5-4 株式会社ブルームスター

 奈園島市街区。


 高層と呼べるほどの背の高い建物はないながら、人通りはやけに多く、学園が放課後になったこの時間でも仕事に追われているらしい会社人がそこかしこで見られる。


 春という季節も中盤に差し掛かり、これからどんどんと気温が上がっていくであろう事が予想される昨今、日本列島でも南の方に位置している奈園では、すでに夏の陽気の片鱗が見えていた。


「最近、暑くなりましたねぇ」

「そう? ……私はよくわからないけど」


 そんな町中を、大福とハルが並んで歩いている。

 上着を脱いでいる大福とは対照的に、ハルはきっちりと制服を着ており、額に汗すら浮いていない。


「先輩が涼しげなのも、能力のお蔭なんスか?」

「私は能力を使っているつもりはないけど……もしかしたらそうなのかも」


「無意識の能力ってことですか?」

「可能性の話だけどね。……もしかしたら、私の能力は奈園島全体に波及はきゅうしていて、街は全体的に過ごしやすい気候であるはずなのに、大福くんにだけは通用してないのかも?」

「だとしたら、俺のこの特性も恨めしいことがあるものです」


 他の人間が全員快適を享受きょうじゅしているのに、自分だけが爪弾つまはじきなんて事は、あってはならない。


 大福の浅ましさが牙をむき、周りの人間を睥睨へいげいしてみた……のだが。


「やっぱり周りの人間も暑そうですよ」

「じゃあ、私だけに許された特権ね」


「チクショウ! 俺にも清涼感を寄越せ!」

「だったら、あなたのおかしな特性をオフにすることね。そうしたら考えなくもないわ」


「……仮にオフに出来たら、すぐに俺を遠ざけるくせに」

「チッ、バレたか」


 全く悪びれもしないハルに対し、大福はすこし空恐ろしさを覚えた。



****



 そんなこんなで、二人が訪れたのはとあるビル……の地下。


「奈園は夏になると強い台風に見舞われる事もあるから、あまり高い建物を作らない様にしてるらしいのよ。代わりに、地下に建物を伸ばしてるのね」


 エレベーターで地下階を目指す途中に、ハルがそんなことを話す。

 奈園ニュービーの大福に対するレクチャーのつもりなのだろう。


「他の台風地域に比べて、奈園は元々無人島に近い島を一から開発してるからね。景観も気にして、インフラを地下に埋めたりしているから、地上に電柱もないでしょ?」

「でも、地震被害はどうするんですか? あらゆるモノを地面に埋めてたら、地盤に影響出たりしません? 地震で崩壊してヤバそう」


「ところがどっこい、地震対策もバッチリなのよ。詳しく説明すると長くなるから端折はしょるけど、地下をブロック構造にしていて、各ブロックで耐震処理を行う事によって、相乗的に効果が倍増しているらしいよ」

「……説明を端折る、なんてもっともらしいこと言ってますけど、先輩も良く知らないのでは?」

「さて、もうすぐ目的地に到着だね!」


 ハルが下手な誤魔化しをしている内に、エレベーターは目的地にたどり着いた。




 オフィスフロアであるらしい階で降りた二人。


 乗降ロビーの壁に案内板が貼ってあり、このフロアに存在している各テナントが名を連ねていた。


 だが、そこに神秘秘匿會という文字はない。


「降りるフロアを間違えたんじゃないですか?」

「……大福くん、秘匿會はその名の通り、神秘を秘匿している団体よ? 自分たちが堂々と表に看板を掲げるわけないでしょ」


「そりゃそうか。……え、じゃあみだりに名前を口に出してはいけないのでは!?」

「ここなら大丈夫じゃない? 看板は出してないけど、このフロア全体が秘匿會のダミー会社だから」

「全部!?」


 このフロアに入っているテナントは全部で十個。

 それら全てがテナント料を払っているとすれば、維持費だけでも相当高いのではないか、と予想も容易たやすい。


「え? 秘匿會って金持ち?」

「そうでしょうね。……怖気おじけづいた?」


「ば、ばばば、馬鹿言うなぃ! 俺様がビビるわけねーでしょ! こちとら地元じゃ無二のタフガイで通ってんじゃ!」

「あなた、幾つ通り名持ってるのよ……」


 口から出まかせということは見抜きつつ、ハルは呆れた表情を大福に向けた。

 そんな冷たい視線から逃れるように、大福は話題を変える。


「そ、それより先輩、ここからどこに向かうんですか?」

「ん? ああ、一応支部オフィスに挨拶して、資料室かな」


「へぇ~、こんな地下に資料室! なんか秘密基地っぽい! なんとかレンジャーみたいな!」

「そんな大したもんじゃないけどね。じゃ、行こうか」


 ハルに先導され、大福も空調の利いた廊下を歩いた。


 静かな雰囲気のオフィスフロアは、今は人通りもなく、なんだか妙に緊張してしまう。


 しかも一緒に歩いているのは美人の先輩。

 大福は改めて現状を意識してしまい、落ち着くために一度深呼吸を挟もうとしたのだが、その時ふわりとエアコンの風が香りを運ぶ。


「おっ……」

「ん? なに?」

「あ、いえ、ナンデモナイデス!」


 動揺する大福の反応を、いつもの挙動不審ととったのか、ハルは怪訝けげんそうな顔はしたものの、深く突っ込まずに前を歩き始めた。


 その間も、大福は落ち着くようにトントンと胸を叩く。

 間違いなく、先ほどの香りはハルのモノだろう。


(なんか、めっちゃいい匂いした……!)


 別ににおいフェチというわけでもなく、他人の匂いを嗅ぐのが趣味というわけでもない。


 だが、だからこそ不意に訪れた良い香りに激しく動揺してしまう。


 狭い廊下、快適な空調、前を歩くハルと風向き。

 いろんな要素が組み合わさって訪れたハプニングであろう。


 だが、それにしても急に鋭くなる自分の嗅覚に、大福自身も驚いていた。


(俺ってこんなに鼻が良かったか……?)

「ここだよ」

「へぁい!?」


 気が付くと、前を歩いてたハルがドアの前で足を止めている。


 廊下の突き当りにあるテナント、看板を確認すると名前は『株式会社ブルームスター』というらしい。


「ブルームスター……ほうき星ですか。なんか意味があるんスかね?」

「なんでも、二百年前に活動していた対ミスティックの実働部隊の名前から頂いたんだってさ」


「え、じゃあ知ってる人からモロバレなのでは? 敵対組織もいるのに、秘匿會の名折れでは?」

「カチコミしてきたら、返り討ちにするだけの自信があるんでしょ」

「え? そんな武闘派集団なの……?」


 ビビる大福を他所に、ハルは無遠慮にもノックなしでドアを開けた。


「こんにちわ」

「……あら、ハルちゃん」


 中は中規模のオフィスになっており、受付の奥にはパーティションで区切られてパソコンやデスクが並んでいるようだ。


 受付には人がおらず、ハルが気持ち大きめの声で挨拶をすると、奥から返事が聞こえたあと、続けて足音が響いてくる。


 姿を現したのは……


「ま、真澄さん!?」

「おや、大福くんも一緒か。案外仲良し?」

「ええ、まぁ「やめてください!」


 肯定しようとした大福に被せて、ハルが語気強めに否定した。

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