4-10 人間賛歌

『大福くんは私が守るッ!』


 それは、この場にいないはずの人間の声。


 とても聞きなじみがあり、声を聴くだけでどこか安心出来るような気持ちになった。


 その声が、大福の背後から幻聴のように聞こえる。


 同時に、大福の背後から暖かな光が溢れ、その背中を優しく押してくれているようであった。


 頑張れ、と。負けるな、と。


 大福を勇気づけるその声に押され、大福の思考が限りなくクリアになる。

 そして、その解決策の一端を掴んだ。


『オルフォイヌ……テメェに頼らなくても、俺はこの勝負に勝つ!』

『ほぅ……』

『エルスウェムヤダを倒し、地球を守る! 見てろよ、俺は……』




 矢田の背筋に悪寒が走る。


 今までに感じた事のない危機感を覚えた矢田は反射的に後ろを振り返った。

 そこには、


『ば、バカな……』


 触手の拘束を解き、自由になった大福がいたのである。


『バカな! ありえない! 貴様、どうやって……!?』

『どうやって? はは、何もしなくても壊れたぜ』


 大福を拘束していた触手は、影も形もなく、残りカスすら残さずに消え失せていた。


 大福が能力を使ったような素振りはなく、誰か別の存在の助力を得た様子でもない。


 だがそれでも、大福が自由になっているのは事実。


 そこに何か、トリックはある。


『貴様がどんな小細工を弄しようと、何度でも拘束するまでッ!』

『やってみろよ、三下ァ!!』


 大福の挑発に乗り、矢田はもう一度強固な触手を産み出し、それを大福に差し向けた。


 先ほどと同じく、身体をグルグルに縛り上げ、その自由を奪い取るつもりだった……のだが、


『なにッ……!?』


 触手が大福に触れた瞬間、その触手がボロボロと崩れ落ちて行ってしまう。

 そしてその崩壊は連鎖し、瞬く間に触手全体へと広がっていく。


 一秒を待たない間に、触手は跡形もなく消えてしまったのだ。


『これは……どういうことだ……!?』

『矢田、テメェは一つ、失念していることがあるぜ』


 勝ち誇った笑みを浮かべ、大福は矢田を指差す。


 その失念していた事というのは、大福も今の今まで忘れていた事だ。

 それは最重要かつ、状況をひっくり返す一手になり得るというのに。


『僕が失念していること!? そんなもの、あるわけ……』

『この宇宙空間という極地に置いて、ミスティックでもなければ生身では活動できない』

『なに……?』


 大福が口走ったのは、至極当然のことであった。


 地球上の生物が宇宙空間に放り出されれば、まともに活動が出来るわけもない。

 それこそミスティックでもなければ、宇宙空間で戦闘など望むべくもないはずなのだ。


『だからこそ、俺もお前も、俺の事をミスティックだと思っていた』

『そんな……まさか……』

『けど違うんだよ。俺はミスティックじゃない。俺の中のオルフォイヌは全て消し去られたはずなんだ』


 先ほど、大福が見ていたのは白昼夢とでも言うべき幻覚だったのだろう。

 しかし、それでも大福の中にミスティックである成分が残っていたのもまた、事実なのかもしれない。


 そのわずかに残ったミスティックを消し去ることで、大福はようやく断言することが出来る。


『俺は――俺は、人間だッ!』

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