5-5 座学の時間

 二人の様子を見てクツクツ笑う真澄に対し、ハルは気を取り直すように咳払いを挟んでから話しかける。


「真澄さん、今日はどうして支部に?」

「ああ、ちょっと打ち合わせ。島の北部で会合があるってんで、そっちに向かう人間の選定と、スケジュールの詰めね」


「北部で会合? 珍しいですね、支部でやらないなんて」

「まぁ、そう言う事もあるさね」


 奈園島は実は南北に長い島である。

 そして島は三つに区分され、南部、中部、北部と分けられている。


 大福たちが生活している地域は南部。北部まで出かけるとなると車でも二時間くらい掛かる距離になるだろう。


 そこで会合を行い、また帰ってくるとなると一日仕事になる。


 それを気にして、大福は真澄に近寄る。


「真澄さんも、その会合とやらに出るんスか?」

「ううん、私は青葉も大福くんもいるし、そっちには出ない事になったわ。日下さんや羽柴はしばさんなんかは参加するらしいから、南部が若干手薄になっちゃうんだけど」


「羽柴さんって方は、俺は初耳ですけど」

「あぁ、そう? だいたい日下さんと一緒にいるから、もう面通めんとおししてるのかと思ってた」

「……言われてみれば、日下さんの隣にもう一人いたような」


 最初に日下とすれ違った時、彼はもう一人、スーツ姿の男を引き連れていたような気もする。

 それが羽柴という人物なら、確かに目に入ってはいるが、見知ったとは言えないだろう。


「挨拶しといたほうがいいんかな……?」

「まぁ別に知り合わなくたって不都合はないでしょ」


 なんだか投げやりな感じの真澄であるが、これが彼女の通常営業と言えばそうなので、大福もハルも特に気にしたりしない。


 ただ、羽柴とやらが聞いたら、ちょっと悲しい気持ちになるかもな、とは思った。


 そんな大福の慮りを知ってか知らずか、ケロッとした真澄が首を傾げる。


「それより、二人はどうしてここに? デートにしちゃ色気がなさすぎるでしょ」

「デートじゃありません! 大福くんに――」


「おっ! 名前で呼んでる!」

「――にミスティックやウノ・ミスティカがどういうものか、知ってもらうためにここに来たんです。資料室の鍵、あります?」


 真澄の指摘に、目に見えて不機嫌な面になったハルは、用件をぶっきらぼうに伝える。


 そんな反応を見て、真澄は楽しそうに笑いながら、受付の棚を漁った。


「ほい、資料室の鍵ね」

「ありがとうございます。それじゃ……」


「資料室、二人きりだと思うけど、気を付けてね?」

「……何をですか」

「色々と?」


 真澄は半笑いのまま、オフィスを出て行ってしまった。


 それとほぼ同時、オフィスの壁にかけてあった時計が六時を報せた。

 まだ日の入りも早い時期である昨今、外に出れば空は暗くなっているのだろうな、と想像がつく。


「私たちも用件を早く済ませちゃいましょう」

「早く済むもんなんスか?」

「あなたの理解力が高ければね」


 真澄にいじられて不機嫌になったのは構わないが、その苛立ちを皮肉と言う八つ当たりで解消しないでほしい、と思う大福であった。



****



 資料室とは言っても、そこもテナントの一つであった。


 看板は下げられていないモノの、ブルームスターの倉庫として使われているらしく、鍵がしっかり掛かっている。


 それを、ハルは先ほど持ってきた鍵で開錠し、全く遠慮もなしに中に入る。

 明かりをつけると、そこには背の高い棚が所狭しと並んでいた。


「そこのテーブルを用意して。映像資料もあるから、モニターもね」


 ハルに指示されて、大福はテーブルと椅子、そして映像を見るために携帯端末をモニターに繋げる。


 そうこうしている間に、ハルも棚から資料を見つけたようで、いくつかのメモリーカードを手に戻ってきた。


 それを見て大福はしみじみと頷く。


「今や紙媒体での資料ですらないとは、流石奈園って感じですかね」

「紙媒体は別所で残してるけど、こっちの方が省スペースだし手軽だよね、ってこと。信頼度で言えば電子データより紙に残した方が高いからね」


「なるほど。……ってことは、あのズラッと並んだ棚に収められてるのは、全部メモリーカードってことスか?」

「まぁ、だいたいは。未整理のモノはHDDやSSDなんかに保存もされてるし、奥の方には紙の写しもあったんじゃないかな」


 だとしても、この資料室に収められている資料は膨大だという事が窺い知れた。

 これを整理するとなると、それだけでも大仕事だろう。


「……え? 先輩はその膨大な資料の中から、お目当てのメモリーカードを見つけてきたんですか?」

「資料整理なんかはこまめに行われてるし、お目当ての内容がわかってれば、これぐらいパパっと見つけられるよ」


 さすがは文武両道を掲げる特進クラスに所属する女子。

 手際が良く、要領が良い。


「まずは、これとこれ。秘匿會発足前後からの経緯が書かれてある文書ファイルね」

「え~、文章読むのダルい~」


「端末に読み上げアプリが入ってるでしょ。それに通せば読み上げてくれるわ」

「先輩に読み聞かせしてもらうのは……」

「あ? 何言ってんの?」


 ものすごい顔で睨まれてしまった。

 人の眼光に物理的な効果が付随するとしたら、今の一睨みで大福の顔面に大穴が開いていただろう。

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