シヴァの依頼(2)

「それじゃあ、行きましょうか」


「おっとこいつ・・・をどうすれば良いんだ?

 そのまま持ち歩く訳にはいかないだろ」


 シヴァから借りた銃は大きすぎる。

 今まで使っていたホルスターに収まりそうもない。


「ヒモを付けて首にぶら下げれば男よけになると思いますけど

 そういう意味じゃないですよね」


「あぁ。さすがに裸の銃を持ち歩く訳にはいかないだろ

 ここは一応日本なんだぞ」


「昔の日本とはだいぶ違いますけどね。

 ニュースになる発砲事件は、迫撃砲やロケットランチャーが

 使われたときくらいですし」


「紛争地帯かな?」


「実のところ、人が突然モンスター化して襲ってくるというのは、

 都市部でゲリラ戦をしているのとかわりませんから。

 誰も彼も、すっかりそのことに慣れてしまっていますが」


「クマと違って、人はすぐ近くにいるからな」


「そういうことです。

 でもそこまで言うなら……」


 シヴァは立ち上がって部屋にあった棚に寄る。

 そして棚から何かを取り出して俺に向かって投げた。


「……ポシェット?」

「もらい物だけど、それで良ければ」

「うわぁ……」


 シヴァが俺に向かって投げたのは布製の小さい肩掛けカバンだ。

 いわゆるハンドバッグとか、ポシェットっていわれるものだ。


 ただし、カバンの表にはかわいらしい眠ったウサギの顔がついていた。

 うさぎの顔にはたれた耳のぬいぐるみ(?)まである。


 バッグを揺らすとちゃんと耳が揺れる。

 ずいぶん凝ったつくりだ。


「シヴァにそういう趣味があるとは思わなかった。

 キャラものポシェットかぁ……」


「もらい物だって言ってるじゃないですか。

 ルイさんの見た目なら、ギリ大丈夫だと思います」


「ねぇ、でもそれ地雷系女子ってやつじゃない?」


「実際罠を仕掛けに行くわけですから、間違ってないかと」


 罠を仕掛けに行く、か。

 うん?

 まさかそれって……!


「ハニートラップって……コト?!」


「はい。色仕掛けで情報を引き出してもらいます

 ルイさんと話しているかぎり、問題ないかと」


「う、うれしくない……」


「では、リーを連れて調べ屋の所に行きましょう」


「いまさらだけど、外に出ても大丈夫なのか?

 俺はアワブロ・ヤクザクランに追われているし……。

 リーだって彼女の事情があるんだろ?」


「そこはご心配なきよう。

 あまり人間が・・・立ち入ることのない場所なので」





 一方そのころ。


 アワブロ・ヤクザクランにも動きがあった。

 スルタンがクランの親分たちを招集したのだ。

 

 会議をしているのは、前日と同じ、窓がなくてうす暗いあの部屋だ。

 しかし部屋の雰囲気は、昨日とはまるでちがっていた。


 部屋の中は、ぴりりと空気が張り詰めている。

 さながら、親分たちの頭上に剣が吊るされているかのようだ。


 つい先日は、タバコの煙が煙幕のように部屋に立ち込めていた。

 だが、それは今は消えている。


 この場でタバコを吸ったり、イスに斜めに座る親分は一人もいない。


 いっさいの緩みやたるみを許さない。

 そういった空気があった。


 緊張した面持ちの親分たちの前で、スルタンはどしりと座っている。

 彼が並び座る親分たちに視線を送ると親分たちは射すくめられたようになる。


 脂肪でたるんだ重たいまぶたの裏には、捕食者の瞳があった。


「見つかりませんでしたでは誠意がない。

 なぁ……そうは思わんか」


「しかしその、できることは全て……

 それに、たった一日ですし」


「そのたった一日で捕まえられんから、こうしていっとるのだ!!」


「スルタンの、急ぎすぎじゃあるまいか?」


「なら、そのたるんだ頭に叩き込んでおけ。

 逃げた獲物との距離は、日を追うごとに開いていく。

 日が経つほどに捕まえられる下がっていくのだ」


「捕まえられる可能性は、最初の一日が一番高い。

 お前らはそれをむざむざと……」


「スルタン。本当にやれることはやったんでげすよ」

「あぁ、シノギを止めさせてまで送り込んだ」

「うちも若いのを全員送り込んだんだが、さっぱりだ」

「ああ。まるで本当に消えちまったみたいだ」


「サンシタをいくら送り込んでも見つけらんか……。

 ルイちゃんはプロだからな。

 裏社会で仕事をしていた経験が生きているのだ」


「プロ……じゃあこっちも探しのプロを使うってのは?」


「たわけ、プロが使えるなら。スルタンが最初からやっておるわ。

 ルイちゃんがどうしてサキュバスになったか忘れたか?」


「どうしてって……そりゃ血清を――あっ」


「ようやく気づいたか……『探し屋』を使える案件じゃないんだ。

 なにせルイちゃんの血清は、天笠アマガサから奪ったものだ。

 裏切ってタレコミされる可能性もある」


「じゃぁ手詰まりじゃねぇか」


「ひとつだけ方法がある。

 一人だけ、ルイちゃんをよく知るものがいる」


「何!! 何だそいつは!」

「うらやましい! ケジメつけさせろ!」

「いったい誰だ!! ぶっ殺してやる!!!」


「まぁまぁ。そういきり立つな。

 正確には、以前のルイちゃんのをよく知るものだがな」


「まさか……スルタンの」


「そうよ。『鉄鎖の信頼』の異名を持つ奪い屋……。

 ――『ウーラ・ギルマン』だ」





※作者コメント※

アラブロ・ヤクザクランの人たち、楽しそうだな(

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