章吾

なつめから、避けられているかもしれない。

 そんな気がし始めたのは、大学に入って半年くらいが過ぎた、夏の終わりだった。

 バイトが忙しい。

 なつめはそう言った。

 そう言って、うちに来なくなった。

 なつめは偏差値が高い大学に入ったから、多分、勉強も忙しいのだと思うし、はじめた塾講のバイトも、本当に忙しいのだろうとは思う。でも、だからといって、ここまでぱったり俺の前に姿を見せなくなるものなのか。

 俺は、なつめに避けられているのかもしれない。

 馬鹿大に辛うじて入学し、コンビニでバイトを始めた俺は、確かに高校時代より忙しくはなった。それでも、大学が休みの日は、バイトが終わると部屋でなつめを待った。

 怖かったのだと思う。唯一の友人であるなつめに切られることが。

 もしもなつめが俺を本気で避けるとしたら、実家から通える大学には行かなかったと思う。実際、高校の担任からは、実家からは通えない距離の国公立の大学や、東京の有名な大学を勧められもしたらしい。それでもなつめは、地元に残った。

 だから、と、自分に言い聞かせる。

 だから、なつめは本気で俺を避けているわけではないはずだ。

 土曜深夜。

 コンビニでのバイトを終え、自室で煙草を咥えながら窓の外を見下ろす。

 人通りの全くない住宅街の細道。なつめが歩いてくるのではないか、と期待している自分がいる。こんな非常識な時間になつめがやってきたことなどこれまで一度もないのに。

 そうやってぼうっとしていると、ベッドの枕元に放り出していたスマホが鳴った。

 反射的に、なつめか、と思う。なつめがラインを送ってきたことは記憶にある限り一度もないのに。

 スマホを手に取ると、大学のクラスメイトからのラインだった。このひととは、一度寝た。誘われたから、拒む理由も見つからず、このひとの部屋で。

 肌の感触も、匂いも、声も顔もいまいちもう覚えてはいない。ただ、悪い記憶もないから、そのどれも普通か普通以上だったのだと思う。

 今から会えないか、と、ラインで誘いをかけてくるそのひとを、俺は多分、どうとも思っていない。でも、一人でこの部屋で、なつめを待ち続けているのが嫌になっていた。

 今から行く。

 短く返事をし、スマホと財布だけポケットにねじ込んで部屋を出る。

 この人が住む部屋は、ここから電車で一駅、大学のすぐ近くのアパートだったはずだ。

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