6
電話は、三回めのコールでつながった。俺は咄嗟に言葉が出ずに、黙っていた。なつめもそうだったみたいだけれど、その硬直状態から抜け出るのはなつめの方が早かった。
『どうした? 電話なんて、珍しいな。』
確かにそうだった。俺がなつめに電話をしたことなんて、ほとんどない。電話なんかしなくても、家に行けばいつでもなつめは俺を迎えてくれたから。
「……ちょっと、な。」
曖昧な返事しかできなかった。俺はお前に恋をしていると、真正面から言葉をぶつけることができるはずもなくて。
『ちょっとって、なに? 緊急事態?』
違う、と答えた。俺の頭の中は、緊急事態を超えて、もう非常事態なのだけれど。
『じゃあ、なに?』
「……ちょっと、」
ちょっとなんなのか、自分でももどかしくなるほど言葉が見つからない。
電話の向こう側は静かで、なつめは一人で自分の部屋にいるのだな、と分かった。電話越しの空気でも、俺はなつめの部屋の匂いを感じられた。それくらいには、側にいた。
ちょっと、なんと言えばいいのだろうか。
俺は縋るように、向かいに座る路水さんを見た。
清水さんは苦笑して、いけいけどんどん、とほとんど唇だけで囁いた。
いけいけどんどん。
俺は頭の中でその言葉を繰り返し、腹を決めた。
「なつめ。」
『なに?』
「今からそっち、行っていい?」
電話の向こうのなつめは黙り込んだ。俺は今が真夜中なのを思い出して、その言葉を撤回しようとした。
けれどその前に、なつめが言った。
『だめ。』
短い、拒絶。
俺はそれだけで、心臓が凍り付いたかと思った。こんなふうに真正面からなつめに拒絶されるのは、はじめてだった。
「ごめん、夜中だったな。」
なんとか自分を保とうと口にした台詞は、あっさりなつめにひっくり返された。
『夜中じゃなくても、もうだめなんだ。……俺、さ、彼女、できたから。』
「誰?」
反射で出てきた台詞だった。本当は、なつめの恋人が誰であろうと関係なく、俺はなつめに拒絶されているのに、それを認めたくなくて。
『……中学の時の、知り合い。大学一緒になって。』
そっか、と、俺は辛うじて呟いた。それ以上なにを言っていいのか分からずに黙り込んでいると、清水さんが痩せた腕を伸ばして俺からスマホをとりあげ、通話を切った。
「……ごめんなさい。でも、もう聞いてられなかったわ。」
「……うん。ありがとう。」
ありがとう、と確かめるように再び口の中で呟いた。
清水さんは、黙って頷くと、スマホを返してくれた。そして、帰れないでしょ? と小さく呟くように言った。俺は、言葉が一つも出てこないまま頷いた。今一人になったら、自分がどうなってしまうか分からなかった。
清水さんは、淡々と客用布団を敷いてくれた。その晩俺は、はじめて女の人の部屋で、その人の身体に触れずに眠った。
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