3-19 無理を徹せば、道理がひっこむ

「武器がないなら……ッ!」


 大福の意気に答えるように、バックパックがもう一度唸りを上げる。


 想定されていた最大スピードを越え、まるで弓から放たれた矢が飛ぶように、大福はグングンと高度を増していく。


往生際おうじょうぎわの悪いッ!」


 それを嬉しそうに見据えた矢田が手を振ると、彼の周りにもう一度、光の弾が複数浮き始める。


 それらもまた矢のような形を取って、大福へと殺到していく。


 四方八方からの矢雨に晒され、大福はそのまま撃ち落とされたかに思えた。


「うおおおおおおおおおッ!」


 だが、大福の瞳は一筋の光明を見ていた。


 雨のような矢の間に、生き残るための道筋があったのである。


 それを、全くブレずに、空中に描いたラインを寸分違わずなぞっていく。


 直後、空中で光が弾ける。


 矢田の放った光の矢が空中でぶつかり合い、炎を巻き上げて爆ぜたのである。

 それを見て、矢田は大福を討ち取ったと思っただろう。


 だが、それは違う。


「……なに!?」


 爆炎を逆光に、まっすぐに飛んでくる影が一つ。

 それは間違いなく大福であった。


「バカな! アレを回避しただと!?」

「どぉけええええええええッ!!」


 動揺する矢田に向かって、大福は拳を突き出す。


 バックパックに武器は搭載されておらず、大福には戦闘能力がない。


 であれば、取れる手段と言えば原始的な戦法しか無かったのである。


 即ち、拳だ。なんなら体当たりだ。


 それは矢田の予想の外を行く手段であった。


 当然、それを目の当たりにして、矢田の思考も一瞬鈍る。


 ゆえに回避をするのも間に合わず、


「がぁっ!!」


 大福の拳は矢田の胴体に突き刺さるかのごとくにぶち当たり、まるでスポーツカーに跳ね飛ばされたかのように矢田の身体は放物線を描いて飛んでいった。




「先輩ッ!」


 邪魔する者はいなくなった。


 大福はすぐに上空を見上げ、水槽との距離を測る。


 水槽はすでに雲間くもままぎれて、その姿も確認しづらい距離まで離れてしまっていた。


「でも、やるしかないッ!」


 バックパックがどれだけ飛べるかは、今は考えないことにする。


 今は出来得る限りの最善を尽くすべきだ。


 そう思って、大福は改めてバンドを操作し、バックパックに喝を入れて急上昇を始めた。


 耳が痛くなるほどの気圧の変化を受けながらも、そんな些末さまつを気にしている暇はない。


 そうしなければ、ハルが手の届かない場所まで行ってしまう。


「そんなこと、認められるかぁッ!!」


 雲を断ち割り、大福は高く、高く飛び上がる。


 さながら打ち上げられたロケットのように。本当に宇宙を目指すかの如く。


 大福と水槽との距離はグイグイと縮まり、大福は水槽の巨大さに目を疑った。


「なんだってこんなもん作ったんだ……!?」


 球状の水槽は、ある意味で芸術的な価値を匂わせたが、だからと言ってそれを放置しているわけにもいかない。


 矢田は倒したのに、依然として上昇をやめないこの水槽は、どうにかしなければならない。


「大福くんッ!」

「ハル先輩!」


 水槽の中からハルの声が聞こえてくる。

 満タンまで満たされた水のほぼ中心に、彼女の姿を確認できた。


「先輩、離れてろ! その水槽、俺がぶち破ってやる!」

「大福くん、ダメ! この水槽の壁は、どんなに衝撃を与えても壊れないの!」

「んなもん、試してみないと――」


 ギュン、と音を立てて、大福が水槽を追い抜かす。


 そして水槽の真上で停止すると、今度はプロペラを逆回転させて急降下を始めたのだ。


 速度は当然、自由落下よりも速く、まるで小さな隕石が降ってくるかのような勢いで、大福は水槽へとぶつかっていったのだ。


「――わからんだろうがぁッ!!」


 上昇を続ける水槽と、急降下をする大福。


 その相乗効果でぶつかり合う両者の衝撃は、本来生身の人間が耐えられるようなモノではなかった。


 常識的に考えれば、両者がぶつかった瞬間、バラバラに弾け飛ぶのは大福の方だったはずなのだ。


 だが、この場に常識的なモノなど、何一つなかった。


 大福の足先が水槽の壁に触れた途端、それはまるで薄いプレパラートのごとく、一瞬にして亀裂を走らせ、音を立てて粉々に砕け散る。


 壁によって蓄えられていた水も、四方八方へと飛び散り、軽い局地的な豪雨の様に地上へと降り注いでいく。


「……うそ」


 その光景を前に、ハルは目を丸くしていた。


 自分がどれだけ努力しても突破できなかった壁を、大福がいともたやすく破壊してしまったのだ。


「先輩ッ!」


 そんな大福が、ハルに手を伸ばしてくる。


 冗談みたいな光景だと思った。


 つい数か月前まで知らなかった男の子が、これほどまでに自分の心を動かしてくる。


 彼を知る度、彼と言葉を交わす度、どんどんとかれていく。

 それが楽しくもあり、怖くもあった。


 まともに対人能力を身に着けてこなかったハルにとって、大福は未知だった。

 だから、近付くのが怖かった。


 でも、今は違う。


 自分に向かって手を伸ばしてくれる姿が頼もしい。

 かけてくれる声が嬉しい。

 彼の全てが愛おしい。


 だから、


「大福くんッ!」


 ハルは大福の手を取り、二人はしっかりとその手を繋いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る