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「……多分?」
清水さんが小首をかしげる。部屋の灯りが黒目に反射してきれいに光った。
「確認、してないの?」
俺は心底自分が情けなくなりながら、こくりと頷いた。確認なんて、できなかった。いつの間にかなつめは遠ざかっていたから。少しずつ、少しずつ、多分、計画的に。
「……気が付いたら、もう避けられてた気がする。……確認なんか、できなかったよ。」
そう、と、彼女が囁く。それは、ふわりと柔らかな調子だった。俺は、小さなテーブルを挟んで向かい合った彼女の細い肩に、思わず手を伸ばした。
触れたい、と思った。触れて、俺の中のすかすかした部分を埋めたい。
けれど彼女は、俺の動きなんかはじめから予測していたみたいに、するりと身をかわした。
「駄目よ。」
「だめ?」
「私と寝て、なにになるの?」
「分からないけど……。」
分からないけど、寝たかった。触れたかったし、中に入りたかった。身体の中の中まで触れていいと許可されたかった。そうすることでしか、俺は俺の価値を測れなかった。
「分からないのなら、余計に駄目ね。」
清水さんは微笑んでいたけれど、その顔を見て俺はなぜか、この人は、泣くかもしれない、と思った。理由は分からないけれど。
「この前のは、なかったことにしましょう。私たちには、なにもなかった。」
「……なんで?」
後悔しているのだろうな、と、分かってはいた。なかったことにしたいくらいに、清水さんは俺と関係を持ったことを後悔しているのだと。
数秒の沈黙の後、冷静でいられなくなるから、と、清水さんが言った。
「冷静でいられなくなるから……。あなたが必要としているのは、寝る相手じゃなくて、冷静に話をする相手でしょう? あなたの幼馴染について。」
「……そうかも、しれないね。」
「あなた、どうなりたいの? その幼馴染と。」
どうなりたい?
そんなことは、これまで考えたこともなかった。だって、なつめは当たり前に俺の側にいたから。それは、関係性のありようなんて考える間もないくらい。
「……セックスがしたいわけじゃ、なかったよ。」
辛うじて、それだけは口にできた。
清水さんは、淡々と頷いてくれた。
その頷き方の静かさに、俺は背中を押されたのだと思う。言葉があふれ出てきた。
「一人にしないでほしかった。そばにいる許可が欲しかった。ずっと俺から離れないって言ってほしかった。」
笑ってしまうくらい女々しい台詞を、清水さんは笑いもせずに聞いていてくれた。そして、小さく笑うと、それ、恋ね、と呟いた。
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