体育倉庫裏から一緒に出て行けるのは、カップル成立した二人だけだと決まっている。俺と鈴村さんは、時間差でその場を離れることにした。

 「来てくれて、ありがとう。」

 鈴村さんはそう言って、先に体育倉庫裏から出て行った。

 俺は上手い返しの台詞が思い浮かばなくて、ただ彼女に手を振った。

 それからスマホをいじって、五分時間をつぶした。そして、もうそろそろいいだろう、と思って倉庫の表に回ると、章吾がいた。女の子と一緒に。

 俺は、知らないふりをして章吾の脇を通り過ぎた。章吾も俺と同じような素振りをしていた。

 女の子の顔には、見覚えがあった。章吾と同じクラスの女の子だ。名前は知らないけれど、かわいい、と俺のクラスの男子どもが騒いでいたときにちらりと顔を見た。

 章吾は先週彼女と別れて、今はフリーのはずだから、あの女の子の告白を受け入れるだろう。そして、どうせ何週間も続かずに別れる。それが、いつものパターンだ。

 俺は足を速め、校庭を横切って校門を出た。

 歩きながら、さっきの章吾の顔を思い出した。俺のことなんて知らないみたいな冷たい横顔。

 見慣れた顔だ。学校では、章吾はいつもそんな顔をしている。でも、俺を見ると表情をほどき、おう、と手を振ってくるのがいつものことだった。

 仕方ない。あんな告白前の微妙なタイミングで、俺に手を振るでもないだろう。

 そう思って、あの冷たい横顔を忘れようとするのに、上手くいかない。

 こんな自分は嫌いだな、と思う。女々しくて、だらしがなくて。

 それでも、章吾の顔を忘れられない。

 校門を出て、左側にまっすぐ進み、右に折れてまたまっすぐ。道路を渡って左側に行くと、俺の家がある。当然俺は、自分の家に帰ろうとしていた。母さんが待っているし、今日は暑いし、別になんの用もない。

 なのに俺は、道路を渡って右側にある章吾の家の前に立っていた。

 どうしようか。

 ぼんやり思う。

 でも、身体は勝手に動いていて、近所の子供たちにはお化け屋敷、なんて言われてすらいる、草木が生い茂った広い庭をこえ、章吾の家の玄関前に立った。

 章吾の御両親は共働きだから、この時間、この家には誰もいない。

 ぼうっと蝉の声を聞きながらそこに立っていると、章吾が道路を渡ってくるのが見えた。若干足を引きずるみたいな、気だるげないつもの歩きかた。

 「なつめ?」

 「おう。」

 章吾は淡々と俺の隣に立ち、ポケットから引き出した鍵で玄関のドアを開けた。

 これでは、章吾に抱かれに来たみたいだ、と思った。

 自分は女じゃないから、章吾と付き合えないのは分かっていて、章吾と付き合えるあのかわいい女の子に嫉妬して、せめて章吾を寝取りに来たみたいだ、と。 

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