うがった見方

 女の子の体になって初めて、俺はお風呂に入った。


 だが、体はさっぱりした反面、気分は少しげんなりしていた。

 というのも、女の子のお風呂が長い理由を、俺は身を持って知ったからだ。


 妹の恵美えみと同居していた頃のことだ。

 もう随分昔のことのようにも思えるが、当時は彼女の風呂がやたら長かった。


 それに対して俺は「遅い」だの「長い」だの、いつも文句たらたらだった。

 だが、自分が女の子になってようやくわかった。


 これは女の子にとって仕方のないことなのだと。


 髪の毛が長くなると、当然洗うのにめっちゃ時間がかかる。

 サキュバスになったことで、俺の髪は肩の上までの長さになった。


 俺は男の時の感覚で、この髪の毛をシャンプーしてしまった。

 すると毛同士が指に引っかかって絡まって大変なことになったのだ。


 なんとか髪をほぐせたものの、もっと長い髪だったらどうなっていたことか。

 きっとボンバイエして、できの悪いアフロみたいになっていただろう。

 

 髪を洗うときは丁寧に、指先を頭皮につけて細かく洗わないといけない。

 それかシャンプーブラシを浸かってクシで髪をとかすように洗う。

 そういう学びを得た。


 洗い終わってからも乾かすのが大変だ。

 必要なタオルの大きさが違うし、ドライヤーも長い時間使う必要がある。

 いやはや、女の子って大変だなぁ。


 ま、乾かす大変さでいえば、リーのほうが格段に上だけど。

 頭だけ乾かせば良い俺と違って、彼女は体全体を乾かさないといけない。


 俺はブラシで彼女の毛をとかしながら、ドライヤーをかけていた。

 すると、玄関のドアが開く音が聞こえてきた。


「ただいまでしゅ!」

「あ、あら。リーもさっぱりしてるわね」


「おう! 心も体もおニューなリーだぜー!」

「しゅしゅ! それは良かったでしゅ!」


「二人ともおかえり」


「ルイしゃん、リーのお世話をありがとうございましゅ」


「これくらいはどうってことないよ。よっと……リーも手伝ってくれたからね」


 だいたい乾かし終わったので、俺はドライヤーとブラシを片付ける。

 しかし本当に大変だな。


「ふ、ふふ……裸の付き合いで距離感が……尊い」


「誤解をまねきそうな発言はちょっと?!

 お風呂入っただけですからね!」


「そうでしゅ、ルイしゃんに渡さないといけないものがあったでしゅ」


「渡さないといけないもの?」


「これでしゅ。ここのカギと……シヴァさんからの手紙でしゅ!」


「あ、ありがとう」


 手紙とはまた古風な。


 あ、そっか。

 ここは(たぶん)地下だから、通信端末スマホが使えない。

 だからこうするしか無いのか。


「部屋で読むとするよ。

 たぶんだけど、明日やることについてかな?」


「きっとそうでしゅね。

 私も最初、手紙をもらったでしゅから」


「へぇ、そうなのか……」


「ふ、ふふ。最初はみんな不安。でも、今となっては懐かしいこと」


「何が書かれてるかわからないでしゅけど、きっと大丈夫でしゅよ」


「そう願うよ」


「手伝えることがあったら、いってくれよなー!!」


「うん、その時はぜひリーにお願いするよ」


「へへ!」


「ルイしゃんは、もうリーとち解けたでしゅね」


「あぁ、次はアイラとサオリのことをもっと知りたいな」


「しゅしゅ?!」

「だ、大胆……ふふ、さすがサキュバス。コミュ力お化け」


「そ、そうかな……?」


 確かに以前よりは口数が増えたかもしれない。

 サキュバスになって、話すことに対して自信がついている気がする。


 これもモンスターの能力のうちだったりするのかな?


「ふぁぁ。お風呂入って暖かくなったら眠くなってきた!!」


「しゅしゅ、そうでしゅね、もう遅くなってきたし、寝るでしゅよ!」


「て、テレビも、イ、インターネットもないから……」


「健康的だなぁ。娯楽ごらくが少なくて、つまらなくないか?」


「たまにシヴァしゃんの仕事で外に行くでしゅから

 その時にいっぱい遊ぶでしゅよ」


「そ、外の世界は、誘惑がいっぱい。ふふふ」


「その言い方だと、別の意味に聞こえるよ……」


★★★


 ――俺は自分の部屋に戻り、手紙を取り出した。

 しかし、すぐには読まなかった。

 これを開く前に、ちょっとした考えが俺の頭をよぎったからだ。


『シヴァの仕事で外に行くときにいっぱい遊ぶ』。

 アイラのその言葉が気になったからだ。


 普段外に行けないから、外に行く機会が貴重。

 シヴァさんの「壊し屋」の仕事の手伝いが息抜きにもなっている。

 そういうことだろう。


 これはうがった見方になるけど……。

 シヴァが彼女たちをシェルターに閉じ込めたのは、安全以外の理由がある。


 それは彼女たちを手駒としてコントロールするため。


 アメとムチのアメを自前で用意するのは大変だ。

 しかし、外の世界に用意してもらえばどうだろう?


 美味しい食事、楽しい映画、キレイな服。

 取り上げてしまえば、何の変哲もないモノでも宝物になる。


「……ひねくれすぎかな。俺は裏社会になじみすぎたのかも」


 自分で考えておいて何だが、あきれてしまう。

 俺は人を利用して、利用する業界で生き過ぎた。


 奪い屋をしていた時間の長さはたいしたものじゃない。

 俺の人生の全体でみたら、半分の半分にも満たない、ほんのわずかな時間だ。


 ほんの数年。だが俺を変えるには十分だった。


「俺は人の悪意にれすぎたんだろうな。

 人が悪いことをするのは当然のこと。そう思っている」


 俺の頭に、リーの顔が浮かんでいた。

 頑張っても「悪いこと」になってしまう。

 そんな彼女が悪人だろうか。


 いや、そうじゃない。

 悪いことだと分かっていても、そうだとしても――

 そこの根っこに誰かへの「願い」がある。


 シヴァにそれが、誰かへの願いがあれば……。


「すこし……すこし信じてみよう」


 俺はシヴァの手紙を開いて中身を読んだ。

 そのときの顔は、たぶん梅干しみたいになってたと思う。





※作者コメント※

次回からアクションパートの導入が始まります。

スルタンとヤクザたち、ギルマンの再登場にご期待ください。

キャッキャ!!

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