壊れた心の価値(1)

「しかしこの家……ったねぇな」


 家の中を探すと、フトンはすぐ見つかった。

 和室の横にフスマにへだてられた寝室があり、そこに敷いてあったのだ。


 敷いてあった、というより敷き続けていたのが正しいか。

 万年床になったフトンはゴミに囲まれて、獣の巣穴のようだった。


「うげー、何か湿ってる」


「よく触れますね。このフトンを運ぶんですか?」


「仕方がないだろ。人間を運ぶよりはフトンのほうが軽い」


「それはそうですが……」


 シヴァは生理的嫌悪感を隠さないが、その理由もわかる。

 この寝室は、臭い、汚い、キモいの3K部屋だからな。


「よいしょっと。うわぁ……」


 フトンを運ぼうと持ち上げると、ジメッとしていた。

 チリとホコリがたくさんついてるし……汚いなぁ。


れたイヌみたいな臭いがしますね」

辛辣しんらつすぎない?」


 でもこの光景は俺にも心当たりがある。ありすぎる。


 奪い屋をしていた時の隠れ家はこんな感じだった。

 特に気にしてなかったけど、他人から見るとこんなアレなんだなぁ。


「いったん外に出してはたこう。

 本当は干して乾かしたいんだけどな……」


「都会で一人暮らしするわが子のもとにやって来た

 お母さんみたいなことしますね」


「クソッ、何で俺がこんなことを……」


 俺は持ってきたフトンを軒先に出すとはたいてゴミを取る。

 そうしてちょっとマシになったフトンに気絶した主任を寝かせた。


 すると、リーも洗面器とタオルを見つけて持ってきたところだった。


 洗面器に水を張り、主任の顔をふいてやる。


 何度かそうしてすると、彼はゆっくりと目を開く。

 目をぱちくりさせた彼は、俺の顔を見て開口一番こう言った。


「う……誰ですか!?」


 実にもっともな反応だ。

 主任の目には明らかに動揺の色が浮かんでいる。


 家に知らない人がいたら、そらビビるよな。


「気がついたぞ―!!」


「ヒッ!! モンスター!?

 まさか山から降りてきたのか!?」


「あ、違います。そうじゃなくて……」


 リーの虎娘の見た目のせいか、何か勘違いされているな。

 無理もない。目が覚めて周りをモンスターに囲まれてたらビビるよな。


「えーと、何だっけ……廃墟が趣味だっけ?」


「彼女はルイという廃墟愛好家です。

 この世の終わりのような廃屋と思って入ったら、

 あなたが倒れていたので助けました」


「言いかた???」


「君、角が……。君もモンスターなのか?」


「あー……まぁ、うん。

 モンスターっていうか血清を打っただけだけど。


「ルイ、だったね。僕はエイタです」


「よろしくエイタ。そっちの気分はどう?」


「あぁ、うん。悪くない……と思う」


「うん? ならいいや」


 俺の声に返事をする主任――エイタは目を泳がせている。

 彼は話す時にまるで人の目を見ない。

 うーん……ちょっと人見知りはいってるのかな?


 いや、おしかけておいて人見知りもクソもないか。

 普通だったらポリスメンに通報するわ。


「テーブルの上にたくさん空き缶があったけど、

 こんなエナジードリンクばっかり飲んでたら死ぬぞ。

 ちゃんと飯くってるのか?」


「え? あー、ちゃんとカップ麺食べてるよ」


「それはちゃんと食べてるって言わないぞ……。

 まぁ、俺もどっちかといえばエイタ側だけどなー。

 レトルトとコンビニ飯を続けていたし」


「いやぁ、つい時間がなくて」


「だろうな。働き詰めだったんだろ?

 レトルトの料理が悪いとは言わないよ。

 ちゃんと美味いし、便利だし」


「はい。家に帰っても作る気力なんかなくて……

 すぐ食べて、すぐ寝たかったんです」


「その気持ちはわからんでもない。

 でも、そうやって食事をなんとなくで済ませてしまうと、

 自分も『製品』の一部になった気がしないか」


「製品……」


「だからこう、飯はちゃんと食おう。

 新鮮な野菜をつかったちゃんとした料理を食べないと、

 そのうち乾麺みたいに干からびちまうぞ」


「でも、料理をつくるなんて……」


「いいよ、お前は寝てな。

 なんか精のつくものでも作ってやろう

 飯を食えば元気になるさ」


「サキュバスが言うと、何か別の意味に聞こえますね」


「うっさいわ!!」


「君はサキュバスなのか?

 その赤い角に翼……そうか」


「うん? どうかしたか?」


「い、いや、なんでもない!

 そういうのを想像したわけじゃない!

 そんな失礼なことを」


「あー……気にすんな。

 そういうのには慣れてるから

 台所借りるぜ」


「あ、うん……」


 俺たちは和室を出て、台所に向かう。


 汚れた皿が積みあがった地獄の流しを俺は想像していた。

 が、万年床にくらべると、台所は妙に整っていた。


「エイタのやつ、思ったよりキレイに使ってるな」


「その逆ではないでしょうか?

 まったく使ってないからキレイなのでは」


「それもそうか。

 料理しないなら汚しようがないか」


 俺は何が使える食材がないか調べるために冷蔵庫を開けた。

 しかし中に食材らしい食材はない。

 そのかわり、酒やエナジードリンクといった飲み物でいっぱいだ。


「うーん……」


「中身がいっぱいなのに空っぽですね。

 メガコーポに身を捧げた彼の人生を表しているようです」


「シヴァって料理する時に包丁使わないだろ。

 人が死ぬ切れ味してるぞ」


「しかし、こうなっては買い出しからですね」


「だなぁ。食材を買ってこないと

 料理どころじゃないな。

 ここまで何もないとは思わなかった」


「買い物かー!!」


「うん、この辺ってリーみたいな格好でも

 入れるお店ってあるか?」


「もちろんありますよ。

 私たち壊し屋が使うお店です」


「かじると爆発する肉とかいらないぞ」


「よく知ってますね」


「あんのかよ!」


「ですが、ふむ……。

 当初の予定では色仕掛けを仕掛けるつもりでしたが、

 かえってこうなってよかったですね」


「ん、料理を作るってだけだけど……なんで?」


「彼には女性に対する免疫が想像以上に無かったからです。

 いや、それ以上の問題がありそうですね。

 誰かに好意を向けられても、受け止めることができない。

 そういった感じでしょうか?」


「好意を受けても、それに見合うだけの自信が自分に無い。

 だからできるだけ人から避ける……みたいな?」


「そういうことですね。

 自分が企業の養分だということを自覚しているのでしょう。

 しぼりカスに過ぎない自分には価値などない。

 だから世界は、人々は、自分に興味を示さないはず」


「でも天笠の主任なんだし……あっ」


「――そう、何か利用するだけの『理由』がなければ。

 たとえば、彼が管理する工場に用事があるとかですね。

 ムリヤリ色仕掛けを仕掛けなくて正解です。

 彼の性格からいって、むしろ強い警戒心を抱いたでしょう。」


「まぁ……色仕掛けとかなんとかよりは

 こっちのほうが(精神的に)楽だからいいや」


「不健康な生活を心配して接近したのは良い作戦ですね。

 彼に価値がないことが、好意を向けられるだけの価値になる。

 見事なまでの発想の逆転ですね」


「壊し屋って人の心を壊すのも仕事のうちなんですかね?」


「そういうのも無いわけではありません。

 まぁ、ここはかえって普通に接する方が好都合でしょう

 ご飯を食べさせて、そこから話をしましょう」


「そんなんでいいのか?」


「えぇ、私の推測になりますが――彼は企業に良い感情を持っていない。

 話の運び方次第で、私たちに協力してくれそうです」


「色々と引っかかるけど、とりあえずシヴァのお墨付きが出たか。

 じゃ、まずはうまい飯でもつくってやるか」


「やったぜー!!」


 ただまぁ、問題がある。

 俺が料理を作ったのは昨日が初めてみたいなもんだ。


 まぁ、こういうのは心が大事っていうしな。

 リーはともかく、シヴァがいる。きっとなんとかなるだろ!!




※作者コメント※

単純な色仕掛けではなく

胃袋から攻撃を仕掛けるとは……

ルイちゃん、恐ろしい子!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る