリアはリアムの気分が少しでもよくなればと「ちょっと端で座る? あ、保健室に行けば寝かせてくれるかも。それともお水持ってこようか? 何か私にできることはある?」と甲斐甲斐しく世話を焼こうとすると、なぜかグイッとリアムに身体を引き寄せられて抱きしめられてしまった。


「オフェリアがキスしてくれたら治るかも」


 リアムの言葉を理解するのに数秒。

 ゆっくり脳内で彼の言葉を反芻してオフェリアは我に返った。


「え!? いや、何言ってるの。私のキスで治るわけないでしょ。それにさっきしたじゃん」

「一度したくらいじゃ足りないよ」

「無理無理無理無理。そもそもこんな周りから注目集められてるのに、できるわけないでしょっ」


 刺さる視線。

 リアムがイケメンな上に魔力が高いのはここの生徒であれば一目瞭然だ。

 そのため、男女問わず誰もがリアムのことを注目していた。


 オフェリアはこの状況に居心地悪さを感じながらも、彼の腕から逃れるように身じろぎしながら小声でリアムに抗議する。

 だが、リアムはそんなオフェリアをさらにキツく抱きしめた。


「へぇ、注目されてなければしてくれるんだ」

「っ! ちがっ、そういうんじゃなくて!」

「さっきリアムのためなら何でもするって言ってたでしょ」

「言ってない! 全然そんなこと言ってないっ!」


 先程からリアムに振り回されていることを自覚しながらも、どうすることもできない。

 せめてどうにかリアムの腕から出ようともがくも、線は細いとはいえリアムは男性なので力が強く、オフェリアの力じゃどうにも抜け出せなかった。


「リアム〜! 入学式、このまま受ける気?」

「僕としてはこのままでもいいけど」

「冗談でしょ?」

「そう思う?」


 ニコニコとして読めないリアム。

 このままでは本当にこの状態で入学式を過ごさないといけないかもしれないと、オフェリアはだんだんと焦りが募る。


「本気?」

「もちろん」


 清々しいまでの笑顔のリアムに対し、オフェリアはますます追い込まれる。


(え、これ本気でしないといけない感じ? というか、いい加減ずっとこのままは居た堪れないんですけど〜)


 未だに抱きしめられているせいで、不快感や好奇心に満ちた目が自分に向けられてるのが痛いほどわかるオフェリア。

 図太い性格や気にしない性格であれば問題ないだろうが、オフェリアはどちらかといえば気にしすぎる性質なので、この状況はかなり居心地が悪かった。


(あぁあああああ、もう背に腹はかえられないっ)


「リアム、目を瞑って」


 オフェリアは覚悟を決めると、リアムの目をまっすぐ見つめる。

 すると、リアムはオフェリアに言われた通り目を閉じた。


(自分からすると思うと緊張する)


 キスなんてそんなに簡単にできるもんじゃないでしょ、と心の中で悪態をつきながらもオフェリアは意を決して背を伸ばす。


 あともう少し。


 吐息が触れ、ほんのちょっとで唇が重なるそのときだった。


「おやおや。入学式早々仲睦まじくしている方達がいるかと思ったら貴方様でしたか」


 不意に声をかけられて、リアムが気を取られている隙にオフェリアは慌ててリアム身体を剥がす。

 どうにか距離を取ってからオフェリアは声がするほうに顔を向けると、そこには長い金髪を一括りにした褐色の美男子が立っていた。


「……ジャスパー、空気を読め」

「おやおや、そんな怖い顔なさらないでください。お二人が無事にお会いできたようで何よりです」

「ふんっ、僕の邪魔をしていてよくもぬけぬけと」

「えっと、どなた? リアムの知り合い?」


 仲がいいのか悪いのか、ジャスパーと呼ばれた青年は人の良さそうな笑みを浮かべているのに対し、リアムは打って変わって不機嫌さを露わにしていた。


「彼はジャスパー・ブロングル。僕達と同い年で同じ新入生だよ」

「え、え、ちょっと待って。ブロングルってあのブロングルグループの?」


 ブロングルグループとは世界有数の資産家で、あらゆる魔法の根源であるマテリアルを発掘し、インフラとして利用している世界屈指の大企業だ。

 魔法と言えばブロングルと言っても過言ではなく、最近では医療や食品など多種多様な分野にも手を伸ばしていた。


「はい。そのブロングルグループのブロングルで間違いないです。一応、リアム様の後見人でもあります」

「え、リアムってブロングルグループがバックについているの……?」


 悪の帝王になるからにはそれなりの資産などが必要になるのは予測できるものの、まさかブロングルグループが出資しているだなんてそりゃ世界が掌握されるわけだわと思わずオフェリアは納得する。


「ジャスパーは将来、僕の配下になる存在だからね」

「配下って、悪の帝王の配下ってことよね」

「えぇ、そういうことです」

「てか、ブロングルさんもリアムの未来のこと知ってるの?」


 ジャスパーの話ぶりに、どうもリアムが悪の帝王になるということを把握しているようだった。またもや自分だけが状況を理解できていないことに困惑するオフェリア。


「ジャスパーで結構ですよ。オフェリア」

「え? え? ジャスパーも私の名前を知ってるの?」

「えぇ、もちろん。それとリアム様のことも、オフェリアのことも色々と事情は把握してますよ」


 さらっととんでもないことを言ってのけるジャスパー。リアムといい、ジャスパーといい、どうして彼らは色々と知っているのか。


(もしや未来人とか? いや、まさかね)


「ジャスパー。軽々しくオフェリアの名を呼ぶな」

「おや、男の嫉妬は見苦しいですよ?」

「煩い。黙れ」

「やれやれ、オフェリアのことになると随分と器が小さくなりますね。昔はもっと……」

「ジャスパー」


 リアムの唸るような声に関係ないはずのオフェリアが、びくりと身体を震わせる。それくらい、リアムの圧力が凄まじかった。


「失礼。失言でしたね。ところで、どこまでお済みに?」

「契約魔法は済ませた」


 リアムの言葉に目を見開き、驚いた様子を見せるジャスパー。そして、ジャスパーはオフェリアを見たあと、「さすがオフェリアですね」と感嘆した。


「よかったですね、リアム様。これでもう悪の帝王にならずに済むのでは?」

「あぁ。だからジャスパーもくれぐれもオフェリアには手を出すなよ」

「…………」

「おい、何とか言え」


(主従関係というよりも親友みたいな感じなんだな)


 まだ会って大して時間が経っていないのに、リアムに仲の良い友人がいることをなぜか嬉しく思うオフェリア。

 万が一、オフェリアがストッパーとして役に立たなかったとしても、気のおけない友人がいれば悪の帝王にならないのではないかと勝手に期待する。


「オフェリア。何か期待しているようだけど、僕はオフェリアがいなくなったら悪に堕ちるからね」

「いや、だから何で思考が読めるのよ」

「オフェリアは顔に出やすいですからね」

「何でジャスパーも私の考えてることがわかるのよ」


 私だけ何も知らないなんて、とオフェリアが口を膨らませると「オフェリアはそのままでいてくれればいいんだよ」とリアムに言われて頭を撫でられる。

 オフェリアはリアムの態度に納得できなかったが、ジャスパーに「ほら、イチャつくのは結構ですが、入学式始まりますよ。初日から学校側に悪印象を持たれるのは色々と不都合なのでは?」と言われ、私達は慌てて講堂へと入るのだった。

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