初めてなつめを抱いた日の話は、これだけだ。その後俺は、ゲームを片付け、風呂に入って飯を食い、眠った。よく眠れなくて、変な夢を見た気がするけれど、内容までは覚えていない。

 次の日から、学校は夏休みだった。特に予定はなくて、いつもならなつめが昼飯を食ってからうちに遊びに来るのを待っているだけなのだけれど、その日はどうしてもなつめを待っていることができず、目的もなく外に出た。

 暑い夏の日だった。行くところがなかった。どこにも行けなかった。

 学校に行けばそれなりに話をする奴はいるけれど、休みの日まで毎日遊ぶような友達はなつめしかいないのだと思い知った。その上俺には趣味もなかったし、行きたい場所もなかったのだ。

 家を出て、ふらふら歩いて、徒歩二分のなつめの家の前についた。なつめの家は俺の家とは違って家族仲が良くて、家の庭もきれいに手入れされている。

 両親が共働きで家にいないので、いつのまにか庭の草木が生い茂ってお化け屋敷みたいになっている俺の家とはえらい違いだ。

 きれいに蔦が巻いた門柱と、名前は知らない白い花が咲いた庭の片隅をしばらく眺めていると、めまいがしてきた。どう考えても、今日は暑すぎる。

 暑さに促されるようにインターフォンを押そうとした指が、躊躇った。

 怖かったのは、拒絶だ。なつめからの、完全な拒絶。昨日のなつめの白い後ろ姿を思い出す。行為中に泣いていたことも。

 そのとき不意に、後ろから声をかけられた。

 「章吾くん? 遊びに来てくれたの?」

 弾かれたように振り向くと、買い物袋を両手に下げた、なつめのお母さんが立っていた。

 俺は慌ててしまい、意味の分からない切れ切れの言葉をいくつか吐いた。なつめのお母さんは、それを聞いてもにこにこ笑っていた。

 小学校の時から、俺にとってなつめのお母さんは、自分の母親よりも近しい存在だった。なつめの家に遊びに行けば、いつも手作りのお菓子を食べさせてくれたし、俺の両親が夜中まで家に帰らないと知ってからは、晩飯を食わせ、小学校中学年くらいまでは、しょっちゅう家に泊めてくれた。そんな人に今、俺は合わせる顔がなかった。

 見慣れた笑顔のまま、なつめのお母さんは庭に入っていき、玄関のドアを開け、俺を手招いた。

 「なつめ、部屋にいるから。上がって。」

 俺は、飼い主に忠実な犬みたいに、なつめのお母さんに従って玄関のドアをくぐった。

 躊躇いと恐怖はまだあった。なつめのお母さんが手招いてくれなかったら、俺はインターフォンを押すことができず、そのまま自分の家に引き返していたと思う。

 

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