SS集
風見弥兎
トイレットペーパーがない
ない、ない、トイレットペーパーがない。
紙を求めて8件目。眼前に広がるのは空っぽの陳列棚。誰かに八つ当たりされたらしい、くしゃくしゃの貼り紙一枚が、虚しくそこに佇んでいた。
『本日入荷分完売。次回入荷未定』
全国的に品薄の文字をSNSで見たのは今日の昼。自宅の在庫が底をついたのは今日の朝。やっちまったぜ帰りに買わなきゃなと思っていたのにツイてない。なんとか定時ダッシュを決め、あちこち歩きまくった足は既に棒のよう。漫画の如く人目も憚らず崩れ落ちなかっただけ自分を褒めたい。そう思わなきゃやっていられない程に俺はくたびれ果てていた。
「大丈夫?」
ぽんぽんと肩を叩かれて首を動かせば、少しだけ呆れの混じった表情の女子高生と目があった。
「あ、あぁ、うん」
「あのさぁ10分もそこに突っ立ってた自覚ある?」
「は?」
渋い顔でそう告げられ、慌てて取り出したスマホの表示を見て絶句する。10分どころじゃない。売り場に着いてから20分は経っていた。
「嘘だろ……」
「いや、ま、トイペ売ってなくてショックなのはわかるよ。マジ困るよね」
「……うん」
もはや乾いた笑いしか出てこなかった。名前も知らない女子高生の気遣いが心に刺さって痛い。そんなに悲壮感溢れてたかな、ちくしょう。
「てかおにーさん、こっちは選択肢になか……っあれ? 待ってもう無い……?」
何かを探していたのか棚を指差す女子高生の顔が引き攣った。
「どうしーっ!? ななな何!?!?」
ぐわし、と力任せに取られた腕を引っ張られてコケそうになる。これ以上無様になりたくなくて慌てた俺は、彼女に手を離してくれと頼みこんだ。
「ちゃんとついてきてよね」
ちょっとだけ睨むような視線が身長差のせいで上目遣いに見えたのは黙っておこう。大人しく着いていくと彼女は会計後の袋詰めコーナーで足を止めた。そこで肘にかけていたビニール袋に手を突っ込んで、彼女は12個入りのポケットティッシュを取り出す。そしてポテチの袋を開けるように豪快にパッケージを破った。
「あげる」
「え、いや」
「男の人だし、2個あれば1日は乗り切れるっしょ」
そう言いながら押し付けられたポケットティッシュをよく見れば「水に流せる」の文字。
「じゃあね〜」
「ちょっと待ってお金!」
「えーいいよそれくらい」
「よくないから!」
引き止める言葉は届かない。
頼む俺のプライドを守らせてくれ女子高生。疲れ切った足を叱咤し俺は彼女の背を追いかけた。
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