地球の娘とウチュウジン
シトール
春
プロローグ 奈園島へようこそ!
プロローグ
天候は
しかし、それでもこの大きなフェリーは高波をものともせず、白波を割って海を走る。
大きな揺れもほとんどなく、船旅はつくづく良好であった。
「ほら、見えてきたよ」
「わぁ、ホントだぁ!」
春を迎えようというこの時期、まだ風は冷たいながら、これから向かう新天地を一刻でも早く拝もうと、フェリーの甲板には多くの人がいた。
その中の一人、まだ高校生ぐらいの少年も、見知らぬ誰かの会話に誘われて視線を前方へ向ける。
視線の先にあったのは、空と海の間に挟まるには、少し人工物の気が多すぎる存在。
まるで陸地から町が一つ切り離され、海を漂流しているような雰囲気すらある。
「あれが
どうやら旅行か何かで来ているらしい女性二人が、きゃいきゃいとはしゃいでいる様は、春休みを満喫する女子大生と言ったところか。
少年はそんな二人から少し距離を取りつつ、船のヘリにある手すりに手をついて、前方の島、奈園島を眺める。
船から見える島の海岸線は、そのほとんどが近代化されており、自然の砂浜や岩場などは見えてこない。
フェリーを迎えようとする港も
そんな光景を見て、少年が抱いた印象は――
「アルカトラズ、かな」
某有名刑務所の名前であった。
****
フェリーを降り、預けていた荷物を受け取ったのち、キャリーケースをゴロゴロしながらスマートフォンを取る。
「……あ、
『うん、見えた見えた。こっちよ、
通話先の女性は少年――大福という妙な名前を背負った彼を見つけ、車の側で大きく手を振っている。
大福もそれに手を振り返し、少し早足で彼女に駆け寄る。
「お久しぶりです、真澄さん」
「うん、久しぶり。……って言っても、一週間くらいかしらね?」
「そうですね。……でも」
大福は真澄への挨拶もそこそこに、助手席の窓を全開にし、窓枠に肘をついているふてぶてしい態度の女の子に向き直る。
「
「……そーね」
ぶっきらぼうに答える少女、青葉は小さく鼻息をふん、と鳴らし、大福を
「数年ぶりに見ても、相っ変わらず間抜けな顔してるわね。新天地で新生活なんだから、もっとシャキっとしたらどうなの?」
「バカヤロウ、当代きってのハードボイルドイケメン男子を捕まえて、間抜けな顔とは何事か。俺の地元では『輝く顔の』と二つ名をつけられて畏れられたんだぞ」
「イケメンと男子って、半分意味かぶってない?」
「変な所にツッコミを入れるんじゃあない」
憎まれ口を叩く青葉も、慣れてしまえば可愛いものだ。
年下の女の子がじゃれついて来ていると思えば、少し首下をゴロゴロしながらいなしてやろうという気にもなるというもの。
ただ、実際に手を触れようものならば全力で噛みつかれて、指の二、三本は覚悟しなければならないだろう。演者にお手を触れないのは基本ルールだ。
「さて、じゃあ大福くんも船旅で疲れてるだろうし、すぐに我が家に行きましょ! さぁ、乗った乗った!」
真澄に背中を押され、大福は荷物と一緒に後部座席へ押し込まれ、真澄は運転席でハンドルを握る。
ハンドル横にあるボタンをポチっと押すと、車はエンジン音も無く起動を開始した。
ハンドルの奥に半透明の板がせり上がり、現在の速度とモーターの回転回数を示し、ついでに残りのバッテリー残量も示している。
「へぇ、なんかおしゃれっスね。本土の電気自動車も、まだこんなにおしゃれなタコメーターなんか使われてないっスよ」
「そりゃそうよ。なんたって、ここは奈園島だからね。この程度で驚いてたらキリがなくなっちゃうよ」
感嘆の声を上げる大福を笑いつつ、真澄は静かに車を滑らせる。
実際、車はガソリン車と比べて遥かに静音性が高く、本土で走っている電気自動車よりも静かで性能も高い。
バッテリーの容量も大きく、燃費も良い。
しかしこれが女手独りで生計を立てている真澄のお財布でも買えてしまうのだから、奈園島というのは特殊な環境であることがわかった。
それだけで、外から来た大福としてはちょっとワクワクしてしまう。
「あ、ほら、大福くん」
駐車場を出る間際、真澄がフロントガラスの奥を指さす。
そこには駐車料金を徴収するゲートがあり、ゲートの上部にはメッセージが描かれている。
『奈園島にようこそ!』
ポップなフォントで書かれたその文章を見て、大福はもう一度実感する。
奈園島に来たんだ、と。
「ようこそ、大福くん。……ほら、青葉も!」
「……よーこそ。地獄の一丁目に」
島に住む真澄と青葉に迎え入れられ、大福は少しはにかみながら会釈した。
「お世話になります」
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