3-18 相対する二人
矢田の使った能力――少しズレた世界に人間を監禁した能力は、少し扱いが難しいところがあった。
そもそも収容人数に限りがあった事、世界を維持するのに制限時間があった事。
そして世界を切り取るに際し、複数の条件が存在していた事である。
それだけ、世界に影響するような大規模な能力は特殊かつ高度というわけだ。
その条件の中に『ズレた世界が元に戻る際、ズレた世界内での状況をある程度、元の世界に引っ張る』というものがあった。
もし、ズレた世界内に監禁されていた人間が病気を
では、大福がバックパックを背負った状態で、矢田の能力が解除されたならば。
それは自由に空を飛べる大福が、元の世界へ戻ってくることになるわけだ。
「やっぱりだ! 間違いない!」
キラキラと陽光を照り返しながら上空へと上っていく謎の物体。
それを認めた瞬間、大福の脳裏にハルの姿がよぎった。
その直感を信じて、なりふり構わずここまでやって来たのだが、ドンピシャであった。
「何が起こってるんだ!? 全然意味がわからん!」
遠目から、謎の球体の中に浮くハルを認め、それが上空へと上っていくというこの状況。
常識では全く考えられないことばかりだが、ハルの存在がすでに常識の
今、そうなっている。という事実だけを受け入れ、それを解決するために動くべきだ。
「五百蔵くんにバンドを借りていて良かった。これがなければ、すぐに駆けつける事も出来なかった!」
今、大福の背負っているバックパックは、完璧にオペレーターの手を離れ、大福にコントロールが移されている。
何せ、今はズレた世界とは時刻も違う。
バックパックのアトラクションは、本来昼間のみで行うモノで、夕刻に近くなると撤収が開始されるはずだからだ。
本来ならば飛んでいるはずのないバックパックが一機、大福に背負われて、今も元気にプロペラを回している。
不思議な状況ではあるが、これも矢田の能力の
おそらく、全てが終わった事後、どこかにしわ寄せが行くのだろうが、それは大福の知ったことではない。
「もっと高度とスピードを上げろ!」
バンドによる操作によって、バックパックは驚くほど簡単に大福の言う事を聞いていた。
まるで本当に背中に羽が生えたような錯覚。
自由に空を飛ぶことの素晴らしさを実感できる状況ではあったが、それをかみしめている場合でもない。
「限界まで……いや、限界を越えて出力を上げろ!」
大福の声に応えるように、バックパックは大きな唸りを上げる。
その甲斐あってか、未だに上昇をやめない水槽へと、ジワジワと近付いているようであった。
だが、黒幕がそれを看過するわけもない。
「おいおい、僕の事は無視かよ?」
「矢田! お前が犯人か!?」
遥か上空へと浮かんでいく巨大な水槽と、その中に囚われたハル。
それを見送っている矢田は、助けようとする大福の目の前を塞ぐように現れた。
この状況、矢田のスタンスなど子供でも簡単に推測出来るだろう。
だが、矢田はそれを看破されても、微塵も気にした様子はなく、薄ら笑みすら浮かべている。
「だったらどうする!?」
「押し通るッ!!」
「その意気や良しッ!!」
まっすぐに水槽を目指す大福と、その間に立ちはだかる矢田。
矢田は大福を迎撃するかのように両手を広げると、それに呼応して彼の周りに幾つもの光の弾が浮き始めた。
「ヤバい!」
本能的に危険を察知した大福は、思い切り身をよじる。
バックパックもそれにつられて旋回し、その軌道が大きく逸れることとなった。
次の瞬間、大福のいたはずの場所に、光の筋が通る。
光の筋は瞬く間に海面に着弾すると、そこで爆発が起こっていた。
バックパックのプロペラ音にも負けないほどの轟音が響き渡り、大きな水柱が立ち上がる。
たったそれだけで、アレがとんでもない破壊力を持っていることが理解出来た。
「や、ヤバい……かするだけでも致命傷か……!?」
大福の頬に冷や汗が伝った。
そもそも生身で飛行することは不可能である大福。
もしあの光が大福に当たらなかったとしても、バックパックをかすめただけで、そのまま大福は墜落、海面に叩きつけられてデッドエンドだろう。
「冗談じゃない! こっちには攻撃手段はないんだぞ!」
それは当然のことである。
大福本人はそもそも戦闘能力など持ち合わせないし、背負っているバックパックは民間のアトラクション用に作られたものである。武装など搭載しているわけもない。
大福の手札に『迎撃』はなく、なんとか回避しながら矢田を突破し、ハルを助けなければならないとなると、このミッションの難易度が不可能レベルまで引き上げられているように思えた。
「……でも、それでも!」
それでも大福は諦めることを知らない。
どんな無理難題だろうと、挑むことをやめない。
そんな心根であれば、ハルとの勝負なんてとっくに投げ出している。
大福の瞳には、闘志しか宿っていなかった。
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