主任の家へ


 なんとかヤクザの襲撃を切り抜けられた。


 さいわいなことに、誰もケガをしなかった。

 しかし、乗っているクルマは廃車寸前だ。


 無数の弾丸を食らったせいで、車体は穴だらけ。

 ガラスは全て吹き飛び、ドアも一個無くなっている。

 なんていうかもう、開放感がすごい。


「オープンすぎるオープンカーになっちまったな……」


「風がチョー気持ちいぞー!!」


「リーは喜んでるけど、どうするシヴァ?

 ポリスメンに見つかったら、間違いなく止まれって言われるぞ」


「うーん。軽量化のためと言い張るのは?」


「さすがに無理があるな。

 ドアも窓もないのに車検とれないだろ」


「なら、適当な所でクルマを変えましょうか。

 この有様では人目を引くから」


「まさか、盗むつもりじゃないだろうな?」


「目立ちたくないと言っているのに、盗むわけ無いでしょう。

 知り合いの整備場があるので、そこで借ります。

 モンスターを相手にすると、装備も乗り物もよく壊しますから」

 

「へぇ……。壊し屋ってのはそういう意味もあるのか?」


「おそらくは。

 私たちが町で狩りをすると、少なくない巻き添えが出ますから。

 壊し屋はモンスターと一緒になって町を破壊している。

 そう思う人もいるのです」


 あー……。


 たしかにそれはありそうだ、と俺は思った。

 さっきの戦いでリーが見せたパワーはすごかった。


 彼女はクルマの後部座席に腹ばいになったまま、

 ドアを引きちぎってぶん投げた。


 寝ている状態では足の踏ん張りなど聞かないし、腰の力も入らない。

 手指の力だけでドアを引きちぎり、肩の力で投げてあの威力だ。


 もし全身を使って投げていれば――

 ヤクザのクルマは真っ二つになっていたかもな。


 彼女がシヴァの仕事の「お手伝い」を本気ですると、

 町の一区画が滅びそうだ。


「ウ◯トラマンみたいだな。怪獣と戦えるのは怪獣だけってことか」


「人間とモンスター。

 どっちが怪獣なのかわかりませんけどね」


「というと?」


「人間はすでに守る側から攻撃する側になっているんです。

 戦いを続けようとしているのは、血清を追い求める人間の側です」


「あー……やだやだ。」



★★★



 俺たちはクルマを乗り換えて先を急ぐ。

 しかし、ヤクザの襲撃は少し気にかかるな。


「シヴァ、すこし気になることがあるんだが、いいか?」


「なんでしょう?」


「ヤクザの奴ら、前からじゃなくて、後ろから追いかけてきたよな?

 それってつまり――」


「あのヤクザは、偶然私たちを見つけたわけではない。

『願いの壁』の近くでルイさんのことを見張っていた。

 そういうことになりますね」


「そうだ。俺が現れることを知っていたとしか思えない」


「ヤクザ・アサシンの情報源が気になりますね。

 キクオに調べさせておきましょう」


「頼む」


 それから十数分のち。

 シヴァの運転するクルマがある家の前でとまった。

 どうやら目的の場所についたようだ。


<ザッ、ザンッ!>


 地面に降り立つと、俺の足元は砂利じゃりに覆われていた。

 小石と砂が噛み合う音が耳に心地良い。


「ここが主任の家のようですね」


「……うわぁ。

 ホントにこれが主任の家かぁ?」


「キクオの情報は確かです。

 組み立て施設の主任の家はここに間違いありません」


「っていわれてもなぁ……

 なぁ、暗黒メガコーポの主任ってエラいのか?」


「はい。とてもえらいですよ。

 現場の責任者で、多くの技術情報も所持していますから」


「それにしたって、これはないんじゃない。

 いや、こういう家に住んでる人もいるだろうから、

 あんまり滅多なことも言えんけど――」


 目の前には、家がある。

 いや、家のようなモノといったほうがいいか?


 砂利道の先にあるのは、古いボロ屋だ。


 かつてはたいそう立派な民家だったのだろう。

 門構えには今時の家には珍しい、手間のかかったつくりをしている。


 張り出した小さな屋根に、手間のかかった装飾の小窓。

 しかしその屋根も半分なくなっていて、小窓も汚れてくもっていた。


 屋根と玄関の壁は木造だ。

 だが、表面の漆喰しっくいは崩壊して、木板がむき出しになっている。

 木板は薄い皮が何枚も剥がれて、まるでシマウマのようだ。


「――それにしたって、ボロすぎるだろ!」

「すっげーお化け屋敷だ―!!」


「とても時代を感じるわね。

 きっと江戸時代からいくつもの元号を乗り越えて

 ここにある感じかしら」


「オブラートを何重に重ねて言っても、廃屋は廃屋だぞ」


「でも見て。一応人が住んでる形跡はあるわ」


「形跡って言っちゃったよ」


 シヴァが指差す先には玄関には表札があった。

 古い家の中で、それだけがプラスチックで妙に新しい。


「表札の名前は……栗 瑛太くり えいた

 ここで間違いないわね」


「なんだこれ、本当にこれがメガコーポの社員の家か?!

 こんな家、そこそこのK1選手だったら潰せるぞ!!」


「リーの体当たりなら一発で崩れるわね」


「お、出番かー!?」


「やめてください。中の人がしんでしまいます」


 後ろ足で地面を蹴り、アップを始めたリーをなだめる。

 彼女の馬力ならホントにできそうだから怖いわ。


「とりあえず訪ねてみるか……。

 あ、そういえばカバーストーリーって?」


「廃屋の写真を取りに来た動画撮影者――という事でどうでしょう

 偶然の出会いから始まり、なんやかんやでうまいことします」


「それ、今考えただろ」


「はい。」


「少しは隠そう?!

 しかも大事なところが全部ウヤムヤだし!」


「前もって考えておいたネタは、この家だったものを見て消し飛びました。

 なので高度な柔軟性を持ちつつ、臨機応変に対応してください」


「言い換えただけで、中身は同じやろがい!」


 さて……玄関を見てみるが、これはひどい。

 雑草が生え散らかし、虫の死骸や枯れ葉といったゴミが散乱している。


 そして玄関は、今時珍しい和風の引き戸で開きっぱなしだった。


 しかしよく見てみると、これは引き戸の建付けが腐って

 引き戸を閉められないのだとわかった。

 木が湿気でふくらんで、サッシを通れなくなっているのだ。


 玄関の先、家の中には墨を流したような闇がひろがっている。

 そしてその暗闇の奥からは、すえた臭いが漂って来ていた。


「なんか臭いなー!」


「臭うよな……。

 まさか、中で死んでないよな?」


「今のご時世、その可能性がないとはいえませんね」


「え?」


「山から降りてくるのはイノシシやクマだけではありません。

 モンスターも普通にいますので」


「なぁ、ポリスメン……いや、軍隊が必要じゃね?」


「大丈夫です、ここに『壊し屋』とその助手がいますから」


「い、行きたくねぇ……」


 俺はスマホのライトを頼りに、恐る恐る家の中に入って進む。

 靴は……一応脱ぐか。


 玄関を入った先は、板張りの廊下だった。

 ギィギィわめく床の上は、ホコリがたまって黒い波模様ができている。


 廊下の終わりにはふすまがある。

 襖に手をかけ、引いてみるとそこは和室だった。


 和室の中央には、古く、黒ずんだちゃぶ台がある。

 そしてその上には上体を預け、ピクリとも動かない白衣の男。

 ま、まさか――


「――し、死んでる?!」





※作者コメント※

なんか今回の話、やたら情報量が多い(

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