悪の帝王の恋

鳥柄ささみ

第1話 何がどうなってるの!?

「リアム・シャルムが悪の帝王になるのを阻止せよ、か。難しい任務ね」


 マグナ・クルガ魔法学校行きのコンパートメント内で一人険しい表情で資料を見つめるオフェリア。

 そこには将来悪の帝王としてこの世界を闇の力で支配するとされるリアムの詳細な個人情報が掲載されていた。


「不義の子で孤児院に捨てられ、その後孤児院内の一部が虐待。魔法発現後は虐待に加担していた人々を自分の手は汚さずに返り討ち。人心掌握の術に長けていて、カリスマ性を持ち合わせており、成績優秀で眉目秀麗。現在は私と同い年の十六才、ね。……何で将来悪の帝王なんかになるんだろ」


 不義の子であることで孤児院に捨てられ、虐待されたことはこの世界に対して憤りを感じる理由としてわからなくもない。

 だが、その後はどうも悪の帝王に堕ちる要素が見当たらなかった。


 普通に生きていればきっと優秀な高官などになれるだろうし、下手したら悪としてではない王……国家指導者になる資質だって持ち合わせているだろう。

 だからこそ、どうして彼が将来悪の帝王になるのか腑に落ちないオフェリアは様々な理由の可能性を考えるも、どれもいまいちピンと来なかった。


「まぁ、阻止せよって指令だし、要は抹殺ではなく更生させればいいってことよね。殺害するわけじゃないなら気が軽いし、まだマシか」


 殺害命令ではないことにちょっとホッとする。

 指令とはいえ、善良なオフェリアは人に危害を加えるのはあまり得意ではなかった。


 だから今回、ただリアムが悪の帝王にならないように未来を改変すればよいだけなので気が楽ではあるのだが……。


「まずはどうやって接触しよう」


 このまま普通にマグナ・クルガ魔法学校行きの列車に乗っていれば学校に到着し、その後入学式だ。


 今回の任務でオフェリアはマグナ・クルガ魔法学校に入学し、リアムを監視しつつ悪の帝王にならないよう友人として彼の未来を修正しなければならない。

 しかし、まずはどうやって接触して友人になるのかが問題だった。


「そもそも同じクラスになれるかもわからないし、同じ寮に入れるかもわからないしな。となると、どうやって接触するか、ね」


 できれば入学式時点で顔を合わせて認知してもらい、入学式後か初回授業くらいにはある程度交流しておいたほうがいいだろう。


(第一印象はなるべくよいほうがいいわよね。となると、同じ寮生であるに越したことはないけど……)


 マグナ・クルガ魔法学校はハウスシステムを採用していて、空・海・陸・星の四つの寮で構成されている。


 各寮はそれぞれ得意な魔法や性格によって選ばれ、空であれば風の魔法や光の魔法が得意な気位の高い性格、海であれば水の魔法や闇の魔法が得意な大人しい性格、陸であれば炎の魔法や地の魔法などが得意な明るい性格の生徒が選ばれることが多かった。


 そして、星は全ての魔法が秀でている生徒が入れる寮で、各学年二人しか入れない狭き門の寮である。

 そこに入れば必然的に生徒会役員に選ばれ、みんなの模範的な生徒にならなければならない。


 だがそのぶん待遇もよく、一年生から個室をあてがわれ、将来も希望の職へと推薦してもらうことができるどこよりも優秀な寮で誰もが憧れる寮であった。


(うーん。リアムのプロファイル見てると、どう考えても星の寮に入りそうな可能性大なのよね)


 もしリアムが星の寮に入ってしまった場合、接触するハードルがかなり上がることになってしまう。

 寮が違えば、それだけ接触の機会も減るし、ただでさえ異性同士ということで常時監視なども厳しいため、どう対処するかオフェリアは頭を悩ませた。


「あぁ、ここにいたのか。邪魔をするよ」

「え?」


 突然がらりとコンパートメント席の扉が開いたかと思えば、そこにはなんと今回の任務のターゲットであるリアムがいた。


 ちなみに、ここはオフェリア専用のコンパートメント席で、気配遮断魔法を使ってこの車両は一般的な生徒には見えなくしていた。

 それなのにどうしてここにリアムがいるのか、と想定外の事態にオフェリアが呆然としていると、なぜか堂々と入ってきてオフェリアの隣に腰かけるリアム。


 そして何を思ったのか、リアムは座っているオフェリアの膝に頭を乗せるとごろりと寝転がった。


「は? え、何? 何? 何?」


 状況が理解できなくてパニックになるオフェリア。


 この任務はつい先日言われたばかりのもの。


 もちろんリアムとの面識はなく、こんな形で接触するのは想定外の想定外というかあり得ないことだった。


「煩いよ、オフェリア。僕は疲れているんだから静かにしてくれないか」

「え、何で私の名前」

「キミのことは全部知ってるよ。オフェリア・クラウン。十六才。代々続いている由緒ある貴族の家系でありながら、王族の血も庶民の血も混じっている雑種。実家が裕福でありながらも自立心が強く、自分の食い扶持を得るために魔導師正常化機関に所属。優秀なエージェントであり、あらゆる魔法に卓越していて、どんな難易度の高いミッションもこなしてきた。性格はお節介焼きで困ってる人物を見逃せない。指令であっても信念を曲げるものは受けないし、実行しない。魔法幻獣が好きでペットとして飼いたいが、エージェントゆえに四六時中一緒にいられないため泣く泣く我慢中。ちなみに今回の任務は、僕が将来悪の帝王にならないようにすること。違う?」


 すらすらと流れるようにオフェリアの個人情報を口にするリアムに絶句するオフェリア。

 どれもこれも正しい上に、誰にも知られていないはずの事柄まで詳細に話されて、オフェリアはこれは夢かと無意識に自分の頬をつねるほどには何が起こっているのか理解できていなかった。


「な、何で、リアムがそんなことまで知ってるの」

「何で知ってるかは秘密。でも、僕がこうして近くにいるほうが任務しやすいでしょう?」

「そ、それは、そうだけど……」

「オフェリアは僕を悪の帝王にしたくないんでしょ? だったらキミはずっと僕のそばにいて。僕から離れちゃダメだよ」

「えぇぇ……?」

「とにかく僕は疲れたからもう寝るよ。学校着いたら起こしてくれる? 寝てる間に襲われる可能性もあるけど、そのときはよろしく」

「よろしくって、え、ちょっと、この状況で寝るの!? てか、襲われるって何!?」


 オフェリアが喚くのも虚しく、リアムはそのまま目を瞑ってしまった。


(一体何がどうしてどうなってるのー!?)


 オフェリアは叫びたい気持ちをグッと堪えながら、リアムの寝顔を見つめるのだった。

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